日本バプテスト大阪教会へようこそ!

教会設立73年 都会と下町とが交差する大阪のどまん中にある天王寺のキリスト教会 ぜひお立ち寄りください!

主が示される道を歩もう

2013-04-28 15:26:34 | メッセージ
宣教 イザヤ書2章1~5節


一昨日5月3日は憲法記念日でありましたが。今政府や政権与党による憲法改正への動きが夏の参議院選挙に向け慌ただしくなってきています。今論点となっている96条の改正案についてですが、96条では「憲法を変えるには国会議員の賛成3分の2以上が必要」となっていますが、それを2分の1にすることで憲法そのものを変えやすくしていく、といった思惑があるようです。その先には9条を変え「国防軍」を設置して「戦争のできる体制を作る」ということがあります。もしそれらの動きが進んでいって憲法の精神と本質が根幹から変えられていく時、日本はどんな国になっていくのでしょうか。憲法はそもそも政治権力や国家の暴走を防ぎ、個人の人権や生存権を守り、尊重するために作られました。かつての日本国軍が推し進めた侵略戦争の反省に立っています。ところがその憲法を「個々人」の言動を律するものに変えよう、というのが政権与党の憲法草案であります。憲法の精神や本質とも言うべき個人の尊重が塗り替えられてしまうことは、政治の世界のことというより、私たちひとり一人や隣人の命や信教の自由をも脅かす大きな問題であるということを、私たちは少なくとも知っておく必要があります。
政治経済と何かと不安のつきないような今の日本の状況でありますが、国民をぐいぐいと引っ張ってくれるリーダーの到来が必要だという市民の声を聞きます。だから国際貢献として軍事力や国防軍を政治主導でという政権与党の声を聞きます。が、それは危うい考えではないでしょうか。戦時中の体制も国民を国家権力が取り込むかたちでできていったのです。皆さまにもそれぞれにさまざまな考えやご意見がおありでしょう。私たちの主は何とおっしゃっているのか。先程読んでいただいたイザヤ書2章の御言葉から聞いていきたいと思います。

はじめに、イザヤは北と南に分団された南のユダ王国の祭司でありましたが。紀元前736年頃に神の召命を受けおおよそ35年間預言者として活動したといわれています。彼の生まれ育った時代はユダの国は高度成長を遂げ繁栄いたしますが、次第にその繁栄の陰でゆがみが生じ、階級化による貧富の差の拡大、貧しい者や弱い者が虐げられるような社会的問題が生じていたのです。1章16~17節には「おまえたちの血にまみれた手を洗って、清くせよ。悪い行いをわたしの目から取り除け。悪を行うことをやめ、善を行うことを学び。裁きをどこまでも実行して、搾取する者を懲らし、孤児の権利を守り、やもめの訴えを弁護せよ」とあります。23節にも「支配者らは無慈悲で、盗人の仲間になり、皆、賄賂を喜び、贈り物を強要する。孤児の権利は守れず、やもめの訴えは取り上げられない」と、その腐敗した社会の現状を憂う主の御声が記されています。又小さなユダの国は常に近隣諸国との緊張関係にさらされていたがゆえに大国に頼り同盟関係を結び、軍事力や武力による保護を見返りに得るという政治戦略が敷かれていくのであります。
そういったユダの国の状況を目の当たりにしたイザヤは、終わりの日、すなわち神の審判の日が近いことを確信いたします。「罪深く悔改めようとしないユダの国に審判を下される日が来る」「ただ主なる神に信頼することによってのみ、王や民は存続することができる」との神託をイザヤはユダの国において告げていくのであります。

イザヤはこれらユダの社会に蔓延する富の不公正や力や役割を失い形骸化する宗教の衰退を指摘します。神を畏れ敬う心が失われていき、すべてが神ではなく人間と利権のための祭りごとになっていくとき、正義や命の尊厳が軽んじられ、武力や経済力に依存した社会に傾いていく。それは現在の日本にも同様のことが言えるのではないでしょうか。今日の時代においても信仰と宗教の果たすべき役割は決して小さなものではありません。
又、イザヤはユダの大国との同盟関係による軍事力増強の根本的問題について、王や民の虚しい祭りや捧げものに対する主の嘆きと憂いを伝え、主に立ち返り、畏れをもって律法の精神を取戻すように訴えます。2章22節にあるように「人間に頼るのはやめよ、鼻で息をしているだけのものに」と、大国や軍事力に優る主の力にこそ信頼することの必要を説くのです。しかし、このようなイザヤの訴えは、為政者である王やユダの宗教家、さらに民にも聞き入れられません。それでもイザヤはなおその訴えをやめません。ユダの人々が再び神の民として、その信仰と主の配慮に満ちた戒めの御言葉に生きる生活を取戻し、裁きを免れて命を得ることをイザヤは何よりも強く願っていたからです。
けれども誰よりもそのユダの国と民のために心痛め、苦悩しておられるのは父なる神さまご自身であったのではないでしょうか。残念なことにイザヤの警告に耳をかそうとしなかったユダの国はその預言の通り、バビロ二ア帝国によって滅びることになるのであります。しかし、イザヤの終末の預言には神の審判と共に、来るべき神の平和が示されているのであります。それが本日の2章のところであります。小見出に「終末の平和」と付けられています。
預言どおりユダの国は神の審判の日に滅ばされるのでありますが、この2章の預言はそれでもなおもたらされる「終りの日の平和」について述べています。それは具体的に11章に記されている「平和の王の到来によって」実現されると預言されているのであります。  
ユダの国が倒れた跡に残された切株の中に芽生えるひこばえ、その希望のような真の平和の王。それは切り株、すなわち倒された中に残されて芽生え育つ真実な神の民、その中から生れ出る平和の王を示しています。
11章3節以降には、その方についてこのように述べられています。
「彼は目に見えるところによって裁きを行わず。耳にするところによって弁護することはない。弱い人のために正当な裁きを行い。この地の貧しい人を公平に弁護する。その口の鞭をもって地を打ち、唇の勢いをもって逆らう者を死に至らせる。正義を腰の帯とし、真実を身に帯びる。」その平和の王なるお方は、ユダの滅亡からおおよそ600年近くの時を経て主イエス・キリストとしてこの地上にお生まれになりました。
主は権力によらず真理の言葉を持って正義と公平な裁きを行い、私たちの神の真に望まれる平和の道を拓いてくださったのであります。

本日の2章のイザヤが見た幻、「終末における平和」。そこには2節「終わりの日に主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ちどの峰よりも高くそびえる。国々はこぞって大河のようにそこに向かい」とあります。それはその日が来るとユダの民だけでなく、全世界の国々・様々な人種の人たちが主を礼拝するために集い、主の教えと御心に聞く、そのような平和の日がやがて訪れると言っているのです。今やほぼ全世界の国々で主の福音は宣べ伝えられ、今日も世界各国で礼拝がもたれておりますけれども。しかし終末の平和はただ礼拝に与るだけで実現されるものではないのです。人々が主の神殿すなわち教会や礼拝に集う時、3節にあるように「主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」と、あらゆる国々、人種がその平和の道を共に歩んでいく中で実現されていくのであります。私たちが主の教えと御言葉の招きに応え、そのように具体的に生きていくそのところに主の平和が実現していきます。私たちの属するバプテスト連盟でも、又女性連合でも世界宣教の一端として、かつての戦争において痛ましい被害をもたらした近隣アジア諸国へ宣教師を派遣しており、主の和解の福音のもと奉仕と交流が行なわれています。キリストの平和を築いていくためであります。

