本日(6月22日)昼のNHKニュースによると、福島第一原発において汚染水抑制目的で水の注入量を減量した結果、3号機の原子炉内の温度が上昇しているとの報道である。
福島第一原発の汚染水浄化対策は、どうやら暗礁に乗り上げている模様だ。
米国やフランスより輸入し設置したセシウム吸着装置や除染装置等が試行段階から次々に不具合を起こした。
にもかかわらず原発事故復興作業を急いで焦る東電が試行期間を短縮して本運転を開始したものの、排出される汚染水のセシウム濃度が予想をはるかに超える高濃度であったため、セシウム吸着装置の運転がわずか5時間で停止したとの情報は先週末に得ていた。
そして昨日(21日)にはセシウム除染装置のポンプが止まる不具合が発生し、これらのトラブルにより汚染水を浄化してそれを原子炉に戻し燃料を冷却するとの当初の計画の見通しが立たなくなっている現状である。
やむを得ず水の注入量を減量するという方策しか打ち出せない現状では、原子炉内の温度が上昇して当然であろう。
元科学者の端くれである原左都子は、東電が「汚染水浄化システム」を採用するとのニュースを見聞した当初より、レベル7の高放射能水を浄化できるシステムなどこの世に存在するのだろうか、との一種“いかがわしさ”を脳裏に引きずっていた。 (ふむふむ、確かに今回福島原発が放出している放射能のうち半減期の長いセシウムは粒子であるから、原理的には超高速遠心分離等の手段を用いればセシウムを水から分離することが可能なのだろうか?? などと信憑性のない昔の知識を老化した頭から引きずり出しては私なりの素人対策を講じたりもしていた。)
もちろん福島第一原発を冷却した大量の汚染水をこのまま日々溜め続けたところで、溜まった汚染水対策に関してその後の方策が何ら用意されていない現実において、汚染水から放射能を除去して循環出来るならばそれは理想というものであろう。
ただ、その理想論とレベル7放射能汚染の現実との科学的ギャップが大き過ぎることを内心懸念し続けていた私である。 救いとしては、現在はIAEA等国際機関が事故対策に助言をしているようでもあるし、先進機器を諸外国より輸入しての汚染水対策と見聞して、個人的にはそれに最後の望みをかけたい思いもあった。
ところがやはりこの方策は試行段階から行き詰まる結果と相成った。
結局、何十(何百)億円かけて輸入したのかに関して私は承知していないが、放射能浄化機器類はこのまま廃棄処分となるのであろうか??
そして何よりも、この国の原子力研究者や学者達はこの切迫した現状において一体何をしているのだろうかとの不審感を抱かざるを得ない現状だ。 東電にだけその対策を任せている場合ではなく、何らかの適切なアドバイスを今こそするべきではないのか!?
今回の福島第一原発事故はまさに未曾有の大事故であり、日本の学者研究者は元より、もしかしたら世界中において事故収拾に向けて適切なアドバイスが可能な人材が誰一人として存在しないのがもしれない。
これぞ“レベル7”の脅威である。
原子炉が燃え尽きるその日まで、巨量の水を注ぎつつ我々はただ待つのみなのか?
そして、その巨量の汚染水や周辺の高濃度汚染土壌の処理は今後どうなるのか??
