◎青木茂雄氏の映画評『翼よ!あれが巴里の灯だ』(1957)
本日も、映画評論家・青木茂雄氏の文章の紹介である。
記憶の中の映画(4) 青木茂雄
映画とはアメリカ映画のことであった・3
『翼よ!あれが巴里の灯だ』(1957年)
小学5、6年生のころから映画の評価というものが気になるようになった。そのころ観たものに、『鹿革服〈しかがわふく〉の男』(デイビー・クロケットの話で、そのころ評判になったフェス・パーカーという俳優が主演していた。歌も流行った)、『機関車大追跡』(南北戦争の時のアトランタとチャタヌーガという二つの町をめぐる南軍と北軍との争いがテーマで、たしかこれにもフェス・パーカーが主演していた。登場する開拓時代のSLの勇姿には心を躍らせた)などがあった。この二つとも確かウォルトディズニーの企画で、子ども向けの夏休み向けの映画だったと記憶している。私はこれらを「オデオン座」で観た。 そのころ家には「スクリーン」という洋画専門の雑誌が置いてあって、私はそれを棚から引っ張り出しては拾い読みしていた。その中に「僕の採点表」という記事があり、双葉十三郎という映画評論家が書いていた。☆が20点で★が何故か(10点でなく)5点という配点だった。何点だったかは忘れたが、この二つの作品ともかなり低かったのにはがっかりした。双葉十三郎は「子供騙し」という語をよく使った。そうか、「子供騙し」か。それでは「子供騙し」でない映画とはどのようなものか。
双葉十三郎の採点表では、満点が☆4つ、つまり80点であった(☆5つ100点もまれにあったようである)。このころの☆4つの映画として評判になっていたのが『翼よ!あれが巴里の灯だ』(1957年米、ビリー・ワイルダー監督)であった。「スクリーン」誌には、この作品についての記事が満載されていた。気になってはいたが、なかなかこの作品を観る機会は訪れず(なにしろ映画は家族同伴でなければ観てはならないという小学校からのきつい“お達し”があったから)、封切りからかなり遅れて、中学生になってから例の水戸東宝劇場で観た。そして、なるほど「子供騙し」でない映画とはこういうものか、と感心した。
『翼よ!あれがパリの灯だ』(原題は“The Spirit of St.Louis”「セントルイス魂」)は、周知のチャールズ・リンドバーグによる初の大西洋横断飛行を描いた映画だが、何より語り口のうまさ、小技の使いかたのうまさ―子供ごころにもそれはわかるのである―に感心した。
冒頭は、リンドバーグ(これもまた私のお気に入りの、あのジェームズ・スチュワートが扮する)が、飛行の前日、緊張のため一睡もできないでいるという場面から始まり、回想のエピソードをつなげていくという絶妙の語り口である。
どうして眠れないのだ(私もどちらかと言うと寝付きの悪い方なので、この語りに共感)。 回想はまず少年時代、鉄道のレールを枕に眠ってしまい、機関車がポイントでそれ、すんでのところで事故を免れる、というエピソード。続いて、郵便飛行機の操縦士時代から、愛機“The Spirit of St.Louis”「セントルイス魂」を自主製造するまでの話。単発機で一枚翼、エンジンの性能が最大のポイントであるということを納得させる語り口。ひとつひとつのエピソードには「落ち」がつき、それを次のエピソードへとつなげていく。
出発の日の朝。飛行場に待機している救急車が事故を予期させるが、無事離陸し、離陸した後、機内に入り込んだ一匹の蝿との「対話」。その蝿が窓の外へ逃れ、ここで本当のひとりぼっちになる。
今度は睡魔に襲われる。すんでのところで窓にくくりつけた小さな鏡に反射した太陽の光線で目が覚める。その鏡は、出発前にある女性が彼にくれたものである。で、この女性とのエピソード。最後に、パリの飛行場での大歓声。
この映画は、脚本がいかに映画にとって決定的であるかを教えている、少年の私にもそのことが良くわかった。
私はこの映画を鑑賞しながら、自分自身が「子供」から脱していくのを覚えた。これが「大人の映画」というやつだ、と。
ところで、この『翼よ!あれがパリの灯だ』は、中学生の時に一度観たきりで(その時は監督名など気にも留めなかった。ビリー・ワイルダーの名に注目するようになったのは私が中年になってからである)、その後テレビでは何度か観たが、スクリーンではまだ再見していない(と思う)。ぜひ、スクリーンで再見してみたいものだと思う。ワイルダーはこの作品にいったい何を込めたのか、そういうことを感得してみたいと思う。
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