島の医者になって、た頃もあった

70代男の日記風ブログです。新連載「京都へ、京都から」も始めました。

奈留島百人一首82

2014-02-17 | 奈留島百人一首
 
 82. 思ひわび さても命は あるものを
            憂きに堪へぬは 涙なりけり

                                道因法師(ドウインホウシ)(12世紀後期)
 「自分につれないあの人を想って嘆いてはいても、こうして死にもせず長らえています、しかしながら辛さに堪えきれず涙だけはとめどなく流れ落ちるのです。」
 道因法師・藤原敦頼(フジワラノアツヨリ)は、年をとってからも歌に対する執着が変な風に強かったようです。
この歌も恋の歌ですが、老坊主が詠んだと思うと、やや興ざめなのはしかたないですかね。
  
 82. 長い梅雨 さても汚れは あるものを
            雨期に堪へぬは 洗濯なりけり

                 さても・は・あるものを・うきに・堪へぬは・なりけり  20字 同じ
 「憂きに」を上手に「雨期に」と替えて、梅雨のうっとうしさと洗濯が乾かない苛立ちを、うまく表現した、なかなか素晴らしい一首と思いましたが、写真もこんなもので、奈留島とどう結びつけるのか・・・・。
 奈留島からは外れてしまうが、佳作の一首?? もあるのがご愛嬌と言うことで・・・・。

     返事
大雪男さん:政治の中心にいた貴族は、実際どんな風に政治に取り組んでいたのか、
     勉強不足か、もひとつイメージがわきません。
花水木さん:怒られなくて・・、一安心しました。
和さん:ハイ、入れ歯までチョコレート色になっています。
コメント (2)
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小嵐のバレンタイン

2014-02-15 | ノンジャンル
 昨日2月14日(金)は風も強く寒かったですが、今日は少し陽も射して暖かい風も吹く奈留島の土曜日、今日・明日は日当直ですが、今の所のんびりです。
 競馬は完敗も、東京が雪で開催できず、その分負けは少なく済んでいます。
のんびりと他のブログを読んでいると、くだらんことを考えます。
   注意:「クレソン畑でつかまえて」の”雨のバレンタイン”を一読後、以下をお読み下さい。
 
 クリスマスに次いで、日本の国民的行事となった
バレンタインディ・・・・・。
 少しずつは下火になってきたようで、ますます
おじいさんには関係ないもんね~と言いながら
何故か毎年待ち遠しくなる私。
 
そんな訳で、今年のバレンタインチョコは
近年個数が減少の私にとって、まさかの景気回復の嵐・・(って幼い3姉妹からも含めて島内の8人から5個だけど)
しかも今年はおばあさん世代からはなくなり、その3姉妹は0歳・3歳・4歳なので平均年齢も32歳と下降!って。

まずまずの成果。

勿体無くとは思わず、さっさと開けて食べていたので、こんな写真になりました。

追伸・・・
どのブログもバレンタイン関係が多かったので、花水木さんのブログ「クレソン畑でつかまえて」の替えブログもどきで書いてしまいました。
 美味しそうな元ブログを参照していただければ幸いです。

で・・・タイトルが、何か思わせぶりだけど
深い意味も無く、単なるパクリ撃ナ、重ねてお詫びいたします。

   返事
大雪男さん:平安時代の男は、女の顔や体に興味なかったようですね。
花水木さん:本命チョコを渡してもらえない腹いせに?
   花水木さんのブログを替えブログにしてしまいました。
     笑って許してください。
コメント (3)
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奈留島百人一首81

2014-02-14 | 奈留島百人一首
 
 81. ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば
               ただ有明の 月ぞ残れる

                                後徳大寺左大臣(1139~1191)
 ほととぎすは明け方にならないと鳴かないので、人々は徹夜して明け方を待ち、その第一声を聞くのが風流だったようです。
「やっとほととぎすが鳴いたと思ってその方を見ても、もうその姿は無くただ夜明けの空に月が残っているだけでした。」
この歌、単なる情景で、もひとつ心にピンと来ませんでした。
 作者の後徳大寺左大臣と言うのは藤原実定(フジワラノサネサダ)のことで、祖父実能(サネヨシ)を徳大寺左大臣と言ったので、これと区別する為にこう呼ばれました。
  
 81. うぐいすの 鳴きつる方を ながむれば
              ただ城岳に 朝日登れる

                      鳴きつる方を・ながむれば・ただ・れる  16字 同じ
 春から初夏にかけて、奈留島の官舎の朝はうぐいすの鳴き声で始まります。
春から夏へと季節が移るにあわせて、うぐいすの鳴き方は上手になっていくようですが、メジロやひよどりのように庭に姿は見せてはくれません。
 官舎は東側にある城岳の山の麓に位置するので、朝日が昇るのは春でも7時前後です。
 私の起床時の情景を読み込んだ、たいした事のない歌と写真になりました。

     返事
和さん:変化はありますが、最後の福江ではありません。
大雪男さん:先代の太古は、甲板を波が洗う状態だったようですよ。
花水木さん:子供も出来ている人多いので、お姫様もやる時はやっていたと思いますので、
    いつもいつも十二単衣ではなかったと思いますが、どうでしょう?
     まあネグリジェやウオシュレットがある世界に生きていて幸せです。
コメント (2)
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奈留島百人一首80