そうなると、せめても原発事故発生当初より直接多大な被害を被っている原発周辺の避難者の方々に対する保障を急ぐべきである。
と考えていた矢先、とりあえず現在強制避難を余儀なくされている福島第一原発周辺住民の皆さんの“精神的苦痛”に対する損害賠償に関して、政府は20日、事故発生から6ヶ月間に渡り一人月額10万円を基準として賠償することを決定したようだ。
原左都子の私論としては、とにかくその賠償額の支給を急いで欲しい思いである。
本日は私が住む東京地方でも30℃を超える真夏日を記録している。(現在、節電のためクーラーなしでこの記事を綴っている私の頭も朦朧としかかっている程に急激な暑さが舞い込んできている。)
報道によると東北地方でも今日は最高気温が30℃を超えている様子だ。 体育館等に避難している避難住民の方々の今後の暑さ対策が、その賠償金により少しでも早く叶うことを願いたいものである。
今回の原発事故の補償とは、決して一時的な精神被害に対する賠償金支給のみで国民の“めくらませ”を図ってはならないことは明白である。
原発事故の損害賠償の神髄とは、必ずや周辺住民の皆さんの未来に渡る「健康保障」であるべきはずだ。
まさか政府は、今回の原発事故による住民の皆さんの精神的苦痛に対する一過性の賠償支払いのみで事を済ませようとしている訳ではないと信じたい。
何故これを原左都子が懸念するのかと言えば、第二次世界大戦終盤の昭和20年に投下された米国による原爆の広島、長崎の被害者に対してすら、政府はその保障をめぐり今尚被災者と闘い続けている現状を垣間見るからである。
瞬時にして大量の放射能を浴び多くの市民が死傷した原爆と比較すると、今回の福島第一原発事故はその放射能量が格段に少ないという意見もあろう。
ただ、上記のごとく東電は放射能浄化循環システムの稼働に失敗した結果として原子炉内の温度が上昇する非常事態が続く等、未だ右往左往を繰り返すばかりである。
放射能の人体への被害とはその積算量で考慮されるべきことについては、本ブログのバックナンバーで再三述べている。 その積算量を忘れ去ったかのごとく政府では政権争いや政権内内輪もめの真っ只中だ。
その間にも、福島原発周辺の方々の人体に外部被爆内部被爆を積算して一体どれ程の放射能被爆量が今後もたらされるのだろう?
原発避難者や周辺住民の皆さんには実に実に申し訳ない話だが、もしも遠い未来において福島第一原発周辺地域の方々に統計学上特異的に癌が多発するような傾向が見られた場合、戦後の原爆保障のごとく保障争いを長期化することなく、必ずや政府は “疑わしきは賠償する” 精神でその保障を行って欲しいものである。
今混乱中の政府に対し、被災者の未来に渡る健康保障の確約を要求したい原左都子である。
福島第一原発の汚染水浄化対策は、どうやら暗礁に乗り上げている模様だ。
米国やフランスより輸入し設置したセシウム吸着装置や除染装置等が試行段階から次々に不具合を起こした。
にもかかわらず原発事故復興作業を急いで焦る東電が試行期間を短縮して本運転を開始したものの、排出される汚染水のセシウム濃度が予想をはるかに超える高濃度であったため、セシウム吸着装置の運転がわずか5時間で停止したとの情報は先週末に得ていた。
そして昨日(21日)にはセシウム除染装置のポンプが止まる不具合が発生し、これらのトラブルにより汚染水を浄化してそれを原子炉に戻し燃料を冷却するとの当初の計画の見通しが立たなくなっている現状である。
やむを得ず水の注入量を減量するという方策しか打ち出せない現状では、原子炉内の温度が上昇して当然であろう。
元科学者の端くれである原左都子は、東電が「汚染水浄化システム」を採用するとのニュースを見聞した当初より、レベル7の高放射能水を浄化できるシステムなどこの世に存在するのだろうか、との一種“いかがわしさ”を脳裏に引きずっていた。 (ふむふむ、確かに今回福島原発が放出している放射能のうち半減期の長いセシウムは粒子であるから、原理的には超高速遠心分離等の手段を用いればセシウムを水から分離することが可能なのだろうか?? などと信憑性のない昔の知識を老化した頭から引きずり出しては私なりの素人対策を講じたりもしていた。)
もちろん福島第一原発を冷却した大量の汚染水をこのまま日々溜め続けたところで、溜まった汚染水対策に関してその後の方策が何ら用意されていない現実において、汚染水から放射能を除去して循環出来るならばそれは理想というものであろう。
ただ、その理想論とレベル7放射能汚染の現実との科学的ギャップが大き過ぎることを内心懸念し続けていた私である。 救いとしては、現在はIAEA等国際機関が事故対策に助言をしているようでもあるし、先進機器を諸外国より輸入しての汚染水対策と見聞して、個人的にはそれに最後の望みをかけたい思いもあった。
ところがやはりこの方策は試行段階から行き詰まる結果と相成った。
結局、何十(何百)億円かけて輸入したのかに関して私は承知していないが、放射能浄化機器類はこのまま廃棄処分となるのであろうか??
