◎『ことわざの話』抜刷本(1930)と柳田國男の神経
柳田國男の「ことわざの話」の初出は、折口信夫・高浜虚子・柳田國男『歌・俳句・諺』(一九三〇年一月)である。これは、アルスの「日本児童文庫」の64にあたる。
この『歌・俳句・諺』のうち、柳田國男の「ことわざの話」のみを製本した『ことわざの話』という本がある。「定本柳田國男」の書誌に、「児童文庫の著者贈呈用別刷本」とあるのがそれである。
先日、国会図書館で、この「別刷本」を閲覧したところ、次のような事実がわかった。
〇表紙の上部には、横組右書き二段で、「ことわざの話」、「柳田國男著」とある。
〇表紙の下部には、「ARS」とある。
〇巻頭に、「まえがき」風の文章および正誤表が印刷された一枚の紙が貼り付けられている。
〇本文のページ付けは、『歌・俳句・諺』と同じ。
〇奥付はない。
本日は、その「まえがき」風の文章を紹介してみよう。これは、貼り付けられた紙の右半分にある。改行、仮名遣いは、原文のままとした。
児童の為にごく簡単な俚諺論を書いて見ましたから御目
にかけます。御心付の点はどうか御教示下さい。尚少々
誤植がありましたから、御手数でも朱筆を御加へ置き下
さい。それから本文の用字法はアルス一流のものに統一
せられることを忍んだだけで、私の賛成せぬ点が甚だ多
かつたといふことを申添へたいと思ひます。
昭和五年一月
柳田國男
貼り付けられた紙の左半分は、正誤表になっているが、「誤植」が二七箇所もある。この数は、とても「少々」とは言いがたい。おそらく柳田は、校正の段階で、まともに目を通さなかったのであろう。
昨年一〇月六日のコラムで、柳田國男の『なぞとことわざ』(筑摩書房「中学生全集」86、一九五二)に挟まれていた正誤表について紹介した。そこには三九箇所の正誤訂正があった。このときも柳田は、校正の段階でまともに目を通さず、本ができてから、書肆に訂正を申し出たものと思われる。
中学生全集『なぞとことわざ』は、ことわざに関する柳田の文章が収められているが、「ことわざの話」(アルス児童文庫が初出)も、そのうちのひとつである。今回、確認できたことだが、『なぞとことわざ』の正誤表には、「ことわざの話」別刷本における正誤訂正を、そのまま繰り返しているものが数多く含まれていた。これには唖然とした。『ことわざの話』別刷本の段階で、すでに正誤表が作られていたのであるから、『なぞとことわざ』が企画された際、柳田は、当然その「正誤表」を編集者に渡すべきであった。万一、渡しそこなった場合でも、校正の段階で、正誤表に基いて訂正を加えるべきであった。その両方の手続きを怠り、本が出たあとになって、書肆に正誤表の作成を命じた柳田國男という人物の神経を私は疑う。別刷本の正誤表(貼り付けてある紙の左半分)の紹介は、次回。