さらにイザヤは終末の平和について、4節に「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる」と言っていますが。ニューヨークの国連本部の入り口の所にこの4節の「彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」との御言葉が刻まれているそうですが。「剣や槍といった武力を振りかざして国は国に向かって戦うことを拒否する」。そこに国連の平和理念があります。平和の主イエス・キリストは「剣をとる者は剣によって滅びる」とおっしゃいました。
主の民とされた者が「主の平和」の到来に備えて如何に歩んでいくか。そのことが本当に大事なのです。

イザヤの時代同胞であった北イスラエルとの間に戦争が起こりました。日常の生活の糧を生みだす農具は権力者に奪われ、殺す道具へ姿を変えます。日本でも武器を作るために鍋などの金属が徴収されたと聞いています。尊い命が皆一かたまりの戦力として戦争に組み込まれていきました。それは何もイザヤの時代に限ったことではなく、同じように人類は戦争を繰り返してきたのです。神がいるならなぜ戦争が起こるのか?宗教戦争があとを絶たないのはなぜかという人もいます。けれどもそれは果たして神のせいでしょうか?否、人が幸せに生きるための道具が人を不幸にするものと分かるとき、誰よりも私たち人間をお造りになられた主なる神さまが嘆き、痛んでおられるのです。

イザヤが見た終末の平和は単なる理想郷でもユートピアでもありません。それは主に立ち帰って生きること。剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とするといった、悔い改めと忍耐を伴う努力のうえに実現されていくものなのです。

主イエスさまが私たちの罪のためにその裁きを引き受けてくださった。そのことによって私たちは主なる神さまとの和解の道、回復の道が開かれたのです。そこに究極の「平和への道」が敷かれた、ということを覚えたいと思います。
私たちもこの平和の主イエス・キリストにあって、「国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」という平和の宣言に生きるよう招かれているのであります。
権力や武器の象徴、戦争や争いの武器である剣や槍といった道具が、命の糧となる農作物を植え、育て、作っていく鋤や鎌といった道具に打ち直されていくように、私たちもまた主の平和の道具として用いられていきたいと願います。
「ヤコブの家よ、主の光の中で歩もう」。私たちはどこまでも、この平和の主イエス・キリストに聞き、このキリストが示される道を歩んでいく者とされてまいりましょう。
権力や偶像に頼るのではなく、ただ主に信頼し、祈り、執り成し、平和を実現する者として、主の光の中を歩んでまいりましょう。
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痛みに共感するイエス

2013-04-28 14:53:49 | メッセージ
宣教 マルコ5章21~43節 

本日の箇所は主イエスが病のいやしだけでなく、全人的救いをお与えになり、さらに死んだとされる者を生き返らせて下さる、という記事であります。ここには十字架によって罪の贖いを果たし、よみにまで降り、復活された主イエスが、生と死を統べ治めておられるという確信に満ちた信仰のメッセージが伝えられています。

病の問題は、世を生きるすべての人間につきまといます。人が病気になるのにはいろんな要因があると言われます。食生活やライフスタイル、ストレスも一因となるそうです。
どのような人も病は避けてとおりたい、いやされて健やかに生きることは切実な願いです。世の中では健康な人や適切な医療を受けることのできる人は幸せな人と言われます。
一方、死というものはこの世に生きる者すべてに例外無しに訪れます。こればっかりは貧しい者にも富める者にも平等に訪れるのであります。人間にとって死がなぜ恐ろしいか、不安かといいますと、その正体が何か分からないからです。死ぬ時の苦しみや痛みがどのようなものかという不安、肉体が消滅してしまうことへの恐れ、そして世の家族や肉親、親しいものと決別してしまうことへの孤独や悲しみがそこにあるからです。
 しかし、私たちイエス・キリストと出会い、その救いを信じ受け入れた者は、主イエスの「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる」との宣言に信頼と希望をもって生きることができます。十字架の苦難と死による贖いの業を成し遂げ、復活なさった主イエスの約束の言葉。それが私たちの命の力です。
本日の箇所で、主イエスはヤイロの娘の手を取って「タリタ・クム、少女よ、お起きなさい」とお語りになります。すると、「少女はすぐに起き上がって、歩き出した」と記されています。ここには、主イエスが死よりよみがえられたお方であり、その主イエスを信じる者に与えられる復活の希望が示されているのです。その出来事が起こる前イエスさまは、会堂長におっしゃいました。「恐れることはない。ただ信じなさい」。ここに私たちの大きな希望があります。

本日の箇所には、ユダヤ教の会堂長のヤイロと12年間も出血の止まらない名もなき女性が並行して登場いたします。最初の会堂長ヤイロは主イエスのもとに来、足もとにひれ伏して、「わたしの幼い娘が死にそうです。どうか、手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう」と、しきりに願ったとあります。彼はユダヤ教の会堂を管理するそういう地位と立場にある人でありました。それが当時ユダヤ教の律法学者などから異端視されてイエスにひれ伏し、願うのです。むろんそうしたのは、主イエスの教えやそのなされる事々に、信じ望みをかけたからでしょうが。彼は自分の地位や立場、又自分が人からどう見られているかなどの思いより、主イエスにただ娘を助けてほしい、と藁をもつかむ思いであったのです。
 一方後者の、名もなき女性もまた、「イエスさまのことを聞いて、群衆の中に紛れ込み、必死の思いで後ろから主イエスの服に触れた」のであります。「この方の服に触れさえすればいやしていただける」と思ったからです。
クリスチャンというと、とかく敬虔で慎み深く、崇高な志をもった人というイメージで世間では見られることも多いのではないでしょうか。けれども実際はさまざまな思いと葛藤する中、祈り求めないではいられない人、世間の人から何と言われようと、思われようとも、活ける神に望みをかけてゆく人、といえましょう。

さて、この女性のような異常な出血はユダヤでは古くから不浄な病とされていました。
それは当人が不浄であると見なされるだけでなく、その人が触れるもの、またその人に触れるものまでも汚れる、不浄と見なされていました(レビ15章25-27節)。ですから彼女は人と関わりをもつことをはばかっていたでしょうし、又彼女に関わりをもつ人も殆どいなかったことでしょう。この12年間も病の苦痛とともに、偏見やあらゆる制約の中で生きていくしかなかった彼女の孤独は計り難く、想像を絶するものがあったことでしょう。それは当事者でなければ分からない苦しみだったはずです。

先週の水曜祈祷会での聖書の学びの時に、Y姉がお連れ合いを天に送られた2004年暮れに、当時福岡にいた私が塔和子(仮名)さんの詩をコピーして送ったものを、もっていらっしゃいました。すでに礼拝や告別式などで何度かご紹介しましたが。塔さんは、ハンセン病で国立医療書大島青松園において永い生活を余儀なくされたのであります。家族からも故郷からも引き離され、病と非情ともいえる偏見の中で生き抜いて来られた塔さん。それらの体験からにじみ出る「いのちの詩」選集(編集工房ノア)の中の「胸の泉」という詩にこのような一節がございます。
「何億の人がいようとも関わらなければ路傍の人、わたしの胸の泉に枯れ葉一枚も落としてくれない。」Y姉はこの塔さんの詩の一節に強い共感を覚え、お連れ合いを天に送られたけれども、このまま沈み込んで内向きになるのではなく、もっといろんな人と関っていこうと思い、それが現在まで続けているボランティア奉仕の始まり、原点になっている、とをお話くださいました。

