行雲流水

阿島征夫、一生活者として、自由に現代の世相を評す。時には旅の記録や郷土東京の郊外昭島を紹介する。

明けましておめでとうございます

2013-12-31 18:51:04 | Weblog

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有給取得率、世界最下位は依然として日本

2013-12-30 22:04:59 | Weblog

毎年、ある旅行社から来る有休取得世界各国比較のデータ、3年ほど前からこのブログで取り上げている。今年もこのテーマを取り上げたブログへの訪問者は最も多い。有休が取れなくて不満をいだいている人が如何に多いかという証左ではないか。

今年のデータでも有給日数が日本は増えているが、休めないというジレンマを示している。有給取得率39%という数字はその次に悪い韓国の70%からダントツに低い数字だ。有給取得率100%の国はブラジル、フランスで、フランス人は休暇のために働くといった文化が根付いている。観光客数世界一というのもそうした文化が背景にあるのではないか。

有給を全く取らないという人が日本は17%でこれもワースト記録、2位が米国で13%、有給を取らない同盟国でもある。正月も開店している小売りやサービス業が増え、いつの間にか定着してしまった日本、定年が延長され、定年になったとたんに年金ももらわず昇天する人が増えるのではないだろうか。同調査では、現在の仕事に対する満足度も聞いているが、有給取得率最低の日本とその次の韓国が満足している人の比率が60%と70%でやはり取得率と比例して世界最下位だ。

以前にも書いたが、日本の企業でも有休取得100%という企業もある。社長のリーダーシップや労働組合のやる気で改善できる。私の高校の先輩、田辺寿氏の話を聞いたことを以前このブログで紹介した。先輩はサラリーマンをやり、管理職になってもエベレストを登山し、社長になっても山に行き続けたという。何十年も前のことだが、もう一度紹介したい。

ヒマラヤ・ヒマルチュリ初登攀、エベレスト遠征隊副隊長で活躍された田辺寿氏の話
「最初の就職先が三越で長期休暇がとりやすい職場のためヒマルチュリ登攀ができたが、エベレスト遠征の時は責任ある管理職、社長の理解と家族の協力で何とか行けた。
その後ダイエーの会長中内さんに引っ張られ、オープランタン・ジャポン社長やダイエーホークス球団社長を引き受けたがその時の条件が夏休み有給取得1週間だった。中内さんが即座にOKしたので社長でも毎年夏山に行けた。」

 

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全世界から反発をかった首相の靖国参拝

2013-12-28 16:47:27 | Weblog

安部首相の靖国参拝そして偽善的な言い訳に対し、全世界から非難をあび、まるで太平洋戦争突入前のようにこの数日、日本外交は孤立してしまった。同盟国米国も理解は示さず、これに対して、安倍晋三首相は27日、自らの靖国神社参拝を巡り米国務省が在日米大使館と同様に「失望」を表明したことに「戦場で散っていった方々のためにご冥福を祈り、手を合わすのは世界共通のリーダーの姿勢だろう。そのことを誠実にこれからも理解してもらうように努力していきたい」と述べている。そんなことなら、世界から反発を受けることはない。子供でも欺されない言い訳だ。

日本国民だけでなく、アジアの諸国の民を塗炭の苦しみに追い込んだ戦争犯罪人を神と崇めている神社に参拝したことを世界各国は受け入れられないので、このことには安部首相は一切触れていない。おそらく、それに触れれば自分の歴史観がオープンになり、東京裁判反対が表に出て、米国を主とする当時の連合国の反発をかうことを恐れているからだ。

日本の歴史教科書にもっと軍国日本軍の残虐行為をきちんと載せるべきだ。アジアでも最も親日国のシンガポールのメーデーに、かつて招待されたときの話だ。この国のメーデーは国を挙げてのお祭りで、大統領も首相も出席し、男女の美人コンテストも行い、最後にシンガポーリアンを何回も叫んで終わる。その後、映画館に案内され、多くの小中学生と一緒にシンガポールの歴史の映画を見た。一コマであったが第二次世界大戦中、日本軍によるシンガポーリアン惨殺の処刑場面が出てきた。思わず息をのむ場面だったが、シンガポーリアン苦難の歴史の事実として受け止めているのだろう。

中韓だけでなく、アジアの国民は戦前の軍国日本軍が何をしたか決して忘れない。もう一度安部首相は歴史の事実を学ばなければならない。どこの国でも招集され亡くなった兵隊がいる。私の叔父もその犠牲者の1人だ。この英霊鎮魂は宗教とは別に国で建設されている。日本では不思議なことにいまだに無い???

