原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

世界規模で長引くコロナ禍に打ち勝てたか、2022ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート

2022年01月02日 | 音楽
 (冒頭写真は、昨日ウィーン学友協会大ホールにて開催された「2022ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート」のオープニング表題を、NHK・Eテレ映像より転載したもの。)



 我々母娘が、年始の「ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート」をテレビ放映にて鑑賞し始めたのは、2001年のことだったと記憶している。

 幼稚園の頃よりクラシックバレエを習っていた娘が、初めての大舞台にて、ヨハンストラウス2世の「ラデツキー行進曲」を踊ったのがきっかけだった。
 その「ラデツキー行進曲」が「ニューイヤーコンサート」のアンコール大トリで毎年演奏される、と聞いて。

 これは必見!と見始めてみると。
 我が幼き頃より聞きなれているヨハンストラウスの名曲揃いで、すぐにファンになった。

 毎年テレビ鑑賞するに、指揮者ごとにコンサート全般の個性が大幅に異なるのに合わせて、大いに演奏会の雰囲気が異なり趣が多様だ。
 
 私の好みとしては、一番最初の2001年に見たニコラウス・アーノンクール氏のユーモラスな指揮が実に印象的だった。
 最後の「ラデツキー行進曲」では客席に向かって指揮をして、静かにする場では「シー!」とのサインを送ったり、派手に応援する場面では全身で指揮をしたりと、大いに盛り上がったものだ。
 客席からの「ブラボー!!」も今までで一番多かったのではなかろうか。

 直後に、アーノンクール氏指揮「ニューイヤーコンサート」のCDを購入して、一家で何度も聴いたものだ。


 さて、2022年昨日の「ニューイヤーコンサート」指揮者は、ダニエル・バレンボイム氏だった。
 Wikipediaより、氏の略歴を引用しておこう。
 ダニエル・バレンボイム(Daniel Barenboim, 1942年11月15日 - )は、アルゼンチン出身の、ユダヤ人ピアニスト・指揮者。現在の国籍はイスラエル。ベートーヴェンのピアノソナタ全32曲の録音を2020年現在までに5回残している唯一の現役ピアニストである 。


 以下は、昨夜NHK・Eテレにて放映された「ニューイヤーコンサート」を、私が撮影した写真の数々だが。
 50枚程撮影したのだが、その中から選りすぐりの写真を掲載させて頂こう。

           
 指揮者のダニエル・バレンボイム氏。 なかなかのイケメンです。


           

           

           

 これらは、「ニューイヤーコンサート」毎年の舞台である、ウィーン学友協会大ホール内の写真。

 このウィーン学友協会を一目見たくて、2019年に娘を引き連れてウィーンへ出掛けたものの。

 時は娘の休暇が取れる夏であったため、元よりコンサートを見ることは諦めていたのだが。
 どこまで不運かと思い知らされたのは、我々がウィーンに滞在する4日間が。 あまりにも偶然過ぎるのだが、学友協会の年に一度の4日間の休館日とピタリと重なってしまったことだ!!
 コンサートを見ずとて、休館日でなければ「館内案内ツアー」を毎日実施しているのに…
 こんな不運は無い、と娘と嘆きつつ。😭  それでも館外は十分に見てきましたよ。


           

           

           

           
 これらは、昨夜テレビにて見た演奏中の写真です。
 私の目に留まったのは、コントラバスの演奏風景です。

 高校時代にオーケストラ部に所属した私は身長が高いこともあって、このコントラバス担当を志望しました。
 ところがどっこい、弦が予想以上に太いのです。 我が細指では到底弦を抑えられないと悟り、早々にチェロ担当に鞍替えしたものです。
 (バリバリ受験高校だったため、音大志望者以外は1年秋の文化祭出場を最後に強制退部となり、今に至っては弦楽器を触ることすらありません…)😰  


           

           

           
 昨夜の「ウィンフィル・ニューイヤーコンサート」の一番の特徴は、写真の通り、シェーンブルン宮殿内がバレエの舞台となったことです。

 2019年夏に娘と共にウィーン個人旅行を決行した身ですが。
 ウィーン到着が早朝と相成り。
 シェーンブルン宮殿直ぐ近くのホテルを予約していた私は、(ウィーンでの日程4日間と余裕が無かったのが理由で)、「早速当宮殿見学をしよう!」 と娘を誘ったものの…
 夏だというのに寒く、大雨…  しかも時間が早過ぎて館内は閉鎖されていいるし、踏んだり蹴ったりの事態…
 (まあ、厳しい旅行程思い出に残るものでもあるのですが。)


 そんな我々母娘は、昨夜の「ニューイヤーコンサート」にて初めて館内を生放送で見ることが叶いました!