さて、この長血の女性の計り難い苦痛と、救いを求める願いを主は顧みて下さいます。
主イエスのことを誰からかおそらく伝え聞いていたのでしょう、この女性は「その方にお会いしたい。そしていやして戴きたい」と切に願い、それを行動に表すのであります。

私はこの記事を初めて読んだ頃は、この女性の行動を、「後ろからイエスさまの服の裾の房にしか触れられない消極的な信仰」と捉えていました。主イエスはそんな消極的信仰でも受けとめ、いやされたと思っていたのです。しかし彼女の信仰は決してそんな消極的なものではなかったことがわかってきました。
「けがれている」とされているわけですから、正面から願い出ることはできません。」けれど彼女はこう考えたのです。「この方の、服の裾にでも触れればきっといやして戴ける。」そして群集の中に紛れ込んで、後ろの方から手を伸ばして主イエスの服の裾に触れた時、彼女はいやされたことを体に感じた、というのです。どんなに嬉しかったか、といいたいところですが。そんな喜びを覚える間もなく、何と主イエスが「わたしの服に触れたのはだれか」とおっしゃって、触れた者を見つけようと、辺りを見回されたというのですね。
主イエスはどうしてわざわざその人を見つけ出そうとなさったんでしょう。今やヤイロの家に向う時であります。聖書には「イエスは自分の内から力が出て行ったことに気づいたので」と記されています。思いますに、主イエスは切なる願いをもって服の裾に触れたその信仰者を知りたい、とそのような人との出会い、関わりを求められたのではないでしょうか。
彼女は「自分の身に起きたこと(いやし)を知って、恐ろしく(畏れ)なりました。それは「けがれた者が聖者と見なされるイエスさまに触れたということになれば大変な騒ぎになり、とがめを受けることにもなりかねない」という思いもあったことでしょうが。何より自分の身に起こったこと、この偉大な業が小さな自分に顕されたことに対する畏れであります。彼女は勇気を振りしぼし、震えながら進み出てひれ伏し、すべてをありのままイエスさまに話しました。主がなしてくださったその救いの恵みを語らないわけにはいかなかったのです。
すると、主イエスは彼女に対して、「あなたの信仰があなたを救った」と言われます。
注目したいのは、あなたの信仰があなたを「いやした」のではなく「救った」と言われたことです。ここには彼女がその体のみならず全人的に主の救いに与ったことが示されているのです。いやされた女性はもう病が治ったのですからその場を立ち去ることもできたはずです。いやされたんだからそれ以上関わりをもつと面倒なことになる。黙って立ち去った方が厄介なことにならない、とそうできたのです。けれども、彼女はいやされた事に、畏れをもって主イエスにひれ伏した、これは礼拝したといってもいいでしょう。主イエスは信仰をもって求める者と出会い、関ろうとなさいます。そしてこの女性も又、主イエスの呼びかけに応えていったのです。主イエスは彼女に「安心して行きなさい」と言われます。それはきっと彼女には神さまとの関係の回復の宣言として聞こえたに違いありません。
今日、今、この時も、この社会の中で、切なる願い、「衣の裾にでも触れさえすればきっと・・・」という信頼をもって近づく者をさがし、見出し、深い共感をもって働いてくださる活ける主がおられます。

彼女の全人的いやしは主イエスとの出会いと関わりの中でもたらされました。
それを思うとき私はある信仰の書にこういう言葉が記されていたことを思い起こしました。
「信仰において以心伝心は通用しない。」特に日本人は「以心伝心」を美徳としてきた民族とも言われています。それは日本人の信仰観の中にも入り込んでいるということです。
例えば、神は愛なるお方であり、慈しみ深いお方でもあられ、私たちのすべての願いをご存じであられる全知全能なるお方である以心伝心全部わかっておられるからということで具体的に祈らず、願い求めず、神さま次第、成り行き任せというのは一見信頼しているようでいて実は神さまとの関わり合い、関係性は生じません。ヘブライ4章16節には「憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか」とあります。たとえつたなくとも信仰をもって主に祈り、願い求め、主の招きに聞き従い応えていく者に主は共感してくださり、助け、祝福してくださるのです。以心伝心という、「言葉にしなくても、祈らなくても、態度で示さなくても自分のことはよくわかっておられるからいい」というようなある意味独りよがりの信仰観に陥らず、祈りと御言葉に聞き、応えていく主との関係、交わりを日々築いていきたいと心から願います。

最後になりますが、主イエスは今日の箇所でけがれた者と見なされていた女性が触れ、いやされたことで、自らもけがれたものと見なされる立場に立たれました。会堂長ヤイロの娘の回復においても死者に触れたというのはユダヤの慣習において忌み嫌われ、汚れるとされる行意であったのです。イエスさまご自身までも偏見の目にさらされることを恐れませんでした。本日に記事から知らされますのは、イエスさまは日々、分け隔てなく様々な人と出会われ、その人のもつ痛みと、訴えに深い共感をもって関られる主イエスのお姿であります。痛みに共感なさるイエスさまのお働きがございます。そこに神の愛を伝え分かち合う勇気と力を戴くことができます。私たちもこのイエスさまに倣いつつ、祈り、あゆんでまいりましょう。
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一人の人と向き合うイエス

2013-04-21 15:12:01 | メッセージ
宣教 マルコ5章1~20節 

先週は敬愛するE姉が急に体調を崩され、天に召されたという実に悲しい知らせをご実弟からお電話で戴きました。あまりの急な訃報に大変驚きました。姉妹は10年以上老健施設や入院生活を繰り返し、昨年末にはお元気な声で新しい会堂が完成した暁には教会にぜひ行きたいと楽しみにしておられ、私もその時は車でお迎えに参りますと約束していましたので、残念でした。ご実弟は、姉が普段より「もし何かあった時は、キリスト教式でお葬儀をお願いしてほしい」ということを聞いていらしたそうで、「亡き姉の願い通りお葬儀をお願いします」ということでございました。ちなみにご実弟は、大阪教会で結婚式を挙げられたそうで、そういったこともありお葬儀を任せて下さったのだと思います。
死という出来事に悲しみと辛さ、残念という思いは尽きませんが、ただE姉が信じ、救われましたキリスト教でもって、天の御国に旅立っていかれたことは感謝なことでございます。ご遺族の意向により家族葬に近いかたちで執り行なれましたが。前夜式と告別式を終えた後、ご挨拶で實さんが「久しぶりに讃美歌を聞きました、姉もきっと天国に行って喜んでいることでしょう」とおっしゃっていました。この旅路のゴールには救い主イエスさまが待っていて下さる。それはこの世の力からの解放の日であります。主が共におられる。それは私どもにとりまして、生きるにしても死ぬにしても大きな励ましであり、希望であります。

本日はマルコ5章の「イエスが悪霊に取りつかれたゲラサの人をおいやしになった」記事から御言葉を聞いていきたいと思います。
イエスさまは「神の福音を宣べ伝えて、悔改めて福音を信じなさい」と、宣教を開始されましたが、それと共にこのマルコの福音書にも沢山記されていますように、病人や悪霊に取りつかれている人をおいやしになる働きをなさいました。本日の箇所も悪霊に取りつかれた人をおいやしになる記事でありますが。
この記事の舞台は、ゲラサの人の地方となっています。聖書の後ろのページに記載されている地図を参照、ガリラヤ湖から東方約55キロの町で、ローマの主権の下にある地で、ユダヤ人が汚れた動物と忌み嫌っていた豚が飼われていた土地がらから、異邦人の多く住み、商業の盛んな町でもあったようです。本日の所ではイエスさまがこの異邦人の住む地において神の福音を宣べ伝え、悪霊に取りつかれた人をおいやしになられるのです。