2014-02-12 | 奈留島百人一首
 
 80. ながからむ 心も知らず 黒髪の
            乱れてけさは ものをこそ思へ

                        待賢門院堀河(タイケンモンインノホリカワ)(12世紀前半)
 「昨晩はあんなに愛していただいたのに、あなたの愛が長続きするかどうか、あなたの心は私には解りませんので、昨晩の余韻か寝起きの髪が乱れているように、私の心も乱れて思い悩んでいます。」
 こう読む時、黒髪どころか十二単衣もぐちゃぐちゃに乱れているものなのでしょうか?、それとも傍らに脱ぎ散らされているものなのでしょうか?、高校生に戻って古文の先生に尋ねたいものです。
 エロチックに詠う堀河は、77番の作者第75代崇徳天皇の生母である待賢門院に仕えていたのでこう呼ばれています。
 主人の待賢門院は幼少の頃から第72代白河天皇に可愛がられた絶世の美人ですが、淫乱の噂もある人で、白河天皇の孫の第74代鳥羽天皇の后になりましたが、産んだ崇徳は夫の鳥羽の子ではなく白河の子であると言われています。
1119年崇徳を産んだ時待賢門院は18歳、曽祖父の白河上皇は66歳、私と同じぐらいですので私にも可能性があるように?白河上皇にも父になる可能性は充分あったのでしょう。
その後待賢門院は26歳の時に鳥羽天皇との間に第77代後白河天皇を産んでいるので、保元の乱(1156年)は自分の子供同士の戦いでもあったわけですし、はからずも貴族社会から武家社会への転換を進めた張本人は待賢門院だったかもしれませんので、やっぱり歴史は夜に作られるのですね。
 
 80. ながびいた ことも知らずに 欠航の
              乱れてけさは やっと出航

                        なが・こ・も知らず・の・乱れてけさは  15字 同じ
 博多を前日の23:30に出て、朝8:10に奈留島に着く野母汽船の太古、写真は朝8:20に奈留港を出て福江に向かう太古の後姿で、綺麗な船です。
 玄界灘や五島列島の西側を通るので、よく揺れますし、よく欠航もします。
他にも長崎港と結んでいる九商フェリーやジェットフォイルも、海が荒れれば欠航もそれほど珍しいことでもありません。
 予想外に欠航が長引いて、やっと本土との航路が開通した、疲れと喜びが混じった時の状況を詠った生活首です。

    返事
花水木さん:研修医も「このマーライオン、水出るかな?」と言ってました。
    花水木さんも若者達と同じ若い感性をお持ちですね。
大雪男さん:キャサリン・ロスもタイプで無いですか。
    無人島に大雪男さんと二人で流れ着いても、女の取り合いはしなくて済みそうですね。
大雪男さん2:携帯でもブログ見れるから不思議ですね。
商家の嫁さん:関東からは埼玉医大・北里・杏林から若いのが来ていますが、
    顔は私や旦那さんの方が勝っているので、好みではないと思いますよ。
コメント (3)
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若者達と福江観光

2014-02-10 | 五島列島
 
 8日(土)、関東は大雪だったようですが、五島は雨の予報が曇り。
 奈留医療センターに2月に来てる関東からの研修医の埼玉県人、福岡の専門学校から2週間の研修に来てる女性のPTの大分県人、ついでに研修医の同期で福江の富江病院に来てる同じ研修医の群馬県人と落ち合って、電気自動車のレンタカー「日産リーフ」で4人で福江観光です。
  
 鬼岳からの五島の海は、雲の間から時々射す陽の光でいつもより輝いていました。
 こういう写真をもっと上手に撮りたいのですが、キミマロズームの操作方法も宝の持ち腐れ、若者達が持っているスマートフォンでさえパノラマ写真が撮れるのにです。
 
 4人でシンガメ[ルに行ったのではなく、コンカナ王国のマーライオンです。
3人共差は有りますが20代なので、昼の寿司も「おいしい・美味しい」とたくさん食べてくれました。
なんせ安いから、寿司屋でも安心です。
 
 3人のうちの一人が祖父の代までクリスチャンだったと言うことで、水の浦教会と貝津教会も案内しました。
 準備良くタオルも4枚用意していたので、荒川の足湯にも浸かります。
足湯初めての子もいました。
  
 
 定番の大瀬崎燈台。
今までに五島に来てくれた家族・知人、代々の研修医を案内して、家内と二人では2回も燈台直下までも行きましたし、結局今度が最後と言いつつ大瀬崎はもう15回以上来たことになります。
 
 これまた定番の案内場所高浜海水浴場、1枚目の写真の魚藍観音から見下ろした定番写真後海岸に廻ります。
 私は若い頃、友人のデートに付いて男2人・女1人で遊ぶのが好きでした。
「明日に向かって撃て」のメ[ル・ニューマン、ロバート・レドフォード、キャサリン・ロスの3人が遊ぶ姿に憧れたのかもしれません。
遠くから若い3人を見守っていると、昔を想い出します。

   返事

大雪男さん:確かに星は奈留島では降るほどではありません。
    海面が明るいからですかね、やっぱり星は山でしょうね。
花水木さん:「チャラにしたらどうですか?」 一瞬なるほどと思いましたが、
     微妙に違いますよー。
コメント (4)
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