原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

偶然 娘と同一番号の「大吉」おみくじを引き当てました!

2019年01月04日 | 自己実現
 (写真は、一昨日自宅近くの神社にて引いた「大吉」のおみくじ等。)


 一家に一名“勤め人”がいると、どうしてもその職業人家族のスケジュール中心に全員が動かざるを得ない。
 我が家の娘が6日間の年末年始休暇を終えて、本日初出勤した。
 それに伴い、我が家のタイムスケジュールも通常バージョンに引き戻されたと言う訳だ。

 ちなみに、普段私は6時半に起床している。
 起床一番の仕事が、娘の朝食づくりだ。 とは言えども、料理嫌いで名高い原左都子がそんなものに好き好んで時間を費やす訳は断じてあり得ない。 大抵は昨夜から用意しておき、朝は少し手を加える程度だ。(とは言えども、娘の健康管理や体調・体型維持には厳しい元医学関係者サリバン故に、栄養バランスやカロリー管理には決して手を抜いていないため、どうかご心配無きように。)

 次なる仕事は、娘を起こす事。
 いやはや、羨ましいねえ。 年齢を重ねると夜よく眠れないものだが。 娘の部屋を毎朝訪れると、必ずや爆睡中だ! 
 これを起こすのが大変な作業!
 だが決して「おきろーーーーー!!」となど怒鳴り立てはしない。 私は厳しくはあるが“鬼母”ではない。 まず一番に部屋のすべての窓のカーテンを開けつつ、面白い話を語り始める。 例えば、昨日の出来事等々。 これを聞きつつまだ寝ている娘が少しニンマリとし始める。 次なる行動は、娘の体位を変える行動だ。 ここまでしておいて、台所へ帰り朝食準備の続きを再開すると、ほぼその時間帯には娘が起きて来るスケジュールとなっている。

 そしてドタバタと支度を終えた娘を玄関先で見送ったら、我が朝の日課に於ける最重要項目はひとまず終了だ。 この“見送り行脚”も娘小学生の頃より20年来欠かさず続けている日課だ。 娘側の思いは知らないが、毎朝娘の出発を見届けねば、サリバンである我が責任感の整合性が取れない故だ。

 ついでに娘帰宅時の玄関での出迎えも、必ずや1日も欠かさず実施している。 たとえサリバンである私が個人的用件で出かけるとしても、その時間帯には出来る限り帰宅しているように心得ている。


 そんな最愛の娘と共に過ごした今年の年末年始の6日間は、あっと言う間に楽しく過ぎ去った。
 今回の娘の年末年始休暇中は、娘と2人の外出中心スケジュールだった。 外出の都度、娘と飲食を共にした。 「昨年末は中華だったから、正月は寿司にしようか。 そして今日はイタリアンだね!」等々と娘と合意しながら。
 昨日のイタリアンの夕餉に際し、初めて娘が“ロゼスパークリングワイン”グラス3分の1程を完飲した。 (実は、我が娘も私のDNAを引き継いでアルコールに強い体質だろうと私は昔から診断している。ただ娘本人が“アルコールは好きでない”と訴える事をラッキーとして、“飲まない方がいいよ”、と身勝手に指導しているサリバンの私である。  実際問題12度程あるスパークリングワインを70ml飲んで、酔った様子でもなく平然としている娘はアルコールに強い体質だろう。


 話題を標題に戻そう。

 娘と共に映画を見た帰り道、寿司屋に立ち寄り飲み食いした後。
 自宅近くの神社にて初詣をした。
 その際に引き当てたのが、表題の「大吉」である。 娘と共におみくじを引いた後には、二人で見せ合う習慣があるのだが。
 これが何と!! 二人とも「大吉」!!。 よ~~~く見ると番号までも同一ではないか!  一応首都圏東京都内の参拝数が多い神社にて引たおみくじだよ!?!

 こんな偶然はまたとないと思いつつ。
 自宅へ帰宅後、娘と共にそのおみくじに記されている文面を再確認した。
 お互いにその生活・社会環境が全く異なる故に、文面の解釈も別々なのは言うまでもないが。


 ついでにこのおみくじには、別の「幸運おみくじ」なる(神社側利益目的の別バージョン)が添付されていたのだが。 これに関しては私と娘の「幸運度」は全く異なっていた。
 私の方は「鳩」と出て、その内容とは「幸福到来・交通安全」とあった。

 片や。 娘の方は「桃」と出て、「災害消除・子孫繁栄」とある。
 すぐさま娘がそれをサリバンの私に見せて言うには。「子孫繁栄と書いてあったよ。」

 (おみくじ記載内容も、それを引く各家庭に配慮して欲なあ…)と思ったとて叶わぬ事実だ…。
 実際問題我が娘には生来的事情により“恋愛感情”が欠落していると、サリバンの私は既に診断している事実に関してはバックナンバーでも記述公開している。 そうでなくとも、サリバンの私としては娘の欲する人生を歩めばそれでよし! と結論付けてもいる。

 そんな私は、娘の「子孫繁栄…」の会話に応えた。
 「いいじゃない! 〇ちゃん(娘の事)にもそういう機会があるかもね!」と明るく応えたら、娘もそれで事が済んだ様子だ。
 (そんな純真な娘だからこそ、ずっとこのサリバンが一生賭けて守り抜きたいのだ!)


 「おみくじ」とは、かなり“お節介”な存在であることを新発見した、今年の我が家の“おみくじ騒動”でもあった。
 それでも、私も娘も今後共「おみくじ」を引くと思うよ!

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