さて、イエスが舟から上がられるとすぐに、汚れた霊に取りつかれた人が墓場からやって来たと、あります。この人は、「これまでにも度々(町の人々からでしょうが)足枷や鎖で縛られたが、鎖を引きちぎり足枷は砕いて、昼も夜も墓場や山で叫んだり、石で自分を打ちたたいたりしていた」「墓場を住まいとしていた」等と記されています。
如何ともし難いその状態から何とか脱したい、解放されたいと切に願えど、自分ではどうすることもできない。そのようなジレンマの中でただもがき苦しみ身体を石で打ち叩いてその痛みによって耐え難い魂の苦痛から逃れようとする。頼れる人など一人もいない。墓場に行って死んだ人でもいい、誰か助けてくれと、呼び叫ぶ。彼には心の拠り所とできる居場所がどこにもなかったのであります。

イエスさまがその人と出会った時は、まず悪霊に向かって「汚れた霊、この人から出て行け」と言われました。すると汚れた霊は、「いと高き神の子イエス、かまわないでくれ。後生だから、苦しめないでほしい」と大声で叫んだとあります。興味深いのは、汚れた霊は、イエスに走り寄って平伏し、イエスが「いと高き神の子」であることを認めていたということです。しかし、そのことを知っていながら「構わないでほしい」「関わらないでいてほしい」と訴え願うのです。汚れた霊は人間を縛り、苦しめるところにその存在意義があるからです。イエスさまはその働きを断ち切り、人間を真に解放し回復し、汚れた霊を追放するために来られた。だから、汚れた霊はその存在そのものが否定されることに対し、「大声で、構わないでくれ」とイエスさまとその介入を断固拒否するのであります。

さらにイエスさまが、「名は何というのか」とお尋ねになると、「名はレギオン。大勢だから」と言った、と記されてあります。レギオンとはローマの軍隊の名称です。それを複数の悪霊がこの人を捕らえていったとも解いせますが、いやこの人はローマ軍の残虐な行為を見て恐怖症となり、長く苦しんだのだという説もあります。
近年ではあのイラク戦争で米軍部隊が残虐な行為を繰り返し、殺戮をなした記憶がずっと脳裏から離れず、今も苦しみ悩まされ、病んでいる米軍の帰還兵たちがいるということでありますが。いつの時代も戦争は人間性を損なわせ、永きに亘って罪責間や負の感情によって人を縛りつけているのです。

さておき、イエスさまは「あなたの名は何というのか」と、その名前を聞かれます。それは悪霊への問いかけであり、同時にその人に対する語りかけでもあります。しかし彼は「レギオン・大勢」というふうに、その集合体や組織の部隊名でしか答えることができなかったのであります。そこには、一人の名をもつ個人の存在はありません。彼は組織や部隊という集合体の中で、自分の存在意義を見失っていたと言えるのかも知れません。そのような人と、イエスさまは一対一で、一人の人として向き合おうとされるのであります。

私たち日本人はその昔から和を重んじる民族です。調和を保ち、周りの人に合わせてゆくことを美徳とします。それは現代社会にも引き継がれ、学校でも企業でもあらゆる集まりで、暗黙のうちにも人を従わせます。しかし、そうでない人は異端者あり、多くの場合出る釘は打たれるのです。近日ライン、あの携帯やスマホの仲間うちで登録された人同士だと通話代無料で話せるというそのラインが話題になっていますね。その輪の中に入れない人、そのラインのつながりを持たない人は友人知人の情報に取り残される疎外感や、自分の知らないところで進んでいく話と状況に不安が募っていく。それがまたいじめなどにつながってしまうこともあるそうです。組織や集合体に取りこまれ安直な安心感を得ようとするような現代特有な悪霊が働いているようにも感じます。
もちろん和が保たれ、秩序が守られ和やかに生活できるのは快適でもあります。けれども、異質なものとしてはじかれることを恐れるあまり、自分を見失い「大勢」という名の集合体に取り込まれてゆくとしたなら、それはあまりに虚しいことです。聖書の神さまは、「大勢」ではなく、唯一人の私の名を呼んでおられるのであります。

さて、この人に取りついていた汚れた霊どもは、「自分たちを豚の中に送り込み、乗り移らせてくれと」イエスさまに懇願します。イエスさまはそれをお許しになったので、汚れた霊どもは出て、豚の中に入った、とあります。イエスさまのお許しがなければ汚れた霊は出て行くこともできなかったというのであります。何と2千匹ほどの豚の群れが崖を下って湖になだれ込み、死んでしまうのです。先立って中国で豚の大量死が思い起こされますが。この人の背負っていた、いや背負わされていた苦悩と苦痛の大きさと、その解放のためには、それほどの犠牲が必要であったことが示されています。

ゲラサの町や村の「人々は、レギオンに取りつかれていた人が服を着、正気になって座っているのを見て、恐ろしくなった」と記されていますが。彼らは豚の騒動を知って恐ろしくなったのではなく、汚れた霊に取りつかれていた人の変わりようを見て、驚き恐れたのであります。それで人々はどうしたかといいますと、何とイエスさまに「この地方から出て行ってもらいたい」と言い出したというのです。一人の人の尊厳と存在がイエスさまによって回復されたにも拘わらず、その地方の人々はイエスさまに「ここから出て行ってほしい」と訴えたというのです。それはよくよく思いますと、汚れた霊が、「構わないでくれ」「関わらないでほしい」と言ったのと同じことを、イエスさまに対して町や村の人々もまた言っているのですね。彼らもまた、イエスさまとの関わりを拒絶する汚れた霊に縛られたような者であったといえないでしょうか。

汚れた霊に取りつかれていた人は、「度々足枷や鎖で縛られていた」とありましたが。これをしていたのはゲラサの町や村の人々でありました。何とか彼を縛りつけ、勝手なことができないように封じ押さえ込もうとしたのでしょうが。人々はその汚れた霊に取りつかれていた人の境遇や状態についてまったく無関心で関わろうとしなかったのではないでしょうか?鎖や足枷をはめる事のみで、その一人の人やその家族と向き合うことはなかったのではないでしょうか。「またあの男が大声で暴れている」「またあの男が鎖を引きちぎった」。その人の名が呼ばれることはなかったでありましょう。
さらに彼らは、その人を悪霊から解放し、一人の人間としての存在を取戻して下さったイエスさまをも拒否し、町から追い出そうとしたのですね。その理由は何でしょうか?
恐らく彼らは、イエスさまと関われば面倒なことが起ったり、やっかい事が増えるに違いない。巻き込まれたくない、そんなのは御免こうむりたい、とそう考えたのではないでしょうか。
私たちは、イエスさまが諸悪の根源を、その名を尋ねることで見極めようとされたこと。又、イエスさまが世にあって失われたような状況におかれた人を一人の人間としてその尊厳を回復されていったことを心に留め、祈りつつ、そのイエスさまのお働きに参与させていただきたいと願うものです。

さて、本日の箇所の最後のところで、いやしと解放を手にした人は「イエスさまと一緒に行きたい」と願うのでありますが。イエスさまはそれを許さないで、「自分の家に帰りなさい。そして身内の人に、主があなたを憐れみ、あなたにしてくださったことをことごとく知らせなさい」と、おっしゃったということです。

