今期の将棋名人戦、ここまで森内名人1勝、対する挑戦者郷田九段2勝で、きょう第4局の1日目を迎えています。
残念なことに、きょうはテレビ観戦ができなかったのですが、郷田九段が勝てば一気に有利になり、森内名人が勝てば、完全に流れが変わるでしょう。したがって、ここは両者とも何が何でも勝っておきたいところでしょうから、気合十分だったに違いありません。
明日は、時間をやりくりして勝負の行方を見届けたいものです。
さて、先のNHK杯は阿部八段対橋本七段戦でした。
どちらの棋士も私にとってはご縁のあった棋士で、懐かしくそのときのことを思い出しながら観戦しました。
阿部八段は、02年の第15期竜王戦、当時の羽生竜王に挑戦者として名乗りを上げました。何局目かは忘れましたが、そのタイトル戦が佐世保で行われました。
前夜祭で阿部八段への花束の贈呈役をさせていただいたのが当時、中学1年生の有紀さんでした。
プロ棋士間では、阿部さんは相当気の強い、変人っぽい人のように思われている節がありますが、それは盤に向かっているときだけのように思われます。実は、大変柔和でとても温厚な人柄のように感じました。
橋本七段も02年に佐世保に来られました。何のイベントだったかはちょっと思い出せませんが、とにかく島ノ瀬公園で深浦八段を始め数名の棋士の皆さんに多面指し(1人で数名の人を相手にすること、あの日は15人位だったか)をしていただいた後、佐世保で将棋のイベントがある際、縁の下の力持ちになる将棋連盟佐世保支部の世話役さん3人とプロ棋士の皆さんの夕食の席に私もご一緒させていただきました。
プロ棋士の皆さんは、深浦八段・浦野七段・千葉五段・橋本七段だったでしょうか。
佐世保に来ていただいているのだからと魚料理を食べに行きましたが、座敷の席で隣りあわせで座ったのが橋本七段でした。
彼は当時、20歳になるかならないかの頃(なっていたということにします)でしたが、こちらの勧めるままにビールや酒をぐびぐびと飲んでくれ、これは地酒かなどと聞いたりしていました。今でも飲んでいることでしょう。食欲も旺盛で出されたものをきれいにたいらげました。
飲むのも食べるのも気持ちのいい青年でしたが、人柄も、とても気持ちのいい青年でした。
いろいろ話しましたが、特に印象に残っているのが、彼は、なるべくしてプロ棋士になった人なのだということです。
彼が物心ついたときには、周りはお父さんはじめ将棋を指す人たちばかりだったといいます。日常の中に将棋があり、将棋を指すことが日常だったようです。
結局、彼は高校進学をせず、プロ棋士の道を目指すことになりますが、それはごく自然のことだったといいます。他の道を考えることなどまったくなかったと言っていました。
その翌日、若干二十歳の橋本当時四段は、有紀さんとくるみさんに「創志」という言葉を贈っています。
彼は、プロになってすぐから髪の毛の色を赤くしたり金色にしたり、また、服装もちょっと変わったものを着ていました。そのことでそのように見られがちなことがあるかもしれませんが、実は気さくで明るく、礼儀をわきまえた青年です。
あれから5年、あっという間に七段まで駆け上がってきました。順位戦はB級2組ですが、竜王戦は1組です。
今期も、ここまで対局数・勝数が2位、連勝ランキングも8位に名を連ねています。
阿部八段も昨期、順位戦A級へと上り詰めました。竜王戦はやはり1組です。
これからのいっそうの活躍が期待される2人です。
残念なことに、きょうはテレビ観戦ができなかったのですが、郷田九段が勝てば一気に有利になり、森内名人が勝てば、完全に流れが変わるでしょう。したがって、ここは両者とも何が何でも勝っておきたいところでしょうから、気合十分だったに違いありません。
明日は、時間をやりくりして勝負の行方を見届けたいものです。
