夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

私にとってのセレブの人とは・・♪

2006-10-09 12:39:00 | 定年後の思い
セレブ・・という言葉は度々聞いたり、新聞、雑誌で目にするが、
私にとってセレブな女性を感じさせてくれた人・・・。

私の別ブログ【年金青年のたわむれ記】に綴りました。

お読み頂けましたら、幸いです。

特に23歳以上の女性のお方にお読み頂きたい、と思ったりしています♪
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私にとってのセレブの人とは・・♪

2006-10-09 12:27:44 | 時事【社会】
私は民間会社を定年退職し、3年を迎えている身であるが、
【セレブ】という言葉を新聞、雑誌、テレビなどで読んだり、視聴したりしているが、
何ゆえ、この言葉があるのか、解かるようで実感が伴もわなかった・・。

やも得ず、インターネットの《語源由来辞典》で検索したら、
【セレブとは、名士。有名人。
 女性誌などでは、美しく優雅で知的な女性を意味することが多い。】

と表示されたが、益々解からなくなった。

【セレブは、「celebrity(セレブリティ)」の略。
セレブリティとは、著名人や有名人のことである。
略された「セレブ」や「セレブ御用達」のような表現は1990年末頃から見られ、
海外の有名女優やスーパーモデルを「セレブ」、
それらが身に着けるアイテムを「セレブ御用達」と言った。

セレブの意味が曖昧なまま広まった為、
単にお金持ちになることやブランド品を身につけることも「セレブになる」などと
表現されるようになった。

更にその意味解釈が拡大し続け、個々のの持つ抽象的なイメージ表現として用いられるようになった為、
セレブの定義は無いに等しくなった。】

と語源、由来は明示されていた。

このような明示されたことを読むと、私は最近読んだ記事を思い出した。

9月30日の読売新聞で《大人のたしなみ》と特集があり、
副題として、《10月1日は、本物を愛する『大人の日』なり、と綴られていた。

この中で、阿木耀子・女史がインタビューに答えていた・・。

・・「たしなみ」、「恥じらい」、「おくゆかしさ」などという言葉も
だんだん死語になって来ているように感じます。

私は、大人らしいというのは、たしなみとか奥ゆかしさの中にこそ、
ある気がします。

自分の事にしか興味がなく、自己中心的なうちは、まだ子供。
相手に自由に呼吸をさせてあげられる。
それが出来て、初めていえるんだと思います。
(略)

私はこの記事を読んだ時、大人のたしなみをセレブに置き換えても正鵠な表現と感じたひとりである。

阿木耀子・女史は、作詞家、女優、小説家、エッセイストなどで、
活躍されているお方で、1945年生まれと綴られていた。

そして私は、私なりのセレブの定義として、農作物研究家の浜 美枝・女史、
NHKのアナウンサー室長の山根基世・女史を想い浮かべたりしている。

私はブログを綴りはじめて、二年近くになるが、
セレブと称されるようなお心の持った人、3人のお方を思ったりしている。

お心も澄んでいて、こうしたお方が真のセレブかしら、と改めて感じている。

コメント (5)
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ときには、早朝で・・♪

2006-10-09 07:07:00 | 定年後の思い
昨日から家内は、今朝より家内の実家に3泊4日に行くので、
洗濯、掃除、留守にする間の私の料理に専念していた。

家内の母は、二年前の秋に主人に死別され、一人住まいとなっている。

家内が実家に行き、掃除をしたり、衣料、暖冷房、カーテンなど生活にまつわるの季節に応じた雑事をしている。

家内の母は、心身ともに元気であるが、長年生活を共にした主人が死去する前、
入退院を5年近くした看病の疲れのせいか、最低限の身のまわりをする程度となり、
月の大半は親しい女友達と会ったり、国内旅行をしている。

このような状況であるので、家内が毎月ある程度泊りがけで、雑事をしている。

今朝は家内は3時半に起床し、洗濯をし、料理をしている。
私は5時に起きだして、玄関庭で煙草を喫いながら、日の出前の薄暗い空を見たりした。
月がぽっかりと浮かんで折、私の寝ている間に移ろった位置にあるので、
早朝にはこの位置で照らしてくれるのか、と改めて思ったりした。

家内は玄関からの門扉まで階段を掃き清めている。
樹木越に干し竿に洗濯物が干されている。

『薄暗いのに・・少し早いじゃないの・・』と私は言った。

『そうかしら・・』と家内は微笑んだ。

家内を6時始発のバスで見送り、私は家に戻り、戸を開けた。
朝のやわらかい陽射しがまぶしく、秋日和の日中を予感させた。

東京の郊外では26度前後の快晴、と天気予報は報じていた。
体育の日にふさわしく、東京オリンピックの頃を思い出している。




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