そして何よりも、この国の原子力研究者や学者達はこの切迫した現状において一体何をしているのだろうかとの不審感を抱かざるを得ない現状だ。 東電にだけその対策を任せている場合ではなく、何らかの適切なアドバイスを今こそするべきではないのか!?
今回の福島第一原発事故はまさに未曾有の大事故であり、日本の学者研究者は元より、もしかしたら世界中において事故収拾に向けて適切なアドバイスが可能な人材が誰一人として存在しないのがもしれない。
これぞ“レベル7”の脅威である。
原子炉が燃え尽きるその日まで、巨量の水を注ぎつつ我々はただ待つのみなのか?
そして、その巨量の汚染水や周辺の高濃度汚染土壌の処理は今後どうなるのか??
そうなると、せめても原発事故発生当初より直接多大な被害を被っている原発周辺の避難者の方々に対する保障を急ぐべきである。
と考えていた矢先、とりあえず現在強制避難を余儀なくされている福島第一原発周辺住民の皆さんの“精神的苦痛”に対する損害賠償に関して、政府は20日、事故発生から6ヶ月間に渡り一人月額10万円を基準として賠償することを決定したようだ。
原左都子の私論としては、とにかくその賠償額の支給を急いで欲しい思いである。
本日は私が住む東京地方でも30℃を超える真夏日を記録している。(現在、節電のためクーラーなしでこの記事を綴っている私の頭も朦朧としかかっている程に急激な暑さが舞い込んできている。)
報道によると東北地方でも今日は最高気温が30℃を超えている様子だ。 体育館等に避難している避難住民の方々の今後の暑さ対策が、その賠償金により少しでも早く叶うことを願いたいものである。
今回の原発事故の補償とは、決して一時的な精神被害に対する賠償金支給のみで国民の“めくらませ”を図ってはならないことは明白である。
原発事故の損害賠償の神髄とは、必ずや周辺住民の皆さんの未来に渡る「健康保障」であるべきはずだ。
まさか政府は、今回の原発事故による住民の皆さんの精神的苦痛に対する一過性の賠償支払いのみで事を済ませようとしている訳ではないと信じたい。
何故これを原左都子が懸念するのかと言えば、第二次世界大戦終盤の昭和20年に投下された米国による原爆の広島、長崎の被害者に対してすら、政府はその保障をめぐり今尚被災者と闘い続けている現状を垣間見るからである。
瞬時にして大量の放射能を浴び多くの市民が死傷した原爆と比較すると、今回の福島第一原発事故はその放射能量が格段に少ないという意見もあろう。
ただ、上記のごとく東電は放射能浄化循環システムの稼働に失敗した結果として原子炉内の温度が上昇する非常事態が続く等、未だ右往左往を繰り返すばかりである。
放射能の人体への被害とはその積算量で考慮されるべきことについては、本ブログのバックナンバーで再三述べている。 その積算量を忘れ去ったかのごとく政府では政権争いや政権内内輪もめの真っ只中だ。
その間にも、福島原発周辺の方々の人体に外部被爆内部被爆を積算して一体どれ程の放射能被爆量が今後もたらされるのだろう?
原発避難者や周辺住民の皆さんには実に実に申し訳ない話だが、もしも遠い未来において福島第一原発周辺地域の方々に統計学上特異的に癌が多発するような傾向が見られた場合、戦後の原爆保障のごとく保障争いを長期化することなく、必ずや政府は “疑わしきは賠償する” 精神でその保障を行って欲しいものである。
今混乱中の政府に対し、被災者の未来に渡る健康保障の確約を要求したい原左都子である。