           
 ついでに、館外でもバレエが放映されました。

 この辺は十分に見学してきました!
 シェーンブルン宮殿のこの前面に広大に広がる前庭や横庭が、芸術的で素晴らしいのですが。


 その辺の写真は、我がエッセイ集2019年夏頃の「旅行」カテゴリー、バックナンバーにて公開していますので、そちらをお楽しみ下さいますように!


“男がピカピカのキザでいられた” 時代

2021年05月30日 | 音楽
 (冒頭写真は、ユーチューブより録画した歌手・沢田研二氏が歌う「カサブランカダンディ」の映像。  上の写真は曲名最初の「カ」が抜けましたこと、お詫びします。)


         
 今回のエッセイ執筆のきっかけを得たのは、上記写真の朝日新聞昨日付け記事「自分を貫く無二の表現者」と題する、沢田研二氏のランキング特集である。

 私自身は特段、沢田研二(ジュリー)ファンではなかった。

 中高生時代にミーハーだった私も、当時男子アイドルに躍起になったものだが。 私の好みとしては、一貫して“可愛い系”男子アイドルに心が傾いた。
 具体例を挙げると、フォーリーブス、伊丹幸雄…  
 (フォーリーブスは皆さんもご存じだろうが、伊丹幸雄に関しては「青い麦」一発屋で消え去ったため、ご記憶にない方が多いことと想像する。)
 両者の共通項としては、とにかく“お顔”が実に可愛らしかった😍 のが特徴だ。

 それに比しジュリーはその対局をいくがごとく、とにかく美男子だった。
 
 今回の朝日新聞ジュリーランキング10曲は、もちろんすべて十分に知っているしよく聞いて歌った。
 その朝日新聞のランキング10内楽曲の中で、我が印象に一番鮮烈に残っているのが、表題の「カサブランカダンディ」である。
 この楽曲は、ジュリーがザ・タイガースから独り立ちして年数が経って後のシングル曲でなかっただろうか?
 
 ♪  ボギー、ボギー、あんたの時代はよかった
   男がピカピカのキザでいられた
   ボギー、ボギー、あんたの時代はよかった
   男がピカピカのキザでいられた~~~~    ♪

 歌もよかったし、ジュリーの振り付け演技力の完成度も高く、実にエンターテイメント性の高いヒット曲だった。
 この曲が当時ディスコで流れると必ずステージへ行って、皆で両手を挙げて踊りつつ歌ったものだ。


 昨夜ユーチューブにて当該曲を聴くついでに、画像撮影したものを以下に紹介しよう。
         

         

         

         

         

         


                               



