礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

加藤泰造君は一種の学問狂である(瀧川政次郎)

2017-01-11 02:22:25 | コラムと名言

◎加藤泰造君は一種の学問狂である(瀧川政次郎)

 西尾町立西尾中学校発行の作文集『イトスギ』第二号(一九五二年三月一〇日)を紹介している。
 本日は、その三回目(最後)。加藤伊蘇志さんの「終戦後のわが家」という文章を紹介してみたい。ただし、この文章は非常に長いので(九ページ分ある)、そのうち、「2、父のこと」のみを紹介したい。

  終 戦 後 の わ が 家
    三の五 加藤伊蘇志

【前略】

 2、父のこと
 僕の記憶にある父はいつも二階の書斎で読書にふけつている。大きな茶色の机によりかかり、眼鏡のすぐ近くにまで書物をよせて猫背で何かしらべている。その父に昭和十七年〔一九四二〕の五月、召集令が来た。しかし病気のため、半年たらずで帰つて来た。そして田口航空工場につとめるようになり、その会社ではかなりの地位についたらしい。
 しばらくしてその翌年の春、何のためか当時僕にはわからなかつたが、父は思いついたように京都帝国大学に入学した。そして二年の時、少しからだが悪くなつたにもかかわらず、自作した『日唐令の研究』という本の序文を、瀧川政次郎博士に書いてもらうために、満州の新京(今の長春)へ行つた。その本の瀧川博士の序文には、「著者加藤泰造君は一種の学問狂である。愛知県の片田舎からこの海山万里を距てている満州の国都新京まで、余に序文を求める為に、わざわざ来訪せられた。本書の内容は、日本最初の令(りよう法律――作者)たる近江(おうみ――作者)令及び近江は令の基礎となつた大化(たいか――作者)改新の基礎となった詔と、その母法たる隋(ずい――作者)の開皇(かいこう――作者)令、大宝(たいほう――作者)令及び唐(とう――作者)の武徳(ぶとく――作者)令、貞観(じようかん――作者)令との比較研究である。近江令と隋唐令との比較研究はこの書が初めてである。」と父のことがほめて書いてあるが、僕には父のどこに、そんな偉さがあつたのかわからない。
 戦争がだんだんはげしくなつてきて二年たち、そして僕の家でも、やはり次第に食糧が足りなくなつて来て終戦を迎えた。その終戦の翌々月、父は先の渡満が原因したのか心臓マヒのため京都でたおれてしまつた。昭和二十年十月四日のことである。その日父が「危篤」だという電報が来たので、母と祖母はすぐ京都にたつた。しかしその時、すでに父は骨になつており、母にだかれてむなしく帰つて来た。その夜は父の骨を中にして皆んな泣いた。
 葬式はその翌日の暖かい、静かな小春日和の日であった。後に残されたのは、祖母、母、僕、妹、弟二人の六人である。長男の僕は八才だつた。父は三十四才で死んだ。そして、まとまつた仕事としては三十四年の短い生涯に、たつた二冊の著書を書いただけである。他の一冊はやはり法令の研究をしたもので『改新と法令』という八十頁ばかりの本である。祖母の話によると、父はすでに三つの時、医者から「あと一年もつまい。」と宣告されていたそうだ。そうしてみると、父は父なりに充実した三十四年を生きるためにそうとうに苦労したのだろう。余りにもからだの弱かつた父。学者にでもなつて、一家の生計を立てようとしたのかも知れない父。故郷を離れ、一人さびしく死んでいつた僕の父。終戦によるわが家の運命の傾きをいくらかは予感しながら、しかも死んで行かなければならなかつた僕の父。最後の望みを学問にかけようとしたのかも知れない僕の父、このように考えてくると僕の心は父のことや母のこと、そして弟たちや家のことでいつぱいになつてしまうのだ。

【後略】

 加藤伊蘇志さんの「終戦後のわが家」は、『イトスギ』第二号の冒頭に置かれている。また、タイトルの前に、「一九五一年度『日本綴方の会』全国最高位当選」、「読売新聞主催全国綴方の会入選」などの言葉がある。
 文中にある加藤泰造『日唐令の研究』は、国立国会図書館に架蔵されている。ただし、『改新と法令』はない。このことは、数年前、国立国会図書館に赴いて確認してきた。
 これら二冊とは別に、加藤泰造『唐朝史の研究』が、国立国会図書館に架蔵されている。
 参考までに、国立国会図書館によれば、『日唐令の研究』、『唐朝史の研究』およびのデータは次の通り。

タイトル 日唐令の研究 : 特に開皇令・大業令・武徳令・貞観令と大化ノ詔乃至近江令との継受的関係に就いて
タイトルよみ ニットウ リョウ ノ ケンキュウ : トクニ カイコウレイ タイギョウレイ ブトクレイ ジョウガンレイ ト タイカ ノ ミコトノリ ナイシ オウミリョウ トノ ケイジュテキ カンケイ ニ ツイテ
責任表示 加藤泰造 著
出版事項 愛知県西尾町 : 加藤泰造, 昭12.
形態/付属資料 295p ; 19cm.
全国書誌番号 46068461
個人著者標目 加藤, 泰造, 1913-1945 || カトウ, タイゾウ

タイトル 唐朝史の研究
タイトルよみ トウチョウシ ノ ケンキュウ
責任表示 加藤泰造 著述
出版事項 西尾町(愛知県) : 加藤泰造, 昭和15.
形態/付属資料 140, 7p ; 20cm.
全国書誌番号 44054455
個人著者標目 加藤, 泰造, 1913-1945 || カトウ, タイゾウ

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