礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

岩波文庫「読書子に寄す」を当初の形に復元する

2013-10-22 04:42:35 | 日記

◎岩波文庫「読書子に寄す」を当初の形に復元する

 岩波文庫の巻末には、岩波茂雄署名の「読書子に寄す――岩波文庫発刊に際して――」という文書がついている。これは、きわめてよく知られた文書であり、また閲覧が容易な文書でもある。インターネットの「青空文庫」にもはいっていているので、コピー&ペイストも簡単である。
 ところが、この文書が、その当初、「岩波書店」の署名で公表されていたこと、見開き二ページ分をとっていたこと、文章そのものも今日のものと異なる部分があったことの三点は、ご存じない読者もおられるかもしれない。ちなみに、今日、「青空文庫」にはいっている「読書子に寄す」は、岩波茂雄署名のものであって、当初のものではない。
 そこで本日は、この「読書子に寄す」を、岩波文庫創刊当時の形で、復元して見たいと思う。改行、仮名遣いは、その当時のまま。ただし、漢字は、今日のものに変えている。一行あけたところは、改ページを示す。

 読書子に寄す  岩波書店
  岩波文庫発刊に際して
 真理は万人によつて求められることを自ら欲し、芸術は万人によつて愛される
ことを自ら望む。嘗ては民を愚昧ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖さ
れたことがあつた。今や知識と美とを特権階級の独占より奪ひ返すことはつねに
進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文庫はこの要求に応じそれに励まさ
れて生れた。それは生命ある不朽の書を少数者の書斎と研究室とより解放して街
頭に隈なく立たしめ民衆に伍せしめるであらう。近来流行の大量出版物を見る
に、或は唯広告と宣伝とに力を専らにして、その内容に至つては杜撰到底真面目
なる人々の渇望を満足し得ることなく、或は予約の手段によつて読者を制限する
とともに読者を緊縛し、徒らに学芸解放の美名を僭するに過ぎないのが常であ
る。この秋にあたつて、岩波書店は自己の責務の愈重大なるを思ひ、従来の方針の
徹底を期するため既に十数年以前より志して来た計画を慎重審議この際断然実行

することにした。吾人は範をかのレクラム文庫にとり、古今東西に亘って文芸哲
学社会科学自然科学等種類の如何を問はず、苛も万人の必読すべき真に古典的価
値ある書をきわめて簡易なる形式に於て逐次刊行し、あらゆる人間に須要なる生活
向上の資料、生活批判の原理を提供せんと欲する。この文庫は予約出版の方法を
排したるが故に、読者は自己の欲する時に自己の欲する書物を各個に自由に選択
することが出来る。携帯に便にして価格の低きを最主とするが故に、外観を顧み
ざるも内容に至つては厳選最も力を尽くし従来の岩波出版物の特色を益発揮せしめ
ようとする。この計画たるや世間の一時の投機的なるものと異なり、永遠の事業と
して吾人は微力を傾倒しあらゆる犠牲を忍んで今後永久に継続発展せしめ、もつ
て文庫の使命を遺憾なく果たさしめることを期する。芸術を愛し知識を求むる士の
自ら進んでこの挙に参加し、希望と忠言とを寄せられることは吾人の熱望すると
ころである。その性質上経済的には最も困難多き此事業に敢て当たらんとする吾人
の志を諒としてその達成のため世の読書子とのうるはしき共同を期待する。
  昭和二年七月

 お気づきの読者もおられたと思うが、「近来流行の大量出版物を見るに、或は唯広告と宣伝とに力を専らにして、その内容に至つては杜撰到底真面目なる人々の渇望を満足し得ることなく、或は予約の手段によつて読者を制限するとともに読者を緊縛し、徒らに学芸解放の美名を僭するに過ぎないのが常である。」の部分は、その後、書き直されて、今日にいたっている。

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