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無責任な安倍首相の靖国参拝

2013-12-26 17:46:12 | Weblog

国益より自分の思いを優先させた安部首相、平和への祈願というが、靖国神社は最も相応しくない場所だ。日本を戦争に追い込んだ戦争犯罪人を合祀しているからで、どのような説明も戦争の被害者であったアジアの諸国には理解されない。安倍本人は中韓には説明したいと言っているが感覚がおかしいのではないか。

中韓との関係が悪化しているから、参拝し、批判されても同じだと判断したのだろう。自分では隣国関係の改善は無理と判断したとしたら、日本の政権を担う首相として無責任の誹りを受けざるを得ない。これも巨大与党の奢りではないか。キャロライン米国大使がすぐに、隣国との関係を更に悪化させる行動には失望と声明を出したことは肯ける。

経済の活性化では、この1年安倍政権は第一段階の成功を見たが、日本経済の今後は企業がどこまで働きやすい環境をつくれるかだ。しかし最大の貿易相手国である中国との関係悪化はかなり企業活動を縛られ、リスクオンとなる。また、同盟国米国がようやく安倍政権右傾化の懸念を払拭した時期に、靖国参拝をしたことはオバマ政権が再び不信感をいだくことになる。

多くのアジア人も訪れた昭和記念公園のイルミネーション。平和を祈念するのに相応しい場所だ。

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クリスマスカード雑感

2013-12-24 18:35:14 | Weblog

処は変わったけど、国際関係の仕事を20年近くしていたゆえか、この時期になると海外への関係者へのクリスマスカードを書くのが仕事だった。事務方の手配したクリスマスカードの見本を眺めなるべく日本情緒のカードを選んで、署名するだけだったが、量が多いので一仕事だった。親しい外国の友人でも署名だけというカードにはちょっと抵抗を感じた。日本の年賀状なら自分の近況やこれからのよろしくなど添え書きできるのだが、クリスマスカードには個人のことは書かないということだった。

クリスマスカードというといろいろな宗教の人がいるので語弊があり、グリーティングカードと言わされ、挨拶も"Season's Geetings and Best Wishes for the New Year"で統一した。海外からは20日ごろからカードが届き、置ききれない量なので窓辺のブラインドに挟み込んだ。これらのカードは大きさもデザインもまちまちで、中国からのものが最も豪華で後ほど処分するのがもったいないくらいだった。欧米からのものは質素で宗教行事のものといった雰囲気だった。シンガポールやベトナムなどアジアからのカードはメリークリスマスで、宗教にはあまりこだわらないあっけらかんとしたものだった。

年金生活に入り、外国のこうした友人も引退し、カードのやり取りはなくなったが、昨年あたりからメールで自分は生きてるぞという類のクリスマスカードが届くようになり、私もシーズングリーティングを出すようになった。この場合は添え書きをしている。長いこと不通だったブラジルの友人をフェイスブックさんが探しだし、知らせてくれたので旧交も暖めることが出来た。紙のカードからサイバーカードになり、これも時代の流れか。

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2014春闘でベアは実現するか

2013-12-22 23:22:33 | Weblog

5回に及ぶ政労使会議で合意が出来た内容が報道された。賃上げでは「労働者の将来への安心感を醸成し、さまざまな対応を検討する」としたが、予想どおり。経営側の抵抗で、賃金体系全体を底上げするベースアップ(ベア)の実施まで明記出来ず、賃金は個別労使の交渉で決定するとなった。

金属労協で70年代の春闘を主導した頃は、1月の日経連(現在は経団連に吸収)の春闘対策の委員会報告書で賃金は生産性の範囲内とか、国際競争力に影響が出ない範囲とか経営側の方針が出され、これに反論する形で労働側が要求を決めた。春闘討論会では労使がそれぞれの論陣を張って、春闘前段の空中戦と言われた。そして個別企業は団体交渉で、自動車、電機、私鉄といった産業別毎に賃金を引き上げて、中小企業へ賃上げを波及させた。

