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夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

人生の達人に、思わず敬服・・♪

2006-10-12 15:43:00 | 定年後の思い
過日、作曲家の高木東六・氏が亡くなったが、
新聞、テレビなどで訃報のニュースを報じていた。

私はこのお方は、『水色のワルツ』を作曲され、
NHKの『あなたのメロディ』の審査員で出演されたのを視聴していた程度であった。

訃報のニュースで知る、ある程度のこのお方を少し知ったりした・・。

月間雑誌の『文藝春秋』の中で、定期特集の【蓋棺録(がいかんろく)】があるが、
著名人の訃報記事であり、亡くなれたお方の人生の軌道を短文で、
深い想いでそのお方の人生を切り取っているのに何時も感銘を受けている。
どのお方が綴られているのが解からないが、
まぎれもなく人生を達観し、的確に表現している人と思っている。

今回は、作曲家・高木東六・氏を取り上げていた・・。

無断であるが、記事の一部を引用させて頂きます。

・・演歌が大嫌いだった。
「演歌を歌う限り、日本に文化はない」とまで言った。
その高木が、たった1回だけ作曲した演歌が『水色のワルツ』だった。

1947年、疎開先で完成させるが、専属のビクターには、
「レベルが高すぎて売れない」と言われた。
そこでコロムビアに持ち込み、1950年、二葉あき子が歌って発売される。
初じめはなかなか売れなかった。
ヒットしたのは、1952年に映画『水色のワルツ』が封切られてからだった。

エッセイもよく書いた。
得意なのが艶笑ものだった。
・・・お堅いNHKなどでは、「イメージを悪くする」といって嫌ったが、
「あれは、僕の息抜きだから、やめる気はなかった」

・・・正式な音楽教育を受けた歌手との仕事を好んだが、
例外は藤原義江と美空ひばりだった。

「藤原さんは演奏会でもでたらめで、
伴奏がずれると、僕が悪いかのように睨(にら)んだ」。
美空ひばりは「一度で覚えてしまって、僕の考える以上に細やかに歌った」。

・・・90歳を超えてからも、毎日40本のタバコを吸い、
コーヒーを好きなだけ飲み、こってりしたウナギやスキヤキを食べた。
「あるがままに生きる。
それが長寿の秘訣です」。

以上、記事の一部を引用させて頂きました。

彼の努力と才能もさることながら、自在に生きられた高木東六・氏には、
『あなたは人生の達人です・・敬服致します・・』
と私は思わず頭を下げて、唸(うな)ったりしている。


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時は流れて・・♪

2006-10-12 07:35:00 | 定年後の思い
私は民間会社を定年退職して、まもなく三年を迎えている。

どなたも同様であると思われるが、現役時代は多忙な時期を送り、
多くのお方達と同様に人事異動をし、色々な職場体験をし、苦楽を共にしてきた。

このような歳月を送ってきたので、せめて退職後になったら、自分の自由な時間を過ごそうと思っていた。

東京の郊外に住み、小庭の雑木の季節のうつろいを誉(ほ)めて、ときたま家内と国内旅行に行ったりしている。

日常生活の多くは、日の出の頃に起きだして、新聞を精読し、世間を騒がしているニュースなどを見ると、
馬鹿なことを・・、と独り言を云ったりしている。

日中は買い物に行ったり、その時の心持ちで散策をしているが、
小説、随筆、歴史書、現代史、雑誌などを読んだり、
音楽を聴いたり、ときには映画のビデオ、DVDを居間で視聴していることが多い。

そして、こうした心身感じたことを濾過させ、文に認(したた)める事である。
幸いブログの世界を知り、投稿したりしている。

そして庭先に下り立ち、朝の柔らかな陽射し、昼下がり、夕暮れのひととき、
煙草などを喫いながら、雑木の枝葉を眺め、季節のうつろいを甘受している。

年金の身であるので、程々の貯金を崩しながら身過ぎ世過ぎの生活を送っているが、
現役時代の多忙を振り返る時、一日のうつろいを見ながら生活をできるのは、
私なりの贅沢な日々と思っている。

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