先月松本市で開催された私塾経営者の集まりの場で、特に社会科の授業で他国(この場合は中国朝鮮ロシア)を悪く言うことに過渡に神経質になっている(ように見える)学校現場について、いくつかの報告があった後で各参加者の意見発表がありました。
社会科、中でも歴史と公民の単元では、これを教える側の見解は否が応でも前に出て来ます。子供の頃、私達の時代はまだ日教組が意気盛んで、教師達もその多くが組合員でしたから、今思い出しても彼らの思想の多くは左翼の影響下にあったように思います。そんな彼らに教わる私達の心の中にも、自然と中露は善、米国は悪といったステレオタイプな考えが沈殿していったものです。
それを反省したのかなにか知りませんが、今は中国やロシアの「オレのものはオレのもの、お前のものもオレのもの」式の悪辣極まる強欲ぶりも、これを指摘し、或いは非難めいた事を口にするのは差し控えるべしといった暗黙のルームのごとき空気が少なからず子供達の周囲に流れていると感じているのは、決して一人二人ではないことがこのセミナーで判明しました。
また、同じく社会や国語の授業の中で、主に新聞の持つ役割として、その根底には不偏不党というしっかりとした原則があるべき、などと教える時間があるようで、考え方は確かにそれで然るべきなのかもしれませんが、現実に即した解説そこに加えておくことをしないと、もしかしたら純情な子供の中には、朝日新聞や毎日新聞などの偏向記事も、これらが不偏不党から涌き出た意見なのかもと大きな間違いをしでかさないとも限りません。