◎お上より東條に御下問があって欲しい(酒井鎬次)
共同通信社「近衛日記」編集委員会編『近衛日記』(共同通信社、一九六八年三月)から、「近衛日記」を紹介している。本日は、その六回目。一九四四年(昭和一九)六月二八日の日記の後半部分を紹介する。前回、紹介した部分のあと、改行せず、次のように続く。
よって予は「此の方針を実行して陸軍は納まるや」と問う。ここにおいて中将は、
中将 今日は皆口に出して言えないだけで、肚【はら】は誰も同じだ。それで、此の事を何とかして天聴【てんちよう】に達し、お上より東條に御下問があって欲しい。
予 然らば如何なる御下問を欲するか。
中将 忠勇なる陸海軍第一戦【ママ】部隊の奮闘と中央統帥部の画策とにかかわらず、太平洋上における敵の進攻はその速度と威力とを逐次増大し、今やサイパンに上陸するに至った。今後の作戦の見透しを如何に考うるか。
二、政府の周到なる軍需増産計画と国民のこれに関する奮励とにかかわらず、軍需殊に飛行機及び海上艦船の増産ならびに石油の補給は果して作戦の要望に副【そ】うているか。今後の軍需増産及び石油補給の見透し如何。
三、敵は我本土に近く基地を獲得し、既に我本土を空襲した。臣民の懸命の努力には信倚【しんい】するも、来るべき空襲により、我軍需産業及び戦争遂行に必要なる国民生活の維持に就ては今後の見透し如何。
四、要するに軍官民一致の忠誠奮闘とその必勝の信念とには信倚【しんい】するも、以上の諸項を総合し、将来の戦局推移に関して陸海軍幕僚長の所信如何。
というに帰する。それで、右の意味の御下問があった場合、総長〔東條英機参謀総長〕のとるであろうと考えられる態度が三あると思う。即ち、
第一、直ちに辞表捧呈。
第二、人各〈オノオノ〉見る所を異にす、臣等恐懼にたえず。謹んで聖断を仰ぐ、という態度。
第三、勝利を信ずる者は勝つ。臣等一致協力死力を尽し、必勝の信念を堅持して邁進【まいしん】せん。
という態度であると想像する。
(付記、その後右を細川護貞氏をして高松宮〔宣仁親王〕殿下の上聞に達せしめしに、殿下は「東條は第三の奉答をなすだろう。 陛下が具体的に数字を挙げ、どんどん追窮せられなければ、結局東條は逃げて仕舞うだろう。けれども 陛下が数字を挙げて御下問になるということは実際むずかしい」というお話なりし由)