日本バプテスト大阪教会へようこそ!

教会設立73年 都会と下町とが交差する大阪のどまん中にある天王寺のキリスト教会 ぜひお立ち寄りください!

今週の出来事から

2024-09-06 06:11:05 | 巻頭言
9月に入りました。今年も早いですね。
30年以上の働きの中で初めての長期休暇となり、ゆっくりと自分と向き合い、立ち位置を見つめ、身心共にもリフレッシュする機会ができました。

☆働きを開始した今週の報告。

① ご自身の年齢、体調や今後のことを考えておられる信徒の方から「最期は  
  教会で告別式を行ってほしい」と依頼がありました。
  今週はこの方と未信者のお連れ合いとも電話でお話する事ができました。
  日ごろから家族に信仰を言い表わしていることは、信仰の証を立てる人生  
  となるための要素の一つだと思います。

② 体調面や諸事情で山形県のご長女ご一家のもとに引越された信徒の方を、  
  ようやく訪問することができました。毎週オンラインを通して礼拝につな
  がり、神の守りと祝福の中で平安に過ごしておられるお姿に触れることが
  できて、大変うれしく思いました。
                   平 安

  
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「あなたの隣人とは誰か~ペヌエルでの格闘から」

2024-08-11 18:06:29 | 巻頭言
宣教アウトライン Y・M

「芋(いも)づる伝道」日本の教育に「国を愛する」精神を打ち出そうとする意見があるのに対し、もう一つ他方では「国を大切にする」精神でよい、とする意見がある。この両者の問いには「愛」の言葉を抱えてきた過去の歴史が反映している。その理由として、国を愛する愛国心をどうしても自国のみへの愛のように狭くなりがちである。そう言った中で新渡戸稲造(キリスト教教育者)は「愛国」を説いても「愛国」を叫ばなかった、という話を聞いたことがある。
 
さて、本日の聖書の箇所で、ヤコブが20年間マハナイム(32:3)での亡命先からカナンに帰って来たとき、彼は叔父ラバンとの格闘からうまく脱走に成功したものの不安に満ちていたと思われ悪い予感から脱し切れていなかった。                          
マハナイムはヨルダン川の真東の方で隊商が通る「天幕に住む人々の道」と命名されている。ヤコブはマハナイムに接近したときかれは「天使の一団」「万軍の主」を思い浮かべていたであろう。  そこで遭った天使の一団は彼には「主の軍の将軍」の幻とも思われるベテルの天使のメッセージでもあった。
ヤコブがその土地に戻ったときでも、一難去って、また、一難の危うい時であった。神が近くに来られ、前途に迫った危急の最中においても彼独特の策略「肉を切らせて、骨を切る」思いが彼を捉えたのかもしれない。

J.カルウ`ァンは詩編34編の中に、このテキストの主題が収束していると注目している。
 わたしが主に求めたとき、主はわたしに答え、
  すべての恐れからわたしを助け出された。
  この苦しむ者が呼ばわったとき、主は聞いて、
  すべての悩みから救い出された。
  主の使いは主を恐れる者のまわりに
  陣をしいて彼らを助けられる。
  主の恵み深きことを味わい知れ、
  主に寄り頼む人はさいわいである。(口語訳聖書)

本日の旧約聖書の箇所を新約聖書の光に照らして読んでみましよう。
今日、与えられている創世記32:23~33箇所はイスラエルの歴史が書かれたずっと前に、古今東西同類の神話伝説があった、と研究者は言う。
ひとりの男が一つの川を夜中に渡る話である。渡っていると悪者、悪霊に遭うと人間を襲ったらしい。その男(以後、彼)はその話が本当かどうか試しに挑戦心が起ってきた。   
イサクに双子の男が居た。兄エサウと弟イサクであった。そして弟イサクは父イサクをだまし、父イサクから祝福を得た。その後、兄エサウに妬み恨まれたヤコブは逃亡せざるを得なくなります。さいわい叔父ラバンの厚意によって彼のところに逃れることができた。              
荒れ野の逃亡の折、ヤコブは「夢」を見ました。それは、神御自身がヤコブと共におられ、寄り添い近づき給うお方であることが示されています。 本日の「ペヌエルでの格闘」の記事は、何をわたしたちに示しているのでしょうか。 格闘:いわゆ相撲はその内、神さまと人間との関係が濃くなっていくことを映し出す。ここに出てくるヤコブは相撲相手の名前を聞き出す場面でどんな技(わざ)を仕掛けてくるのか? 興味津々であります。政策的に<相撲:すもう(=角力)は精神性と運動能力との関係から鍛錬、忍耐力、規律現代社会=古代社会との比較の対象とすることはできないでしょう。
                
