◎新羅国王、后を捕えてマギに吊り下げる
橘正一・東条操『本州東部の方言』(明治書院、一九三四)から、橘正一「前編 東北方言」の第三章「東北方言の単語」の一部を紹介している。一昨日および昨日は、「〔一〇〕カヘルバ」を紹介した。本日は、「〔九〕マギ」を紹介する。
〔九〕マギ。「今昔物語」十六に「麦縄……大なる折櫃〈オリビツ〉一合に入れて、前なる間木に指上げて置てけり」とある。この間木について、「梅園日記」の著者は上長押だらうと言ひ、「言海」には、「長押ノ上ナドニ設ケタル棚ノ如キモノナラム」といひ、「大日本国語辞典」も「言海」と同説である。なるほど、右の用例では、棚でもいい様だが、次の様な場合は、棚では通らない。「新羅国王の后ありけり、人に通〈カヨイ〉けり。国王大にいかりて、后をとらへて、髪に綱を付けて、間木に釣り係けて、足を四五尺許り引き上げて置きたりけり」(今昔物語、十九)
マギといふ詞は、津軽では、一般に使はれてゐる。或は「天井の物置」、或は「屋根裏の物置」、或は「屋根裏部屋」と報告されてゐる。盛岡市付近ではマゲと発音してゐる。茅葺き〈カヤブキ〉の家の天井を張らない所に、棒を、何本も、平行に渡して、物を載せる場所としたものをいふ。「猿蟹合戦」の臼も、この地方では、マゲから落ちた事になつてゐる。
マギ・マゲといふ言葉は、青森県・岩手県以外には見当らない。他の地方では何といふかと調べてみると、アマ(八丈島・越中・遠江)、アマコ(静岡県)、アマダナ(遠江・周防)、ソラ(越後)、ダイモンタカ(美濃)、タカ(信州・丹後・但馬)、タカデ(信州)、タナ(甲斐)、タナギ(埼玉・群馬)、チシ(秋田)、ツーシ(土佐)、ツシ(加賀・飛騨・尾帳・越前・若挟・近江・大和・丹後・紀州・備中・美作・備後・伊予・土佐・肥前・日向)、ヅシ(栃木・甲斐・信州・伊豆・壱岐)、ヅシィ(上総)、ヅス(伊豆)、ルス(伊豆)、ツチ(紀州・肥後・日向)、ヅリ(信州)、テンジョー(周防)などと言ふ。この中、ツシの系統は最も分布が広く、一府二十県に亘つてゐる。その領域も、京都を中心にして、四方に接がつてゐるから、ツシが、マギに次いで起つた京都語であつたらうと想像される。これらのツシは、多くは、厩・納屋・台所・炉の上などに設けられてゐる。その構造の詳しい事は実物を見なければ判らないが、信州のタカデは丸太を並べたものとあるから、「今昔物語」の皇后様が吊された間木も、そんなものであつたらうかと思ふ。
板を置いているのを、昔発見しました。今ではもう使われ
なくなった古い農具や背負子などもぶら下げてありまし
た。