 さて次に、ネット上で当該「カサブランカ・ダンディ」に関する‘優れた”論評を発見したため、その一部を以下に紹介させていただこう。

 こんにちは。平成生まれの昭和好き、さにーと申します。
斜めにかぶったハット、耳には花を差し、ウイスキーの瓶を片手に、それを口に運び天に噴き出す姿。こんなキザでスカした演出がサマになるアーティストは、昨今とおして一体どれだけいるでしょうか。
リリースされてから40年の時を経て、私もその姿に魅せられた一人です。初めて沢田研二さんがこの曲を歌う映像を見たときの衝撃・・・あれを一生忘れることはできないでしょう。(できることなら、もう一度ジュリーを知らない頃に戻って、あの衝撃をもう一度味わいたい)
『カサブランカ・ダンディ』は、そんなジュリーの曲の中で、私の大好きな一曲です。
暴力的にも感じる歌詞のインパクトやパフォーマンスにつられて、よく歌詞の意味を考えたことがなかったという方もいると思いますので、あらためてここで考えていきたいと思います。 (中略)
まず、歌の入りが強烈。「女の頬をはりたおして」なんて今の時代に歌ったら、世間様からなんと言われるか。でも、世間から見ても沢田研二自身がこの歌詞がサマになる存在だったのかもしれません。たしかに、ジュリーにだったらひっぱたかれてもいい。むしろひっぱたいてくれ。
『パントマイムを演じていたよ』のパントマイムとは、「身ぶりや表情で表現する無言劇で、まるでないものがあるかのように見えるように見せる芸」のこと。2人にとって幸せな頃を思い出すあのフレーズが流れて来ても、ことばも交わさず、まるで聞こえていないかのようにやり過ごそうとしている様子です。
歌詞の「ボギー」って誰?
そして、サビであるこのフレーズを聴いて「ボギーって誰だろう?」と思った方もいるでしょう。ボギーというのは、1940〜1950年代を象徴する名優、ハンフリー・ボガートのニックネーム。曲名の由来にもなっている『カサブランカ』という映画の主演を務めました。「君の瞳に乾杯」というフレーズが、この映画によって有名になっています。ハンフリー・ボガートは映画の中で数々の名言を残しているのですが、そのどれもが非常にキザ!今の時代からすれば「クッサ〜」とも言われそうなレベル。歯が浮くセリフってやつです。
しかし当時はそれが「クサい」とは言われることはなく、人々の心を熱中させた時代でした。キザなことを言ってもカッコよくいられた時代、ということです。
主人公の男は、まず女との関係がうまくいっていない。今でいうDVもしちゃってる。でも、女め!ざまあねえな!と思ってるわけではなく、むしろなんか傷ついている気がします。そして、『ボギーの時代なら良かったなあ』とすこし自嘲気味になっているように感じます。ボギーの時代の、いったいなにに憧れているというのか。
2番に続きます。
カサブランカ・ダンディの歌詞(2番)
本当に注目したいのは歌詞の真意。
男と女は、もう修復不可能な関係
その次の歌詞で、1番の『苦しい顔できかないふりして』に続き、『辛い芝居を続けていたよ』と出てきます。
だって、「もう身体を重ねることしかすることはない」って言ってんですよ。それなのに辛いとか、もうそれ、男と女は破綻しているってことじゃないのか。
もう、話し合いを重ねたって、あの頃は良かったなあと懐古したところで、どうにもならない。だけど離れられないってことなんじゃないのか。。
そして、そんな恋人芝居だって本当は、したくなかった。でも離れられないから、破綻していることは承知の上でそうしつづけるしかない。マジかよ。悲しいけど、そういうことなんじゃないかと思います。
ようは……男のもっともおそれている「別れ」から目をそらし続けるには、もう、そんなことくらいしかできないのです。他の方法が男にはわからないし、女が何を訴えてこようと(『しゃべり過ぎる女の口を』)、もうこの不器用すぎる男にはどうしようもできないのです。
だから『さめたキスでふさぎながら』という歌詞も、「男がもう女に冷めている」という意味ではなく、破綻しかけている関係を修復することもできない中ではそうするしかなかったんじゃないかな。
お互いの愛を確かめるのがキスだとすれば、この二人は今にも消えそうな細い糸をたぐりよせることでかろうじて繋がっているだけの関係を続けるための「キスするしか方法がわからなかった」のキス。お互いに求めあっていても交わらない、一方通行どうしの愛を守るためのもの。それがさめたキスなんではないかと。。
もう何も言うんじゃねえというか、頼むからやめてくれってのに近い感情なんではないでしょうか。
男は、女をまだ愛してるけど、幸せになるための愛し方がわからない。今やっていることも恋人芝居でありパントマイムだとわかっていて、続けることしかできないのです。
だから、彼が本当に恐れていることが起こるのを遠ざけるかのように、あるいは来るとわかっている上で先のばしにするために、いまは聴かないふり、見ないふりをする。
もうさ、あほだよね。苦しいわ。。どこで歯車が狂ってしまったんでしょうか。取り返しがつかなくなる前に、何かできなかったんでしょうか。もうね。。
やっぱりこの不器用な男にはそれしかできないのですね。
そして、ここで出てくるのがボギー
ボギーの時代は「やせがまん」をすること自体もサマになる、男がキザでいられた時代。ひとつの恋が終わってしまっても、意地を張って女の前では涙も見せずに別れていくような姿とか、ボギーならサマになったんじゃないかな。
男もそんな粋でありたいと思う一方、そうはなれない自分がいる。
せめてボギーの時代だったら、俺のこのしんどい芝居も絵になったのかなあ。今じゃただただかっこ悪いだけの男だ。サビの歌詞は、そういう意味だと思っています。
それに本当は「時代のせいではない」と男は気づいてたんじゃないでしょうか。男は純粋に、ボギーのようにカッコつけながらもまっすぐに人を愛せる人になりたかったのかもしれません。
もしそうなら、こんなやり方じゃない方法で女を愛していけたかもしれないのに、と。

 (以上、ネット上で発見した ‘’平成生まれの昭和好き、さにー” さんの記述を引用させていただいたもの。)


