(冒頭写真は、1985年頃に 我が2度目に入学した大学にて受講した「経済史」の定期試験対策として、私が模範解答??としてまとめたもの一つ。)
昨日(2020.05.03)に引き続き、本日は2度目に入学した大学の2年時に受講した「経済史」の定期試験対策としてまとめた解答を紹介しよう。
(繰り返しますが、2度目の大学にての我が専門は「経営法学」であり、決して「経済学」ではありませんでした。 さらに参考ですが、我が1度目の大学にての専攻は「医学」でした。 内容は順不同です。)
いやはや 過去に公開したエッセイ内の「写真」を再公開する作業とは、実に難儀であることを実感させられます。😱
特にこのように同じ様な文面形式の写真のひとつひとつの分別作業は、神業に近い程の困難さでした。😫
よって、おそらく同一写真がダブっていないとは思いますが。
掲載していない写真がもっとあったかもしれません。
この「経済史」の授業は2度目の大学2年次に受講したが、おそらく必修ではなく選択科目だったと記憶している。
ご覧のごとく大変厳しい授業だった。
指導教授氏が実に真面目で熱心な方で、頭が下がる程にきちんと専門を教授して下さった。
残念なことに学期途中で60代前半の若さで急死され、その後どうなったのかの記憶がない。 今講義ノートを見直すと、63年1月29日までノートがとられているため、おそらくほぼ年度の授業を終える頃に急死されたのだろう。
参考だが、私が2度目に通った大学・大学院は首都圏に位置するさほど規模の大きくない歴史ある公立大学だ。 もしかしたら世間では“2流”のイメージがあるのかもしれないが?? 何の何の素晴らしい教授陣を揃えた、「一流」の授業提供が特徴だったのではあるまいか?!!
2度目に入学する大学・大学院としてこの大学を選んだのが大正解だったと、今でも感謝している。😀
ご覧のごとく大変厳しい授業だった。
指導教授氏が実に真面目で熱心な方で、頭が下がる程にきちんと専門を教授して下さった。
残念なことに学期途中で60代前半の若さで急死され、その後どうなったのかの記憶がない。 今講義ノートを見直すと、63年1月29日までノートがとられているため、おそらくほぼ年度の授業を終える頃に急死されたのだろう。
参考だが、私が2度目に通った大学・大学院は首都圏に位置するさほど規模の大きくない歴史ある公立大学だ。 もしかしたら世間では“2流”のイメージがあるのかもしれないが?? 何の何の素晴らしい教授陣を揃えた、「一流」の授業提供が特徴だったのではあるまいか?!!
2度目に入学する大学・大学院としてこの大学を選んだのが大正解だったと、今でも感謝している。😀
2024.09 現在の後記だが。
上記写真の原本である「2度目の大学講義ノート集」は、今現在尚 我が書斎にずらりと陳列してある。
膨大な数の「学術資料集」とも言える“しろもの”であり。
少し前までは、我が家を訪ねて来られる“学問好き”連中が、必ずや「この莫大な資料は何??」と興味深そうに尋ねて下さっていた。😜
私が、「私の2度目の大学の授業ノートをまとめたものですよ。」と自慢げに応えると。
「ちょっと見ていい??」と尋ねて下さるので。
「ご自由にどうぞ!」と応えるのが我が内心の楽しみでもあった。😁
高齢域に達した今となっては、その種の友も激減してしまっているが…😭
とにもかくにも、私本人にとっては何にも勝る“完璧自作”の「学術資料集」であり。
はたまた 我が過去の「学業経験証明書類集」とでも言える、貴重な蔵書である。