30日の昭和記念公園の昼下がり、ここのところの暖かさでスプリングマジックはチューリップが全開、例年に比べるとムスカリが終わりになっていてパーフェクトではないが、その代わりみんなの広場の遙か遠くに菜の花が見えた。連休にはお奨めのパノラマだ。
隣にはネモフィラ、下の芝桜と良くコンビで咲いている
ポピーは盛りを過ぎつつあるが周りの若葉と見事な造形
遙か彼方に菜の花がうすく見える
周囲のハナミズキも咲き始めた
30日の昭和記念公園の昼下がり、ここのところの暖かさでスプリングマジックはチューリップが全開、例年に比べるとムスカリが終わりになっていてパーフェクトではないが、その代わりみんなの広場の遙か遠くに菜の花が見えた。連休にはお奨めのパノラマだ。
隣にはネモフィラ、下の芝桜と良くコンビで咲いている
ポピーは盛りを過ぎつつあるが周りの若葉と見事な造形
遙か彼方に菜の花がうすく見える
周囲のハナミズキも咲き始めた
津波で被災した市町村の復興がいろいろと提案されている。被災者の声は前の住居にすみたいという気持ちが強いが防災の観点から難しい。ここは将来の街作りをじっくり考え、夢のあるこれまでにない街作りを提案したい。。
私が世界のあちこちで見受けた街で印象に残っているのは、イタリアのトスカーナやシチリアの丘の上の街だ。その昔、イタリアは都市国家のモザイク状態で、都市国家間の紛争が日常茶飯事であったため、防衛に適した丘の上に城壁をめぐらし、その中に街を建設した。
畑は丘の下だったからさぞ不便だったと推測できるが安全はなによりと我慢をしたのだろう。三陸のようにリアス式海岸であれば津波を避けるため、街は丘の上に建設したらどうだろうか。海や畑へ出るのに不便になるが、ニュージーランドの港町ウエリントンではいくつものミニケーブルで丘にある住まいから通勤している。財力のある人は自家ケーブルを施設している。日本でも中央線の四方津では駅から斜行エレベーターで丘の上の新開地と連絡している。
皆で知恵を出し合い実現してほしい。
大震災から1ヶ月過ぎて、毎日、テレビやメディアで「がんばろう、団結、日本人ならできる」といったかけ声が流されているのに、政治はどうだ。政権党の民主党では政府の足を何とか引っ張ろうと小鳩が画策し、今の内閣ではだめだと余分なことを言って国民に不安をあおっている。
首をすげ替えれば簡単に済むことだろうか、自民党は平時に取っ替え引っ替え首相を替えたがろくな結果にならなかったではないか。この国難を乗り切るには与野党一致した彼らの好きな「挙国一致」体制が必要だ。今仮に菅内閣をつぶしたらどういう内閣ができてこの国難をどう乗り切るのか示してもらいたい。
菅首相も自信があるならきちんと国民に説明すべきだし、なければ自ら降りる道を取るべきだ。原発周辺の土地は20年?30年?使えないと言ったとか言わなかったとか。広島に原爆が落ちた時に、70年間人が住めないといった噂が流れたがそれと同じような実に不愉快な発言だ。余震が続いているが政治の方が崩壊するとなると、3万人近い死者、行方不明者がうかばれないだけでなく何とか這い上がろうとしている被災地の努力が実らない。
政治による二次災害だけはnoだ
今週はさくらの週、暇さえあれば花見散歩となった。
昭和記念公園の桜園はさくら吹雪となり、花びらの上を歩ける唯一の季節だ
この2日間は初夏のような気温で新緑も映え、菜の花の生育の遅さを補ってくれた
しだれもようやく満開、ソメイヨシノとカクテルを形成してくれた
名物スプリングマジックのチューリップもようやく見られるようになった
さくらの陰で咲くれんぎょう
立川の官庁街
多摩川の桜堤、福生あたり
二人合わせて185歳の年寄りは国立で車窓花見、
チェルノブイリの事故は今でも欧州では悪夢だ。放出された放射性物質は600Kmにも達している。その事故と同じレベルへ今になって引き上げた狙いは何なのだろうかこれまた謎だ。保安院は同時に放射性物質の放出量はチェルノブイリの1割と強調しているが、一方で東電は福島第1原発では1~3号機の圧力容器や格納容器が損傷している恐れがあり、原子炉から放射性物質が100%外に出れば、チェルノブイリを超える可能性もあると説明した。
チェルノブイリの事故はコンクリートや鉛で暴走している事故炉を被い、10日間で放射性物質拡散には歯止めが掛かったが、福島の場合、炉事態が地震と同時に制御棒が入り、暴走すること(臨界に達する)は防げたが、燃料冷却が緊急冷却装置が働かず、炉心溶融が起きた可能性が大きく、格納容器も損傷している可能性がある。これを解決するために循環する水で冷却する装置の稼働に向けて作業を続けているが、高レベル汚染水もれや余震の影響で作業がはかどらない。
一方外部での蓄積放射量は1ヶ月経ち、一般人の被曝線量の限界に達する地域も出てきている。本来なら水素爆発が起き、放射性物質が拡散し、その後東京で水道水が乳幼児に飲ませてはいけないレベルまで達した時にレベル7とすべきだったのにパニックを恐れ、出来なかったのだろう。
すでに低レベルの貯蔵汚染水は海に流し、今後どのような影響が出て来るか、また多重安全装置の最後の砦ともいうべき格納容器からの放射性物質放出を止めるのには長期戦となり、放出量が増える可能性がまだあるのでレベル7としたのだろう。
これで外国人の日本敬遠は加速、国際交流は益々難しくなるし、日本製品の国際的な風評被害も当分避けられない。細かく各地の放射線レベルを測定し、毎日公表することによって挽回するしかない。