 さにーさんの分析の程が素晴らしいため、あえて原左都子が付け加えることもないのだが。(さにーさん、もしも著作権法に触れるようでしたら対処致しますのでご連絡下さい。)


 既に述べた通り、私は特にジュリーファンではなかったものの。
 
 やはりジュリー(沢田研二氏)の“エンターテインメント力”の素晴らしさは、今後世紀を超えて生き残るであろうと。

 今再び「カサブランカ・ダンディ」映像を拝見して、感動と共に実感する。


「ウィーンフィルニューイヤーコンサート2021」 ー vol.2 ー

2021年01月03日 | 音楽
 (冒頭写真は、毎年ウィンフィルニューイヤーコンサートの舞台となっているウィーン楽友協会ホール。 ネットより転載したもの。)


 2019夏に、我々母娘はウィーンへ旅に出た。

 その当初の第一目的は、このウィーン楽友協会ホールにて本場ウィーンのオーケストラ公演を鑑賞することにあった。

 ところが何と不運なことに、楽友協会ホールの年に一度の4日間の休館日と、我らの旅程である娘の勤め先の夏期休暇がピタリと重なってしまったのだ! 
 やむを得ずオーケストラ公演はウィーン国立歌劇場にて観賞することとし。  楽友協会へは外部の見学のみに訪れざるを得なかった。😫 

 ウィーン到着初日の早朝に大雨の中シェーンブルン宮殿を訪れた後、空旅で疲れ果てた身体に鞭打って、このウィーン楽友協会を訪れた。

 その際に私が撮影した写真を、以下に紹介させていただこう。

           

           

           

 束の間の訪問だったが、現地を訪れ外観を見学したただけでも大いに感動した。



 さて、2021元旦にNHK Eテレにて放映された、表題の「ニューイヤーコンサート2021」に話題を移させていただこう。

 前回の「ニューイヤーコンサート2021」エッセイ内にも記載したが、2021年の指揮者はイタリア人のリッカルド・ムーティ氏 だった。
 全幕を通して真面目派と表現すれば良いのか、とにかく熱心に指揮に集中される指揮者との印象を抱いた。


 ここで、2021ウィーンフィルニューイヤーコンサートの演奏楽曲をネットより引用しておこう。

 1.スッペ:ファティニッツァ行進曲★
 2.ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「音波」作品148★
 3.ヨハン・シュトラウス2世:「ニコ殿下のポルカ」作品228
 4.ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル「憂いもなく」作品271
 5.ツェラー:ワルツ「坑夫ランプ」★
 6.ミレッカー:ギャロップ「贅沢三昧」★
    (ここから後半)
 7.スッペ:喜歌劇「詩人と農夫」序曲
 8.コムザーク:ワルツ「バーデン娘」作品257★
 9.ヨーゼフ・シュトラウス:「マルゲリータ・ポルカ」作品244★
 10.ヨハン・シュトラウス1世:「ヴェネツィア人のギャロップ」作品74★
 11.ヨハン・シュトラウス2世:ワルツ「春の声」作品410
 12.ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・フランセーズ「クラップフェンの森で」作品336
 13.ヨハン・シュトラウス2世:「新メロディ・カドリーユ」作品254
 14.ヨハン・シュトラウス2世:皇帝円舞曲作品437
 15.ヨハン・シュトラウス2世:ポルカ・シュネル「恋と踊りに夢中」作品393
 ※アンコール 
  (毎年恒例の “美しく青きドナウ” そして “ラデツキー行進曲” だが)



 ウィーンフィルニューイヤーコンサートの例年の特徴だが、本年も、ほぼスタンダードな楽曲で構成されていた。

 今年の演奏曲目の中で、私が一番インパクトがあったのは。
 後半第1曲目の、スッペ作曲「詩人と農夫」序曲だ。

 実はこの曲、我が中学生時代のブラスバンド部にて演奏した楽曲だ。
 既に3年生の夏だったが、ブラスバンド部県大会出場用に部員で選択して練習を重ねたものだ。 
 参考だが、私が所属していた中学校のブラスバンド部は過去に全国大会優勝を果たす程の伝統ある部だった。 
 他にも、自治体の専属バンドとして各種式典「消防出初め式」「成人式」「市中行進」、更には「駅の開通式」等の演奏バンドとしても活躍していた。
 私が所属していた時代にもブラスバンド県大会では、常に「準優勝」に輝いていた。(残念ながら当時、常連で優勝を勝ち取る県内中学があり、どうしてもそのバンドには叶わなかったものだ…)