さて、先のNHK杯は阿部八段対橋本七段戦でした。
どちらの棋士も私にとってはご縁のあった棋士で、懐かしくそのときのことを思い出しながら観戦しました。
阿部八段は、02年の第15期竜王戦、当時の羽生竜王に挑戦者として名乗りを上げました。何局目かは忘れましたが、そのタイトル戦が佐世保で行われました。
前夜祭で阿部八段への花束の贈呈役をさせていただいたのが当時、中学1年生の有紀さんでした。
プロ棋士間では、阿部さんは相当気の強い、変人っぽい人のように思われている節がありますが、それは盤に向かっているときだけのように思われます。実は、大変柔和でとても温厚な人柄のように感じました。
橋本七段も02年に佐世保に来られました。何のイベントだったかはちょっと思い出せませんが、とにかく島ノ瀬公園で深浦八段を始め数名の棋士の皆さんに多面指し(1人で数名の人を相手にすること、あの日は15人位だったか)をしていただいた後、佐世保で将棋のイベントがある際、縁の下の力持ちになる将棋連盟佐世保支部の世話役さん3人とプロ棋士の皆さんの夕食の席に私もご一緒させていただきました。
プロ棋士の皆さんは、深浦八段・浦野七段・千葉五段・橋本七段だったでしょうか。
佐世保に来ていただいているのだからと魚料理を食べに行きましたが、座敷の席で隣りあわせで座ったのが橋本七段でした。
彼は当時、20歳になるかならないかの頃(なっていたということにします)でしたが、こちらの勧めるままにビールや酒をぐびぐびと飲んでくれ、これは地酒かなどと聞いたりしていました。今でも飲んでいることでしょう。食欲も旺盛で出されたものをきれいにたいらげました。
飲むのも食べるのも気持ちのいい青年でしたが、人柄も、とても気持ちのいい青年でした。
いろいろ話しましたが、特に印象に残っているのが、彼は、なるべくしてプロ棋士になった人なのだということです。
彼が物心ついたときには、周りはお父さんはじめ将棋を指す人たちばかりだったといいます。日常の中に将棋があり、将棋を指すことが日常だったようです。
結局、彼は高校進学をせず、プロ棋士の道を目指すことになりますが、それはごく自然のことだったといいます。他の道を考えることなどまったくなかったと言っていました。
その翌日、若干二十歳の橋本当時四段は、有紀さんとくるみさんに「創志」という言葉を贈っています。
彼は、プロになってすぐから髪の毛の色を赤くしたり金色にしたり、また、服装もちょっと変わったものを着ていました。そのことでそのように見られがちなことがあるかもしれませんが、実は気さくで明るく、礼儀をわきまえた青年です。
あれから5年、あっという間に七段まで駆け上がってきました。順位戦はB級2組ですが、竜王戦は1組です。
今期も、ここまで対局数・勝数が2位、連勝ランキングも8位に名を連ねています。
阿部八段も昨期、順位戦A級へと上り詰めました。竜王戦はやはり1組です。
これからのいっそうの活躍が期待される2人です。
すごいカメラ目線でした^^
佐世保での多面指しの様子、会話での印象からして、橋本七段には才気煥発【さいきかんぱつ】なところが感じられます。
A級に上がるんだと公言してはばからないそうですが、名人戦登場も近いかもしれませんね。
NHK杯でのカメラ目線に好感を抱きました。
是非ともB級2組も1期通過し、2年後にはA級棋士になって名人戦に登場してほしいですね。
阿部八段、すみません。
そうでした。結局4勝3敗でしたね。
なお、ブログの中の安部八段は阿部八段でしたね。
彼は竜王戦の挑戦者になり、羽生竜王を相手に竜王奪取にあと一歩というところまで追い込んだことをよく覚えています。彼は昨年待望のA棋士になりましたが、十分実力を発揮できないまま一期で降級になったのは、残念です。