ある学説によりますと、人間とチンパンジーの遺伝子の差異は全体の約3パーセントに過ぎないのだということです。
これだけではなく、この世界の出来事、これを演出する人間の所作の元は、実は大した違いはなく、輪遭うかなものでしかないのではないかと思います。
何も大層な話をしたいわけではなく、日常の私たちが取る行動、そしてその結果現れることになる様々な出来事の大元である発想それ自体が実はほんの小さな違いからなっているのではないかという話です。
ACSアカデミーは学習塾ですから、子供達の勉強や、或いはこれを取り巻く周囲の大人たちの行動などで考えてみます。
今、学習の効果を考えてあれやこれや手を打って行こうとするとき、当事者の生徒や、周囲の大人たちが、これらについてほんの少しだけ時間を割いて考えを巡らせることが出来るかどうかで、その方向性は全く異なってきます。方向が異なれば、その末に出来上がる結果も当然違ってきますよね。
極端な話、成績で言えば「1」と「5」くらいの開きが出るのかもしれません。
でも、この原因の大元はといえば、そもそも初めの段階で何をどう考えて後に臨んだか(或いは臨まなかったか)に行き着きます。
そう考えてこれに気付いたとき、そこで当事者である生徒自身とその保護者を中心とした周辺環境を構成する方々の、実は結構大きな責任の伴う場面が待っています。
でも、そこでするのは、ほんの少しの時間を取って、そこで考えを巡らせる、ただこれだけです。
その中で「こうした方が更に良いのでは」とか、或いは「よし、これで行こう。これで踏み出すからにはしっかりその覚悟で臨もう」という決意のようなもの、これらが後々大きな結果の違いになってきます。