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追悼:ホセ・スライマン氏

2014年06月05日 | ボクシング
WBC会長 ホセ・スライマン氏。82才。

今年1月16日に米ロサンゼルスの病院で逝去されたとの事。
昨年10月に心臓バイパス手術を行い、その入院先で亡くなってしまった模様。

会長職は長くに渡り、1975年に就任し39年に及んだ。

功績は大きく
12ラウンド制、前日計量、グローブの大型化の導入などによる安全面の強化、
4R毎の公開採点など運用面の改革、ボクサー年金や基金の提唱など、
その実行力が称えられる人物だった。



ただし、そこはボクシング人。
ファンとしては、ただ「ありがとう御座いました」で済まない部分もある。

氏の長期就任で本部がメキシコを動かず、果たして競技の世界的な隆盛に貢献したのか?
※逆説的にいえば、その結果IBFやWBOが対抗組織として登場し、欧州などが
 WBCタイトル以外の世界戦で賑わう事になったが・・・

そして、メキシカン優遇、スター優遇。

へクター・カマチョよりホサ・エドワーズとの因縁の一戦を選択したボビー・チャコンから
WBCのJライト級王座を剥奪したり

ロイ・ジョーンズの王座差し戻しの件で、正規王者だったロッヒジャーニを隅に追いやり
後にロッヒジャーニに訴えられ敗訴、あわや団体破産の危機に陥ったり

安全管理で15Rから12Rに短縮して直ぐの世界戦で、
メキシカンのキコ・ベヒネスがアルバート・ダビラ(米)に12回で
KOされて死去するリング禍が発生、キコは前年8月に
エドガー・ローマンに5回TKOして1年以上のブランクあり、
「ラウンド縮めたって意味ないじゃないか!!」と当時の私を怒らせたり・・・。

※ローマン戦の前にはハリケーン照さんをKOしたキコは、荒いけれども
 サラテやサモラ、ピントールの後を継ぐに充分な強打者に見えたが、
 キャリアを積み直すより無理やり決定戦で王者に仕立てようとしたWBCには
 怒りしか浮かばなかったのです!

 ああ、ダメだ。時間を置けば冷静に書けると思ったが
 故人に対して怒りを覚えちゃってるよ・・・。

晩年には暫定王座的なタイトルを乱立し、混乱を招きかねない事態を作ったし
WBCムエタイなんて物まで設立してファンを困惑させてくれた。
※タイが本場なんだから、バンコク中心でイイじゃないの・・・。

とにかく、功罪共にある人でした。

専門誌の記事では、功績として
「メキシコ国内でのボクシングTV番組を通常の地上波に戻した」という点を
挙げていましたね。
「貧しい人にもボクシングの視聴の機会がなければ」
「有料チャンネルだけではダメだ」というのが持論だったらしい。

これには私も大いに同意します。
それを見た少年が将来のスター選手になるんです。
好ファイトに感動した視聴者が試合会場に足を運び、ボクシングファンに
なるんです。

WOWOWエキサイトマッチも、
もちろん素晴らしく、有り難いプログラムだけれど

「休日の昼間、何気にTVを点けたらスーパーファイトを放送していた」
「スーパーファイトじゃなくても、懸命に戦うボクサーの姿に感動した」
「それを見て一気にボクシングファンになった」なんて事は大いに
ありえるんですから、本当に大事だと思うんですよ。

※昔のテレ東さんが、そんな存在でした。

スライマン氏の後任には、息子で副会長のマウリシオ氏が就任したそうだが、
基本として前任者と傾向は変わらないでしょうな。

やっぱり、取り留めのない追悼文になってしまいました。
故人の功ばかり書いて終われないのがボクシングファンなのです。
もう、これぐらいにします。

ホセ・スライマン氏の御冥福をお祈り致します。


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