2014春闘は空中戦はなく、何となく労働者の安心を得るべく労働条件を改善しましょうということで、休戦協定を結んだようなものだ。これは個別企業でベアが実現するというお墨付きではない。先頭を切る金属労協5産別(自動車、電機、基幹、JAM,非鉄)の交渉が鍵を握ることは間違いない。特に、円安の影響で好業績の自動車が注目される。例年のごとくここでトヨタに頼るような展開になると、連合の要求のようなベアを含む3~4%の賃上げは難しい。トヨタ労使は下請けのことを考慮し、どうしても賃金は低め、業績配分は賞与で厚くという傾向があるからだ。産業別、そして金属労協総掛かりでベア実現に足並みを揃える必要がある。

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多くのことを学んだ「八重の桜」その2

2013-12-20 22:29:09 | Weblog

このドラマではやがて明治維新の立役者となる薩長の志士と敵対する会津の懐刀たる新撰組が登場し、八重と重要場面で対峙する。印象に残っているシーンは京都で西郷隆盛に八重が江戸城は無血開城を認め、何故会津を攻めたのかと問いただすシーンがあった。ここでは無言で立ち去った西郷が別のシーンで立場が逆だったら鹿児島が攻められていたかもしれないと、後の西南戦争を示唆するようなことを言った。西郷は京都の薩摩藩邸(約5800坪)を同志社に提供することで償いの気持ちを示したのか?これは判らない。

新撰組ではあまり馴染みでない居合いの剣客齋藤一が最後まで登場する。齋藤は鳥羽伏見の戦いで敗れ、会津に逃れて、ここで会津藩の一兵卒として八重と共に落城まで官軍と戦い、八重の友と結婚し東京へ逃れる。土方歳三は函館へ逃れるが、齋藤は函館に行かないことがこの時代を象徴している。この時の内戦は朝敵幕府支持軍と薩長を中心とする官軍であるが、官軍には徳川御三家の尾張や紀伊が入っており、武士の筋を通したのはどちらか判らない混戦だったために、敗軍の将会津藩松平容保も謹慎ぐらいで、齋藤も東京で警視庁に腕を買われて就職し、定年退職後は警視庁で剣道を教える。(詳しくは浅田次郎「一刀齋夢録」)

西郷の下野については、このドラマでは詳しく触れてないが、西郷の下野で薩摩武士で構成されていた警視庁の警官が大量に薩摩に帰ることになり、その空きに会津を追い出された武士集団が入り込む。やがて西南戦争が始まり、今度は官軍の先頭に立って齋藤指揮する警視庁警官部隊が西郷指揮する反乱軍鎮圧の先兵となり、城山にこもった西郷は自刃する。当時の官軍は農民を集めた兵隊で白兵戦では武士の集団が先陣をつとめ、まさに会津攻めと逆の図となり歴史の皮肉ともいえる。今でいう倍返しか

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多くのことを学んだ「八重の桜」その1

2013-12-18 22:40:45 | Weblog

歴史のおもしろさは過去の事実を推測する新発見がされ、歴史そのものが書き換えられることとと、新発見ではないが歴史を作ったいろいろな人物に焦点を当てることによって新解釈が可能なことだ。古代史などでは前者の例があるが、「八重の桜は」後者の例だろう。

会津では有名人だった八重を知ったのは東日本大震災の後、友人見舞いで会津を訪れた時で、大河ドラマになるということをその時知ったが、正直大河ドラマの主人公になれるのか疑問を持った。女性の主人公の大河ドラマは篤姫やお江の方など、時の最高権力者の夫人であるから歴史の準表舞台でこれまで知られてきたが、八重の場合、会津藩の一藩士の娘であり、歴史の表舞台にはほど遠い道を歩いてきた。

しかし、この八重の一生は会津藩の抹殺での苦難、新島襄の夫人として京都での活躍、日本赤十字への貢献、などまさに波瀾万丈でこの時代をこれまでと違う視点で歴史を解釈し、実に興味深かった。明治維新はフランス革命に匹敵する革命で、近代でありながら、まだ多くの謎が残っている。これまで多くは薩長を中心とする勢力が倒幕を果たしたためか、朝敵となった会津にスポットを当てた維新の歴史は表に出てこなかった。八重のさくらでは会津側から長州兵を駆逐し朝廷を守る守護職となった会津が朝敵になる悲劇の流れが描かれ、倒幕で江戸城は無血開城になったのに会津鶴ヶ岡城は攻められることになる。ドラマではこの無念の歴史を改めて学ぶことになる。