イエスさまと一緒に行きたい。彼の中に自分を排除してきた地域の人に対する怒りや恨み、今更関りをもつことなどできない、という心情や恐れがあったのかも知れません。
けれどもイエスさまは、敢えて彼がその地で生きて行くように送りだされます。彼にはその地における彼の役割が委ねられたのです。それはまず、自分の家族のもとに帰って自分がいやされ解放されたことを知らせるということから始められるのです。そして家族からゲラサの地域へと、さらにデカポリス地方全体にまで言い広められていくことになるのです。それは彼に与えられた彼にしかできない役割であり、働きであったのですね。

私たち一人ひとりにも、私にしかできない働き、私だからこそ与えられた役割がきっとあるはずです。身近な家族、さまざまな出会いと関りの中にそれはあるかも知れません。
イエスさまは「主(神さま)があなたを憐れみ、主があなたにしてくださったことをことごとく知らせなさい」、つまり「神のみ業」を証ししなさい、ことごとく知らせなさいと送り出しておられるのですね。
私たちも又、解放と救いの業に与っている者として、身近なところから「主のみ業と恵み」を伝えていく証し人とされていきたいですね。天に召されましたE姉は、普段あまりご家族にも教会や信仰についてお話しになることは少なかったようでありますが、しかしその思いは姉妹の立ち振る舞いや態度によって、ご兄弟には伝わっていたのですね。お葬儀という人生の別れの時に、ご家族に姉妹の主のみ業についてのお証しがほんとうに満ち溢れていたことは感謝でありました。
今日から始まりました一週も又、それぞれに主のお導きと守りのもと、主と共にあゆんでまいりましょう。
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安息日の主イエス

2013-04-14 21:52:12 | メッセージ
宣教 マルコ3章1~6節 

この箇所は2章の終りからの「安息日」をめぐるファリサイ派と人たちとの論争の続きでもあります。そこに登場するファリサイ派の人々たちというのは、律法を厳格に守り、聖なる者として生きるために自らを世俗と分離させる考えに立つ人たちでした。彼らは神の救いによる復活の信仰を持っていましたが、残念ながら目の前におられるイエスさまのを受け入れることができません。それどころか、主のお言葉とそのなされる行いに反感と敵意を燃やします。すでに多くの群集がイエスさまを慕い求めて従おうとしていましたから、嫉妬心も働いたのでありましょう。そこで彼らは何とかして、イエスさまの揚げ足を取っておとしめようと策略を図っていました。
 2章の終りのところでは、安息日にイエスさまの弟子たちが、あまりの空腹に麦の穂を手で摘んで食べたことに対して、ファサイ派の人たちが「律法では安息日に労働することをを禁じているのに、手で穂を摘んで食べた。それは労働じゃないか」と訴えるのですね。神の教えを説いていながら弟子たちは律法の規定を破っているじゃないかというわけです。  
 それに対してイエスさまはどうお答えになったかというと、「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」と、そうおっしゃられるんですね。
 
イエスさまはユダヤ人として生まれ、ユダヤの宗教教育や律法について学び、それを大事にされていました。マタイ5章17節をちょっと読んでみましょう。(新共同訳p7)そのようにイエスさまは律法を大事になさったのでありますが、17節にありますように、それを完成するためにわたしは来たのだ、とおっしゃるのです。
イエスさまは律法が人を縛りつけるためにあるのではなく、人が人として生きるためにあるのであって、本来それは人が神の御心に適う祝されたあゆみをなすために与えられたものだということを、「安息日は人のために定められた、人が安息日のためにあるのではない」という言葉で戒められたのです。
 
出エジプト記には、安息日に関する様々な規定が記されています。
その20章8~11節は、律法の大本となる十戒の1つとして安息日を心に留めこれを聖別せよと記されていますが。それは6日の間働いて、7日目は主の安息日だから如何なる仕事もしない。息子も娘も奴隷も、家畜も寄留者も安息日とする。なぜなら主なる神さまご自身6日の間天地創造の業をなされ、7日目に休まれたから。主がそうして安息日を祝し聖別なさったからというのいですね。23章12節には、さらに詳しく奴隷や寄留者や家畜を休ませて、疲労回復させ過酷な労働から保護する規定が記され、31章13~17節には、過酷な労働から弱者や奴隷を保護せず、安息日を侵害する者に対する厳格な裁きが記されています。
安息日、それは人が、神の御業と祝福に応えるべく聖別された日であるとともに、人間を過酷な労働や苦役、道具のように扱い非人格化していく事に対する解放と休息の日であるのです。
 けれども、ユダヤ教の中で熱心であったファリサイ派の人々は、その規定の精神や心よりも規定を厳守することが目的のようになっていったのです。そうなりますと自分たちは厳守しているのに、他の人たちが守ろうとしないのは何事か、と人を裁く思いやエリート意識やらが頭をもたげてまいります。特に社会的に弱い立場の人たち、貧しい人たちなどは、安息日の規定を文字通り守ることが難しかったのでありますが。ファリサイ派の人たちは、そういう人々との交わりを断ち、(ファリサイというのは分離するという意味ですが)文字通り隔ての壁を造っていたのです。

それとは対照的だったのがイエスさまでした。社会的に弱く貧しい人々の多くは、宗教教育も受けられず律法の知識を持っておらず、またその厳しい境遇や貧しさのために安息日すら守ることができず、その日暮らしで精いっぱいでした。イエスさまはそういう人たちと出会い、交わりを持ち、食事をされたのです。「幸いなるかな心の貧しき人たち。天国は彼らのものである。幸いなるかな義に飢え渇いている人たち。その人たちは飽き足りるようになるであろう」(マタイ5章)。それがイエスさまの教えであり、自らの行いをもって実践されたのです。しかし、そのことがファリサイ派の人たちから猛烈な反感を買うことになるのです。
安息日の精神は、神の祝福のもと人が人とされる解放の日。その祝福と解放を告げるためにイエスさまは来られたのです。

さて、本日の箇所は「安息日にイエスさまが会堂で手の萎えた人をおいやしになる」記事ですが。安息日イエスさまが会堂にお入りになると片手の萎えた人がいました。ファリサイ派の人たちは「イエスを訴えようと思って、安息日にこの人の病気をいやされるかどうか、注目していた」とあります。癒すという労働をなして安息日の規定を破るとは何事か、とイエスさまを訴える口実を探っていたのであります。
すると、イエスさまは人々(これはファリサイ派の人たち)に言われました。
「安息日に律法で許されているのは、善を行うことか。悪を行うことか。命を救うことか、殺すことか」。
 
