◎東雅に「セミとは蝉の字の音を呼ぶなり」とある
『土の香』第一六巻第六号(一九三五年一二月)から、高島春雄の「熊蝉の方言」という文章を紹介している。本日は、その四回目(最後)。昨日、紹介したところのあと、改行して、次のように続く。
昆虫で発音すろものは算へてみると仲々多いが、其の発音機構が巧緻で体の大いさに比して声大きく遠方に響くことは動物界中蝉に及ぶものは無い。蝉は雄が発音するのが類縁の近いウンカ等の仲間と際立つて異る処で、各々異つた方法により腹部を動かすから種毎〈シュゴト〉に固有の鳴声を発する。クマゼミならシャアジャア、ミンミンゼミならミーユンミーユン、ヒグラシならケヽヽヽの如くである。蝉の方言の特殊性は何と云つても此の鳴声を採り入れたもので、本来其の侭を模したのとそれから他物他事象を連想して呼ぶのとある。クマゼミではガンガン等を除けば総てシャーシャー系とも称すべき一団で、シャブシャブ、シャゴシャゴ、シャッシャ、シャイシャイ、シャイ、シャオシャオ、シャンシャン、シューシュー、ショーショー、ジャゴロ、ジャンセミ等皆然り。セミ、セミセミと模したものゝ意義は後述する。九州に行くとワシワシが風靡〈フウビ〉して居る。鳴声から連想したのはナべカキ、アブラゼミ(油で物をいためる時にシューシューと発する音)。オキョーゼミ(南無南無南無)等である。
次に形態的要素を取り上げたものに
A 体躯〈タイク〉大にて黒色を呈すること
クマセッ、クマセミ
ダイゼミ、オーゼミ、オニジェーミ、ホンセミ(ホンは本で宗家・頭目と云つた様な意を示す)
B 翅に着眼して
アオゼミ、アミゼミ、ギンゼミ、ギンタ、カタビラ、コロモゼミ、ハゴロモ
アオゼミと云ふのは翅脈の基部半分が緑色の処からであらう。アミゼミは透明の翅に翅脈が走つて居るのを網の目に見立てたもの。ギンタ、ギンゼミば鳴声からかと想つたが報告者は其の翅の色からだらうと申し越された。即ち同じ地方や近傍でアブラゼミをアカゼミ或はキンゼミと呼ぶのと対比をなすのである。最後に習性から来たもの(但し鳴声に関するものは既出)にヒグラシ(鳴いて日を暮らすの意であらう)、ヤマゼミ、センダ、センダセビ(栴檀〈センダン〉の樹に多い故)等がある。
クマゼミの方言の調査からセミの語源を知り得ることを特筆する。日本釈名に「せみはせん也むとみと通す、音を以訓とす、此類多し」、東雅に「セミとは蝉の字の音を呼ぶなり」等とあつてリスの栗鼠クモの喜母の如くセミは蝉から転じたと考へるのが正しい。大なる眼を以て背を見るの故に背見とか背のあたり美しき故に背美とかの説は妥当でないであらう。偖〈サテ〉蝉の字セン(シェン)はどうして起つたかと云ふにセミセミ、センセン、といふ鳴声からである。日本内地で斯くセンセンの音を発するのは此のクマゼミしかない。随つてクマゼミは「セミ」の本家とも云ひ得るのである。前掲の方言中セミ及びセミセミと云ふのが這般〈シャハン〉の消息を良く物語つて居る。此の「セミ」は当該地方の蝉の代表者としてとか概称的の蝉類でないのは明かである。(東京文理科大学動物学教室)
このように、セミの語源は、漢字の蝉(セン・シェン)から来ているというのが、高島春雄の説である。さらに高島は、その蝉の発音は、クマゼミの鳴き声から来ているという。だとすると、中国にも、クマゼミがいて、漢字「蝉」の発音のもとになったということを言う必要があるが、その点には言及していない。