母が1月13日に入院したこと、
そして状態はよくないこと
今後急変の可能性が大きいことなど
ちょこっと書き記しました。
1月31日の夕刻
母が息を引き取りました。
享年86歳でした。
急変は、ほんとに思いがけず突然に
やってくるものなのですね。
前日の母との会話も
ごくごく他愛ないものでした。
たとえば2月の大会前の練習の様子とか。
母が私に向けるやわらかな視線と
微笑んだ顔をおぼえています。
最後まで痛みを訴えることなく
穏やかな最期でした。
きれいな顔で眠っているかのようでした。
声をかけたら眼を開いて
来てくれたのねって言い出しそうなくらいに。
先生や看護スタッフの方々をはじめ
母を迎えにきてくださった葬祭社の方からも
「とてもきれいなお顔ですね」と
褒めていただいたくらいです。
私は母の死に立ち会うことができました。
あっけないほどの幕切れでした。
脈がしだいに弱くなっていって
打たなくなる。停止する。
呼吸が止まる瞬間、
すべてが静止するのです。
死に瀕した母の身体は
驚くくらいにひんやりとしていたのに
亡くなってみると、
それが温もりに感じられるのです。
まだこんなにあたたかいのに…って
一生忘れないと思います。
そして状態はよくないこと
今後急変の可能性が大きいことなど
ちょこっと書き記しました。
1月31日の夕刻
母が息を引き取りました。
享年86歳でした。
急変は、ほんとに思いがけず突然に
やってくるものなのですね。
前日の母との会話も
ごくごく他愛ないものでした。
たとえば2月の大会前の練習の様子とか。
母が私に向けるやわらかな視線と
微笑んだ顔をおぼえています。
最後まで痛みを訴えることなく
穏やかな最期でした。
きれいな顔で眠っているかのようでした。
声をかけたら眼を開いて
来てくれたのねって言い出しそうなくらいに。
先生や看護スタッフの方々をはじめ
母を迎えにきてくださった葬祭社の方からも
「とてもきれいなお顔ですね」と
褒めていただいたくらいです。
私は母の死に立ち会うことができました。
あっけないほどの幕切れでした。
脈がしだいに弱くなっていって
打たなくなる。停止する。
呼吸が止まる瞬間、
すべてが静止するのです。
死に瀕した母の身体は
驚くくらいにひんやりとしていたのに
亡くなってみると、
それが温もりに感じられるのです。
まだこんなにあたたかいのに…って
一生忘れないと思います。
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