現在、フランスのパリーにてオリンピック競技の最中でありますが、運動選手の奮闘ぶりに喝采を送りたいものです。金、銀、銅メダルが優秀選手に授与されている風景が世界中に知れ渡り興奮の嵐に活気づけています。わたしたちは現在、テレビ桟敷を通してオリンピック競技に手に汗を搔いていますが。今日の。ヤコブのペヌエルの格闘は何をわたしたちに示しているのでしょうか。
ヤコブとエサウの祝福をめぐる格闘、そして今日の「祝福してくださらなければはなしません」と訴えたヤコブ。それはやがては朽ちてしまう賞、冠ではなく、朽ちることのない「神さまからの約束」(み言葉)こそが重要であることを教えています。                         
わたしたちは現在、テレビ桟敷を通してオリンピック競技に手に汗を搔いて楽しんでいますが。わたしたちは聖書から神の約束、祝福とは何かを読み取り、朽ちない賞、朽ちることの冠を得るために如何に生きるかが重要であります。

本日は「あなたの隣人とは誰か」という題をつけさせて頂きました。
神さまの祝福ということを考えるときに、新約聖書のヤコブの手紙4章12節に「しかし、立法者であり審判者であるかたは、ただひとりであって、救うことも滅ぼすこともできるのである。しかるに、隣り人をさばくあなたは、いったい、何者であるか。」(口語訳聖書)ここに「隣人」という言葉がある。
あなたの隣人とは誰か。あなたは、だれを隣人として生きるのか。しかも隣人をさばくあなたは、いったい何者かと、筆者は書き残している。それはわたしたちを含む現代社会における強烈なバッシング、ヘイト、訴え裁く非難のことばを問い、どうわたしたちがそれを聞いていくかが指摘されています。この神さまが造られた世界、社会が共に生きる喜びを、希望を相互に分け合っていく社会でありたい、と切に願います。
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巻頭言

2023-06-04 08:47:13 | 巻頭言
水野源三は1937年長野県に生まれます。豊かな自然の中で野山を駆け巡って遊ぶ元気な少年でした。しかし、そのような日々は9歳と8ヶ月で突然終ります。1946年8月町を集団赤痢が発生したのです。四年生の源三も感染してしまいました。戦後の物資不足の中で薬も満足になく氷で熱を冷ますしかありません。ようやく意識を取り戻した時には、すでに脳性麻痺をおこし体の自由は奪われていました。天上を見つめ、「死にたい、死にたい」と口走っていた口もやがてきけなくなってしまいました。それから47歳の亡くなるまで、家の奥の六畳間を出ることはありませんでした。

 後にこのように詠っています。

「草笛」
レンゲの花が咲く河原に
腰をおろして
少年の日のように草笛を
思い切り吹いてみたい
御神の大きな愛に
つつまれていることを
感じつつ

「悲しみよ ありがとう~まばたきの詩人」水野源三の世界・出典
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大阪教会のはじまり

