復元の五層五重の大天守閣がそびえる名古屋城。
1930年城郭建築における初めての国宝に指定、
1945年の名古屋空襲により本丸のほとんどを焼失、
1959年名古屋のシンボルとして再建。
耐震性が低いことに対応するために天守閣は閉館、
天守閣の木造復元を進めています。
かつて天守閣に登ったことがありますが、
名古屋市街が眼下に納まる風景が見られず残念。
2009年から復元工事を開始していた
本丸御殿が、2018年6月8日に完全公開。
初代尾張藩主の住居・政庁として使用するため、
1615年、徳川家康により建てられた
本丸御殿の復元になります。
総面積約3100㎡、部屋数は30を超える平屋建、
天守とともに国宝に指定された名建築。
空襲により焼失、史実に忠実な復元を実現し、
400年の時をこえて、建築当時のままに
美しい御殿建築がよみがえっています。
天井の板絵や襖絵、極彩色の欄間彫刻など豪華絢爛、
細部にわたる豪華な装飾は目がくらむようです。
部屋の格式や用途によって、天井や欄間、飾金具、
障壁画などのつくりや意匠が大きく変化します。
現代の職人による匠の技にも注目です。
主な遺構の一つである東南隅櫓を見学。
本丸の南東隅にある屋根二重・内部三階の櫓で、
重要文化財に指定されています。
春・秋に内部の特別公開を行っています。
入場制限をしており、櫓の見学も行列です。
出窓には「石落し」が設けられています。
かつてはこちらの櫓に
武具が収められていたとか。
天守から眺めたかったのですが、
櫓の上部から
鉄筋コンクリートで再建された天守の石垣に沿うのは雨樋。
現存する姫路城天守の3倍以上の容積をもつとか。
徳川家康が大阪城包囲するためとも解される
名古屋城は、天下普請で天守・子天守を
中心に多くの櫓・城門を設け、
最大かつ最強の近世城郭を完成。
名古屋城と言えば、金のシャチホコ。
空想上の神獣である鯱ですが、顔は虎がモチーフ、
水を呼ぶと言われることから
火除けのまじないとされてきたそうです。
徳川家の権力・財力を誇るもので、
張られた金の量は慶長大判1940枚と言われるとか。
南側の雌が金量43.39㎏、北側の雄が44.69㎏の
18金が使われています。
別名:金鯱城、金城、柳城、亀屋城、蓬左城
種別:平城
築城年:1610年、
築城者:徳川家康
愛知県名古屋市中区本丸1-1
訪問日2019.3.23