この無念の歴史というか悲劇の中でも、八重はたくましく人生を切り開いていくが、その基本は絶えず学ぶということで、女性として初めて銃の威力を知り、父や兄から銃の操作を学び、やがて銃を取って闘うことになる。敗戦後、京都で新島襄と結婚し、賊軍の誹りを受けながらも英語を学び女子教育と同志社の設立に力を注ぐ、晩年は女性差別と闘いながら日清戦争では看護婦を率いて赤十字運動に捧げた。

八重の人生は苦難の中でも生涯教育により人間は成長するという見本だった。

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今年の第九もユニークな指揮者

2013-12-16 22:22:33 | Weblog

日本フィルの第九、今年はサントリーホールで開催され、指揮者は広上淳一氏だった。昨年は芸術ホールで指揮者は炎のコバケンこと小林研一郎氏で、このブログで「入院先から、主治医付きで駆けつけてきたというコバケンの指揮ぶりは炎が燃え上がったような凄まじい迫力で聴衆は圧倒された。彼自身福島県小名浜出身で、あの大震災・大津波に襲われた故郷への思いがあったのかもしれない」と書いた。

今回の広上氏の指揮ぶりは初見参の私だけでなく誰でもビックリするに違いない。短躯の全身を使っての指揮で、あるときにはピンクレディーの振り付けを思わせ、あまりの激しさで指揮台から落ちるのではないかと思った。指揮棒を使ったのは第3楽章の始まり、ほんのちょっとだけだった。メリハリがしっかりしているのでロボットにティーチングすればロボットが指揮できるのではないかとさえ思った。

サントリーホールでの第九は初めてで、奥行きがないから合唱団は後部座席を使う。かなり高い位置なので、1階席にいると天から声が降ってくる感じがした。肝心の演奏だが、弦楽器の音が素晴らしかった。

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コーヒー店攻防

2013-12-14 23:35:23 | Weblog

私の学生時代は、コーヒーはもっぱら新宿だと「白十字」といった喫茶店で飲んで、本を読んだり、友人とだべったりした。また、ちまたにはベートーベンを聴かせる「田園」といった音楽喫茶もたくさんあった。やがてマックが現れて、手軽な価格でのコーヒー店チェーンが続々と出てきて、喫茶店は表舞台から消えた。

スターバックスとかドトゥールといった洒落たコーヒー店同士の競争が続いたが、昨年くらいからコンビニが入れ立てコーヒーの販売をやりだし、様相が変わってきた。今年はセブンイレブンが4.5億杯も販売が予想され、マックの1.5倍も売れることになる。コンビニでは缶コーヒーも売っているので売れ行きが悪くなるがそんなことはお構いなしの力のいれようだ。

昭島市でのことだが、セブンイレブンは商店街からはずれた住宅街に進出し、生鮮食品まで扱いコミュニティでの存在価値を増している。そこで、入れ立てコーヒーを売れば、住民同士の交流にも一役買い、特に遠出の出来ない高齢者のたまり場にもなる。一方、最近出来たファミリーマートは住宅街から離れているが、工場団地があり、交通量は多いため、駐車場を広くとり、簡易なテーブルと椅子を備え、背景の玉川上水の雑木林が借景となり結構な喫茶店になっている。

しかし、自分にとってコーヒーは、ただ飲めば良いというものではない、セブンイレブンで立って飲むのには何となく抵抗を感じる。やはりコーヒーはゆっくりと味わいたいものだ。最近は、外出すると、Wi-Fiでメールチェックをするためにマックやスタバを利用する。コーヒー代が多少高くてもゆったりと過ごせる環境を求めるシニアだとか息抜きの必要なサラリーマンもいるだろう。味の差別化も大切だがコーヒーチェーン店も生き残れる工夫が必要だ。
1968年頃京都の代理店巡りをしていたとき、案内されたコーヒー店、何も注文しないのにネルの袋でドリップしたコーヒーに砂糖とミルクを入れて出された。ここはこのコーヒーしか売らない店でひょうひょうとしたそのバリスタは名物男と紹介された。凄い自信だと思ったが、その店こそがイノダコーヒで、生き残って東京駅大丸の中に支店を出している。

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