2022-10-08 07:03:36 | 巻頭言
巻頭言                                 

 日本におけるバプテストの大きなグループは、米国の「南部バプテスト」に由来する「日本バプテスト連盟」と「北部バプテスト」に由来する「日本バプテスト同盟」があります。このグループの起こりは、それぞれの宣教師を送りこんだ米国の教会によるもので、米国南部バプテスト連盟は1889年11月5日J.W.マッコーラム、J.A.ブランソン各夫妻を宣教師として送り横浜より上陸、日本宣教に当ることになりました。
 米国北部バプテストもすでに宣教師を送っており、会議の上南部バプテストは「神戸以西」を伝道地とすることに決定、北部がすでに伝道していた大阪の伝道を引継ぎ、谷町筋5丁目粉川(こかわ)町に「大阪第一浸礼教会」を設立することになりました。(註・その後のこと不明)
しかし北部より異論が出され南部バプテストは「神戸以西とし、九州を伝道地とする」ことに決定、門司教会が誕生しました。この時、広島、呉、下関にはすでに信徒が居り、門司、熊本に新たに南部関係の教会が誕生となりました。
1918年「日本バプテスト西部組合」が発足、その後戦争のため凡てが統一されることになりました。
戦後「全日本にキリストの光を」のモットーのもと、米国南部バプテストより派遣されてきたA.L.ギレスピー宣教師一家が大阪の開拓伝道に従事し、日本バプテスト大阪教会の基礎を作りました。(中島 久子)
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平和祈祷 8月15日

2021-08-15 15:37:38 | 巻頭言

「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」(マタイ5章9節)と主イエスは仰せになりました。

本日は76回目の敗戦記念日を迎えました。歴史上において人類が過去の咎や過ちを忘れずに、それを教訓として、二度と同じ過ちを繰り返さない不断の努力を続けてきたとしたのなら、世界に恒久平和が着実に建てあげられ、より良い平和な社会は築かれてきたでしょう。

しかし今の世界に目を向けますと、残念ながらそれに反し、核兵器の製造、ハイテク無人爆撃機や生物化学兵器などの非人道的な殺戮の武器の製造に歯止めがきかない現状です。又、国と国、民族と民族の間には、傷ましい紛争や戦闘が繰り返され、同じ国内において独裁的権力、軍事的力による冷酷ともいえる民衆の支配が繰り返されています。その一番の犠牲となっているのは弱い立場にある人々、とりわけ女性や子どもたち、又貧しい人たち、意図せず巻き込まれるほかない市民であります。これはまさに、天地万物、人類をお造りになられた主なる神に対する暴虐、御心を損なう反逆行為です。

悪しきこのような力と働きが打ち砕かれて、すべての人が神に立ち返って生きる世界が来ます日を切に祈り求めます。

平和の実現たる「神の国と神の義」を求め、祈りつつ平和を造り出す人々との連帯に努めていきます。

平和の主イエス・キリストの御名によって祈ります。

 

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新年のご挨拶

2021-01-01 12:51:51 | 巻頭言

2021年を迎え、心よりお慶び申し上げます。

 

今年も礼拝宣教を中心に少しでも心に届く聖書のメッセージがお届けできたらと願っております。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

皆様にとって、よき年となりますようお祈り申し上げます。

 

神の平安と祝福

2021年 元旦

 

 

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1年の御礼

2020-12-31 09:19:30 | 巻頭言

今年も日本バプテスト大阪教会のブログにご訪問いただき、ありがとうございました。

コロナ禍にあっても何とか毎週の礼拝宣教を中心にお届けすることができました。

新年も引き続き聖書からのメッセージを中心に発信していきたいと願っております。

今後ともよろしくお願いいたします。

皆様のうえに神の守りと祝福をお祈り申上げます。

感謝して

 

2020年12月31日

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輝く新緑

2020-05-28 08:52:01 | 巻頭言

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主の年2020年を迎えて

2020-01-01 14:32:59 | 巻頭言

 

昨年は、このブログにご訪問くださり、ありがとうございました。
今年も礼拝の宣教や楽しみなイベントのおしらせ等、随時発信していきます。
どうぞよろしくお願いいたします。 平安

 

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岸義紘先生特別集会の報告

2019-11-22 09:35:39 | 巻頭言

過ぐる11月17日(日)岸義紘先生を迎えての特別集会&チャペルコンサートが行われました。

聖書のおはなしは大変わかりやすく、当日は関西の大阪女学院、桃山学院、梅花女学院、同志社香里と、4つのミッションスクールの学生たちも集われ、

岸先生のおはなし&ソプラノ・アルト・テナの3つのサクソフォンの演奏に聴き入っていた様子でした。

毎日3時間はサクソフォンの練習を欠かさない、とおっしゃっておられ、その音色は繊細で時に大胆なもので、わたしたちの心を元気にしてくださいました!

岸先生ありがとうございました。

感謝して

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