 ところが…
 我が中3時の大会では、何とその「準優勝」すら叶わず、3位に落ちぶれてしまったのだ…😨 
 審査員よりの総評は「楽曲選択が難し過ぎたのではないか。 そのチャレンジ精神は買うが、自分たちの実力を見極めるのも大事…」云々…

 まさに、中学生が演奏するには超難度の演目だった。

 ただ、我々は自分らが選曲したからこそ実に熱心に主体的に、来る日も来る日も下手な練習に励めたものだ。
 それだからこそ、この楽曲の記憶が鮮明だ。


 話題を「ニューイヤーコンサート2021」に戻そう。
 第二部の最初にこの楽曲が演奏され始めた途端!
 私は直ぐに、我が中学生時代ブラスバンド部の光景が蘇った。
 今尚、すべての旋律を記憶していた!
 フルート担当だった私は、その時練習したフルートバージョンを完璧に覚えていた。 (ここはシンコペーションのリズムを正確に!)などと復習しつつ今年のニューイヤーコンサートを楽しんだものだ。

 その後も、時間があればネットにてスッペ「詩人と農夫・序曲」を一人で楽しんでいる。



 ところで今年のウィーンフィルニューイヤーコンサートも、「無観客」だった。
 振り返ると、我が国の昨年大晦日の「NHK紅白歌合戦」も“無観客”での実施だった。

 私が思うに、テレビ視聴者にとっては「無観客」舞台は要らぬ雑音が無いお陰で純粋に音楽が楽しめる気がする。
 何だか「無観客」がもたらすプラス効果故に、テレビ視聴者にとっては“得した気分”なのだが。

 皆様は、如何なる感想をお持ちでしょう??


「ウィーンフィルニューイヤーコンサート2021」 を今テレビにて視聴中です

2021年01月01日 | 音楽
 その転載写真を、以下に紹介しましょう。


        

        

        

        

        

        

        

        

        


        

 以上、現在NHK・Eテレにて放映中の「ウィーンフィルニューイヤーコンサート2021」 の前半部分の写真の一部をテレビ画面より撮影したもの。


 これから「後半」が開始するようですので、それを娘と共に視聴します。

 解説及び感想は、明日以降に回させて頂きます。


 参考ですが、2021年の指揮者は、イタリア人のリッカルド・ムーティ氏です。

 (更に参考ですが、“無観客”です。)


ユーミンが太った!?!

2020年12月30日 | 音楽
 (冒頭写真は、先程テレビにて撮影したユーミンの写真。)


 私はそもそもユーミンファンではなかった。

 ただ、ユーミンが未だ「荒井由実」名で活躍していた頃に聞いた「あの日に帰りたい」は、当時のカラオケでよく熱唱した。

 ユーミンの低音歌唱が我が音程にマッチしていて歌いやすかった。


 その後も、「中央フリーウェイ」、「ルージュの伝言」、「卒業写真」、「春よ来い」等々は、その後の我がカラオケ愛唱曲でもある。



 本日先程からテレビにて放映されている“松任谷由美特集”番組を垣間見て、私は愕然とさせられた。


 どうしたことか、国民のアイドルであるべき松任谷由美が太っているではないか!?!
         


         


         


         

 以上、テレビ映像より撮影したもの。 (転載禁止ものでしたら、後程抹消処理をしますが。)


 我が私見だが。

 あくまでも過去に一世風靡したアイドルが、あくまでも“アイドル”として名を売り続けたい場合、決して映像上でみっともない外見を晒すべきではないと私は心得る。


 番組後半に入った今、ユーミンはパンツスタイルに姿を変えたが。
 やはり太ってしまっている姿を否定出来ない。 しかも、大顔に見える…


 ユーミンと言えば、一昔前からそのライブステージが売りだったと私は認識している。

 その映像を今後とも自身の売りにしたい場合、少しでも太ってしまったならそれが続行不能と判断するべきではなかろうか。


 この原左都子は、決して舞台のライブで自身を売りに出そうと目指してはいない。

 ただ、オピニオンブログとして公開し続けている我がブログ上に、長身スリム体型写真を公開している以上。
 それが叶わぬ現実となった際には、ブログスタイルを変更せんと考える程に、自身の長身スリム体型にはこだわり続けている。

 どうかユーミンさまに於かれましても、今後とも大規模ライブを続行される以上、歌唱のみならず持って生まれた長身体型にこだわり続けられる事に期待申し上げたい。