このイエスさまのお言葉にファリサイ派の人々は、「黙っていた」とあります。それはどのようにも答えようがなかったからです。仮に彼らがここで、「善を行うことです」「命を救うことです」と答えるなら、それはイエスさまのなさったことを認めることになり、結果的に益々民衆はイエスさまに従うようになっていくでしょう。反対に病人を見捨てるともとれるような発言をすれば、彼ら自身の倫理性や人間性が問われることになってしまいます。だから彼らは「黙りこむしかなかった」のです。
そこで、イエスさまは「怒って人々を見回し、彼らのかたくなな心を悲しまれた」と記されています。イエスさまはお分かりになっておられたんですね。ファリサイ派の人たちが病人であるひとその人を自分をおとしめるための道具のようにしか見ていないということが。イエスさまは社会にあって弱く、小さくされた人が、自分をおとしめるための道具やモノのように見なされていることが許せなかったのですね。又、自分たちのプライドや立場のために神の愛を拒むかたくな心が悲しかったのであります。
皮肉といいましょうか、怖いことには、律法の規定を厳格に守り、それを第一としていたような人々が、神の憐れみと愛に満ちた律法の精神から離れ、逆に人を蔑視し、憎しみをもつような者となるのです。私は今日ここを読みます時に、「原理主義」というものの恐ろしさを感じました。何にしろ、その根本の原理というものは大事でありますが。しかしそれが自分や組織のいうことだけが正しい、誤りがないというふうに原理主義になりますと、その原理や精神と相反するものに変質してしまうのです。今日の世界もまた、この社会においても、姿かたちを変えて原理主義は幅を利かせ、人間性を侵し、相容れぬ者を葬り去ろうとするのです。
 私たちはどうすればこの原理主義的な思考を回避することができるでしょうか。倫理や道徳でさえ、ともすれば排他的な原理主義になることがあるのです。それを避けるためには対話や相手を理解しようと努めることが大切でしょう。けれどもそれも限界があります。そこに先ほどご一緒に読みました、「律法を完成するために世に来られたイエスさま」、このお方が必要ななのであります。
人がほんとうに神の前に正しく生きようと願うなら、知識や学問にも優ってまず、「今、イエスさまならどう考え、行動なさるだろうか」ということを、聖書と祈りの中から聞きとっていくことが大事であります。律法の本質である「善を行うこと、命を救うこと」の祝福を私たちはこの方から聞き、祈りつつ、従ってまいりたいと心から願うものです。

さて、本日の箇所には、「会堂に片手の萎えた人がいた」と記されてありますが。
ルカ福音書(6章6節以降)の同じような並行記事には、その萎えた人の手は「右手」であったとわざわざ記されています。まあ普通右の手とは、人にとって利き手、働きの手であります。しかしその手が萎えて、動かなくなった人がここにいたのです。この人はどういうお仕事していたんだろうかと想像することもできるでしょう。このような時代のことであります。何か仕事をするにも、日常の生活をするにも、その利き手、働き手が動かなくなってしまったのですから、それは致命的なことで、先行き、将来に対しての望みが断たれてしまったも同然であったと言えましょう。その人の心の悲しみは如何ほどであったことでしょう。すべてに自信を無くし、顔を上げることもできず、もしかすると、会堂の目立たない隅の方でうずくまるように座っていたのかも知れません。

イエスさまは、その手の萎えた人に、「真ん中に立ちなさ」と呼びかけられるのであります。
「真ん中に立ちなさい」。このイエスさまの呼びかけ。それは「あなたは神の御前にあって尊い一人の人間である」という祝福の招きであります。旧約聖書のイザヤ書43章4節に、神さまが民に語りかけられた御言葉としてこういうお言葉がございます。「わたしの目にはあなたは価高く、尊い」。
 この世界では多くの場合、社会的に弱い立場の人たちは脇へ脇へとおいやられる、まるで無いモノのように扱われ、疎んじられ、忘れ去られる。それがこの世の法則であるかのような世界であります。
けれどもイエスさまはこの萎えた人に対して、「あなたの存在そのものが大切なのだ。神の前に価高く尊い存在なのだから」と、そのような思いを込めて「真ん中に立ちなさい」と招かれたのですね。今もイエスさまは、人の影に隠れてしまいたいような私、うずくまる外ないような私、私なんかと顔を伏せてしまうような私に、「真ん中へ立ちなさい」と招かれているのです。主は今も、あなたを招いておられるのであります。

イエスさまが「安息日に律法で許されているのは、命を救うことか」と言われた「命」とは、原語で「プシュケー」;それは人間の肉体の命だけでなく、精神的な命を含んだ「魂」とも訳せます。イエスさまは、この一人の魂へのまなざしをもって何よりも霊的な神さまとの交わりにおける「魂の救い」、その命の回復を切に願っておられるのであります。

イエスさまはその人にさらに言われます。「手を伸ばしなさい」。
主イエスがこの人に求められていることは何でしょうか。それは、イエスさまに信頼して、そのお言葉のとおり「手を伸ばす」ことです。それは、ここで彼自身が主に信頼して、神の愛と祝福を受け取り、身も魂も回復されることであります。どんなプレゼントも愛情込めて贈られたものという信頼がなければ、受け取る人にとって価値あるものとはなりません。同様に神さまの祝福も、その愛を信頼をもって受け取らないなら意味はありません。
「手を伸ばして受け取っていく」信頼、信仰が求められているのです。
彼が「手を伸ばすと、手は元どおりになった」と記されています。彼は主イエスの招きに励まされ自らの意志によって神の愛を信頼し、お言葉どおり手を伸ばしたのです。すると手は元どおりになった、というのです。それは萎えた手が元どおりになったことも喜びでありましょうが、それにも優り、「神の前に価高く尊い存在」として見出された、その魂が回復され。そこにこの人の大きな大きな救いの喜びがもたらされたことでありましょう。彼は本当の意味で、神の御前における安息の日を得たのであります。

夜の祈祷会に出席されているSさんが、この手の萎えた人のお話しを読んでこのようなことをお話しくださいました。「わたしも以前脳梗塞で倒れた経験があり、その後リハビリをして、起き上がろうとする時、そして歩き出す時に、ほんとうに勇気がいるということを経験しました」と、逆境にあった時一歩を踏み出すというのは本当に勇気がいる事です。この聖書の手の萎えた人が、人々の好奇の視線、敵意の中でイエスさまから「手を伸ばしなさい」と言われて、それに応えていくには、ある意味大きな緊張と恐れがあったことでしょう。けれども、その人がイエスさまの招きに励まされ手を伸ばしたその時、神の救いは訪れました。

本日の宣教は「安息日の主イエス」という題をつけましたが。
安息日の精神、その心は「一人ひとりの魂が主のもとに立ち帰り、主との交わりの回復を得る」ことにあります。
イエスさまの手の萎えた人を見つめるまなざしは、その人のありのままを受け入れていこうとするものです。そのイエスさまのまなざしが、今も私たち一人ひとりに注がれているということ。そして又、イエスさまのまなざしの向けられた人に、私たちも眼を向け、共に祈り、支え合いながら歩んでいくことができるようにと願い、祈ります。

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主イエスがいなければ

2013-04-07 13:46:28 | メッセージ
宣教 マルコ1章29~39節

先週のイースターからあっという間に一週間早いな、と感じるのは私だけでしょうか。満開の桜は爆弾低気圧で散っていき、もう薄緑の葉桜になって新緑の季節に移っていこうとしているようですが、神さまはすべてに時を定め、一切を滞りなく持ち運んでおられるのですね。私も先週は久々に休みをとって家族と犬の散歩も兼ね大阪城公園の花見にいってまいりました。天気もよかったこともあり、平日というのに沢山の人で賑わっていました。特にアジア各地から観光で訪れている人たちが大変多かったです。
桜は本当にきれいでしたが、美しさを感じる心に国境はないのですね。

先週は又、去る3月26日に天に召されたY兄のご自宅を訪問させて戴きました。
奥様から故人を偲びながら、想い出話や兄とかつての教会との関係なども伺いました。奥様はクリスチャンではなく、他の宗教を信じておられる方なのですが。この日も「主人の信じていたキリスト教で素晴らしい葬儀をして戴き、ほんとうによかったです。主人も喜こんでいると思います。召天50日祭と納骨式はぜひお願いします」と頼まれて、Y家のご自宅を後にいたしました。この兄が天に召される半月前に再び大阪教会とのつながりを得られたこと、それは主の御もとに帰ってゆかれる備えの時であったことでしょう。こういう形でY家の方々との出会いとお交わりが与えられていることに、神さまのお導きを強く感ぜずにはいられません。

