峰野裕二郎ブログ

私の在り方を問う

since 2005

家族

2005年12月04日 | 家族
土曜日の夕方、有紀さんが帰ってきました。
大村から佐世保まで電車で、佐世保駅に着いた有紀さんを女房どのとくるみさんが迎えに行きました。
その頃、私はビールとご馳走を抱え、さとし君宅へ。さとし君のお父さん・お母さんと来週の日曜日に迫った町内会初の試みとなる「招福【しょうふく】・もちつき会」(ネーミングは私の独断です)の打合せをしていました。

昨日の社会福祉協議会「ふれあいスクール」のもちつきは、いい予行演習になりました。
どこにも町の名人・達人がいらっしゃるものです。昨日は、少なくとも2人のもちつきの名人に出会い、教えを乞【こ】いました。
もち米をよく蒸らしていないと、いくらついても餅になりません。1臼【うす】、どうしても、餅にならないのが出ました。まぁ、それはそれで名人の指示通り、大根おろしときな粉を合わせ、いただきました。これが実に美味いッ!
杵【きね】は、力任せにただ上から下に打ち下ろせばいいというものではありません。土を耕すクワのようにしゃくる感覚が大切です。
名人がつくと、餅が回り始めます。上手な人が2人でつくと、餅が踊るような状態になるそうです。
なにより、さとし君のお父さん・お母さんが毎年、もちつきをされているのですから、頼りになります。
途中、お神酒が振舞われたり(つまみはスルメです。これが冷酒によく合うんです)、ミカンが配られたり、お茶が出されたりというのも、味わい深いものがありました。

私たちの町内会では、とりあえず60Kgつくことにしています。すべて、町内会の方のご実家とか知人の方から、とれたてのもち米でまかなうことができました。
いろいろありましたが、なんとか手はずは整【ととの】いました。この1週間で最後の詰めを行います。

そんなこんなで、久しぶりに帰省した有紀さんと、ゆっくり話すこともできませんでした。いろいろ話して聞かせてやりたいこともありました。が、お互い顔を見れば、特段言うこともないように思えます。それよりも、愛する家族のもとで、ただゆっくりくつろいでもらうことが大切のように思えました。

夕方、寮に帰る頃になって、今回の期末テストの話題になりました。学年でトップだったと教えてくれました。勉強も、それなりに頑張っているようです。

いつものように、家族みんなで有紀さんを送っていくことにしました。今夜は冷え込んでいます。みぞれ交じりの雨が降っていました。
途中、大村湾岸沿いのソバ屋で温かいソバをいただきました。

今、有紀さんは15歳、多感な高校生活を送っています。
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