礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

森永ミルクキャラメル発売(1913)、最初はバラ売り

2013-10-04 04:36:08 | 日記

◎森永ミルクキャラメル発売(1913)、最初はバラ売り

 先日、スーパーマーケットで見た森永ミルクキャラメルに、「森永ミルクキャラメル/100周年/Since 1913」と書いたリボンがついていた。
 そこで、『森永五十五年史』(森永製菓株式会社、一九五四)を見てみると、その二二六ページに次のようにあった。

 森永のキャラメルは創業の赤坂溜池時代から製造され、横浜居留外人筋の注文に応じていた。製法はアメリカ式のソフト・キャラメルであったから、当時の日本人の嗜好に適しなかったばかりでなく湿度の高い日本の気候にも適合しなかったので、改良に改良が加へられた。キャラメルのポケット用サック考案以前には、すべてバラ売りであったが、一粒づつワックスペーパーで包んだ菓子は物珍しく、かつ衛生的なので相当の売行を示すやうになった。かうして一斤〈イッキン〉八十粒四十銭(一粒五厘)のバラ売り時代は大正三年〔一八一四〕ポケット用発売まで続いた。

 この文章だけではわかりにくいが、要するに、ワックスペーパーで包んだのバラ売り用の「森永ミルクキャラメル」(一粒五厘)が発売された年が、一九一三年(大正二)だったということのようだ。キャラメル自体は、創業当時から製造していたという。なお、森永製菓の創業は、一九九九年(明治三二)である。
 同書の同頁には、「森永ミルクキャラメル・バラ売880個入10斤鑵」の写真が載っている。ということは、このほかに、「森永ミルクキャラメル・バラ売80個入1斤鑵」というものもあったのではないだろうか。【この話、続く】

コメント (1)
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