先週はさらに、初めての方からお電話があり「サイトで教会のことを知りました。お話できるでしょうか」ということでした。その方と月曜日にお会いしてお話をし、水曜日の夜の祈祷会にも参加され、本日もいらっしゃっているでしょうか?そういう出会いも与えられました。

さらにさらにですね、木曜日ここで夜遅くまで仕事をしていましたら、以前水曜祈祷会にいらっしゃった方が、旧会堂の前を通りかかった時に大阪教会のことを思い出されて、不思議と導かれるように仮会堂へ辿り着いたとおっしゃるのですね。ひとしきりお話した後、その方の抱える課題について「主に執り成して戴きましょう」と、祈ったのでありますが。祈りの後、「先生のお祈りは、まるで私の状況をよくご存じであるようで、感謝です」とおっしゃったのです。これは私ではなくその方のすべてをご存じであられる聖霊のお働きであるのです。主の御言葉と福音は、ほんとうに心と魂が飢え渇いている人のもとにストレートに響き、慰めと励まし、そして力となるんですね。
 これらすべての出会いも又、神さまのご計画であり、主は今も本日の箇所にありますように「昼も夜も生きて働かれるお方なのだ」と、まるでこのメッセージを体験させて戴いたような一週間でございました。

さて、本日の聖書の箇所には、イエスさまが高熱で寝ていた弟子のシモンのしゅうとめをお癒しになったエピソードと会堂のある町で宣教をし、病人を癒し、悪霊に取りつかれた者から悪霊を追い出されたイエスさまのお姿が記されています。又、そこにはイエスさまを必要とする人々と彼らを執り成す人々の姿があります。
シモンのしゅうとめの癒しの場面では、イエスさま一行がシモンの家に着くと、しゅうとめが高熱で寝込んでおり、人々が早速彼女のことをイエスさまに話します。それをお聞きになったイエスさまがしゅうとめの手を取って起こされたところ、彼女の熱は去りました。癒された彼女はイエスさま一行を心からもてなしたということです。

その後もイエスさまのお言葉に力があり、癒しの業がなされることを知った人たちが、苦しんでいる人々をぞくぞくとイエスさまのもとに連れて来たことが記されています。
現代では医療技術も進み、薬も増え、よい病院があると口コミやサイトで検索して多くの人が押し寄せて予約待ちになるというような世の中でありますが。そんな現代にあっても、やはり医学では癒し難い病、苦しみと解放を必要とする数知れない問題状況がございます。何よりも魂の安息と満たしは人の努力や鍛錬だけで得られるものではありません。このような時代であるからこそ、その必要が求められており、キリストの教会と私たちも主イエスと共に応えていきたいと願わされます。

本日の箇所の後半には、「朝早くまだ暗いうちに、イエスさまが起きて、人里離れたところへ出て行き、そこで祈っておられた。シモンとその仲間はイエスさまの後を追い、見つけると、「みんなが捜しています」と言った、とあります。

ここには、イエスさまを尋ね求めて必要とする人々の姿と、苦しんでいる彼らをイエスさまに執り成そうとする弟子たちの姿があります。双方のどちらもイエスさまへの期待の強さが伺えます。
又、イエスさまが必要とされる場が会堂、礼拝の中だけに留まらず、シモンのしゅうとめの家という日常の場所、さらに会堂のある町や村周辺にまで亘っていたことが読み取れます。

しかし、ここを読んでみますと。弟子たちやイエスさまを必要とした人たちの求めに先立って、まずイエスさまご自身が苦しんでいる人、又心や魂に飢え渇きをおぼえている人のもとに出かけて行かれ、その一人ひとりと出会い、お言葉をかけ、病む人には手をおいて癒され、又祈り執り成されたということであります。
それは本日の箇所にありますように、「夕方になって日が沈む」時から、まだ「朝早く暗いうち」(パレスチナ地方では1日は夕暮れから始まるのです。)つまりイエスさまは一日中ずっと休む間もなく、務めておられたということです。私たちが求める先から、執り成し働く先から、実は私たちの気づかない間にも主は働かれ、祈り執り成してくださっておられる。それは今日も同様であります。

今私どもは復活なさったイエスさまを肉眼で見ることはできませんけども、しかし聖書の御言葉を読んでいるときに、又祈りを捧げている中で、あるいは日常の何気なく過ごしている時にも、その渇きと求めを知り、たえずイエスさまは私たち一人ひとりに向けて導き、語りかけておられるのであります。

始めに、先週はサイトを見て初めてお電話を戴き、祈祷会にも集われた方のことや、旧会堂前をたまたま通り過ぎていると、教会のことを思いだして、ここに来られた方のことをお話しましたが。それは単なる偶然ではなく、主のお招き、導きがあってのことなのです。主の呼びかけ、御声があってのことなのです。それは以前心に留まった聖書の言葉かもしれませんし、教会の存在、又信徒のあかしかもしれません。それらを通し、用いて復活の主イエスさまは本当に私たちの生きているその隅々にまでお働きになられ、いつも様々な御声をもって呼びかけておられるのですね。

教会という主にある交わりの場は、この活ける主イエスさまの御声に導かれた一人ひとりが呼び集められたところです。エクレシア。共に「主イエスがいなけれれば」という者同士が、主にあって共に祈り、支え合いながら生きる場であります。
礼拝や祈祷会などの集いにおいて、益々あかしを持ち寄り、分かち合っていきましょう。生きた信仰は、主の御救いを尋ね求める人たちの間で育まれます。主のお働きや導きについての体験や御言葉の活きたあかしを互いに持ち寄り、互いに執り成し、分かち合うことで、祝福と信仰に生きる力を戴くことができます。その命の糧は又、聖霊の豊かな執り成しによって、私たちの家族や友人、さらに日々出会う隣人へと分かち合われ、恵みで満たされていくのです。

イエスさまは言われました。「近くのほかの町や村に行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出てきたのだから。」そして、カファルナウムの町だけに留まらず、ガリラヤ中の会堂に行き、宣教し、悪霊を追い出されるのであります。
まあこのように、イエスさまはほんとうに、町の隅々にまで出かけられて神の国を伝え、癒しの業をなし、苦しむ人たちのために生きられたのであります。私たち主の福音によって救われたものも又、この主と共に働くとき、主は私たちと共に働いてくださいます。

最後に、今日の箇所のところで、イエスさまが「朝早くまだ暗いうちに、起きて、人里離れた所へ行き、そこで祈っておられた」と記されています。
聖書教育の聖書の学びのところには、その祈りが「人々の苦しみと暗さを肌で感じられておられる様子を表している」と解説されていましたが。一方で、イエスさまご自身も疲労と困ぱいのピークにあり、霊的にも渇きをおぼえておられたのではないかと思うのですね。お一人になって唯父なるお方(神)と向き合って祈ることで、平安の安息と新たな力の満たしを得ておられたのではないでしょうか。イエスさまであっても人間としての飢え渇き、霊的な飢え渇きを癒し、満たす祈りの時を必要とされたのです。そして、イエスさまが人里離れた所に出て行って祈られたのは、実は多くの飢え渇いている一人ひとりと出会い、神の言葉、神の国を宣教し、苦しんでいる魂に平安と解放を告げるための大事な時であったのです。

私たちもこのように、日曜日に主を礼拝することによって一週間の一日一日を歩んでいくための霊的なエネルギーを戴き、水曜祈祷会や日々の祈りと御言葉によって聖霊の油を注いで戴いているのであります。

本日は「主イエスがいなければ」という題をつけさせて頂きました。主イエスがいるから生きていける。主イエスがいるから前を向いてあゆんでいける。今週もこの主イエスのお姿を捜し、主の御声を聞いて、応えてゆけるよう過ごしてまいりましょう。

ヨハネ15章4節を読んで宣教を閉じます。
「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を 結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」


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復活祭・イースター宣教

2013-04-01 10:17:24 | メッセージ
「復活の希望」 Ⅰテサロニケ4章13~18節 

イースターおめでとうございます。主イエスは十字架の苦難とその死をとおられた後、眠った者の最初の方としてよみがえられた、復活なさいました。そしてその主は、本日の聖書にありますように、再臨の主として、再び来られて主を信じる者と相見えてくださる、と聖書は語ります。

先週私は、26日から28日の間の3日間、福岡地方連合少年少女会・春の修養会(平尾教会・大名クロスガーデン)の講演で福岡に出張したのでありますが。その間に思ってもみなかった2名の方々が天に召されました。まず、26日の朝8時過ぎ頃でしたが、電話があり受話器を取ると、以前礼拝の宣教でも触れた、Y兄の奥様から、「先生、主人が零時過ぎに亡くなりました。助けて下さい」という声でした。もう私は唖然としました。一時的に落ち着いたので退院されてご自宅に戻っておられて、ご様態もよかったと伺っていたものでしたから。ところが、急にご自宅で倒れられて、救急病院に搬送されるも、そのまま意識が戻らず亡くなったというのです。実は、この奥様から「もし主人が亡くなった場合は、ぜひキリスト教式でお葬儀をあげてください」と頼まれ、私にできることはやらせてもらいます、と約束していたのです。ただ一つだけ、26日~28日は福岡に出張に行くのでこの3日間に万が一のことがあれば、私は司式をすることができません。ただ私の知り合いの信頼できる牧師にお願いして、キリスト教式でお葬儀をして戴くようにします、とそのようにも伝えて了解してもらっていたのです。その万が一の事態が起こるとは、私も想定していなかったものですから、さすがに「うわ、どうしよう」と、大変戸惑ったわけです。それで、心静めて祈りながら示されたのが、S牧師でした。関西地方連合で2年間、会長と副会長というお交わりを戴く中で、「この牧師ならお願いできる」という思いが与えられ、ほんとうに突然でしたけれどお電話すると、「ああ、福岡に出張で大変でしょう。わたしでよければお葬儀のこと行なわせてもらうよ。心おきなく福岡にいっておいでよ」と、S牧師から優しく何ともあり難い言葉をかけて戴いたのですね。ほんとうに私も救われた思いでした。そうして出張から帰った朝に、Sさんの奥様にお電話をし、「どうでしたか?」とお尋ねしてみますと、受話器の向こうから、大きな声で「先生ほんとうによい葬儀をして戴きました。主人も喜んでいると思います。ありがとうございました」という言葉が返ってきました。はあ、ほんとうにまたまた、安堵と神さまのすごいお導きを実感しました。S牧師にはただ感謝であります。

そして、もう一人の方が亡くなられたという知らせを聞いたのが、福岡での春の修養会の二日目の朝、それは友人のN牧師から伺って知りました。その亡くなられた方というのは、前日の講演で話をした「私が小学生の時に初めて教会に誘ってくれた友人」のお母さんでした。これも全く思っていなかったことだったので、頭がまっしろになりそうでしたが。すぐ後にもう一本講演を控えていましたので、心を静めて講演に集中し、何とか無事終えることができましたが。それで、その前夜式が修養会最終日の午後7時から小倉にあるシオン山教会で行われるということになり、これだったら帰りの新幹線の時間を遅らせれば前夜式に行けるということを知ったのです。ほんとうに不思議に思いましたのは、なんでこの福岡に来ている丁度その時に、私が主イエスと出会うきっかけとなった友人の話をしたその時に、私にはこれは偶然じゃあない。神さまが大事なお母さんを亡くした友のところに行くよう仲介をくださったのではないか、とそう思えたのです。彼と私とは親友であり、小中高時代はずっと彼の家にあがりこんでは家族のようにご飯をよばれ、よく泊めてもらい、彼のお母さまが「うちの三番目の息子」といってくれて、いつも暖かく迎えてくださっていた事どもが、前夜式の間中思い出されて涙がでました。前夜式でその友は涙ひとつ流すことなく、遺族代表として淡々と入院からの経過報告をされ、立派な挨拶をしました。前夜式が終わって私は真先に彼のもとに行って声をかけたのですが。彼曰く、「今は母が亡くなったという実感がないんだろうね」といっていましたが。言葉もありませんでした。お母さまが主イエスさまの約束の希望をもって天に旅立ったこと。又、ご家族がいつの日か必ず訪れる主の御もとにおける再会のときを信じておられること。それは私にとりましても大きな慰めとなりました。心の中で祈って小倉を後に帰ってまいりました。帰宅すると翌29日の午前零時を回っていました。
 死はこの地上においての最期の寂しく、辛いお別れとなりますけれども、しかし活ける者、死ぬ者すべてを司り、守っておられる神さまの導きが確かに、そして豊かにあるということを今回また改めて強く感じることができました。

本日の聖書のお言葉は私たちにこう語りかけます。
13節「兄弟たち、既に眠りについた人たちについては、希望を持たないほかの人々のように嘆き悲しまないために、ぜひ次のことを知っていてほしい」。

私たちにとって死の別れはほんとうに辛く、寂しいものであります。特に身近な家族が亡くなるということはそうであります。けれども、聖書は言うのです。「既に眠りについた人たちについては、希望を持たないほかの人々のように嘆き悲しまないでほしい」。
ここに「眠りについた」と書かれてあります。実はイエスさまは死を眠りと言われた(マルコ5章39節)のです。つまり主イエス・キリストを信じる者にとって、死は「覚まされる」ための一時的眠りであるのです。ここに信仰とその希望をもっている人と持っていな人の違いが大きくあります。

このテサロニケの信徒たちが生きていた時代のことを少しここで触れておきたいと思いますが。彼らは主イエスが間もなく再臨されると信じ、その日を迎えることを大きな希望として抱いていたのであります。ところが、その信徒たちの中に、主イエスの再臨が起こる前に死んだ人はどうなるのだろうかと不安や恐れをもつ者。又、せっかく福音を信じて罪ゆるされ、苦難に耐え忍んできたのに死んでしまえば、再臨の主ともう会えなくなり、その祝福のときに与ることができないと嘆き戸惑う者がいたようです。

この手紙を書いたパウロは、そういう信徒たちが嘆き悲しむことがないようにと、主イエス・キリストを信じる者に与えられている「希望」について語っています。
その希望は「主イエスが十字架の苦難と死をとおって、復活された」という信仰にあります。たとえ主イエスを信じる者が主の再臨の前に死んだとしても、14節にありますように「神は主イエスが復活されたのと同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます」。アーメン。神は生きるも、死ぬも、滅びも、再生もすべて司っておられるお方なのです。
既に眠った者については、復活の主イエスさまと一緒に再臨の時を迎えることができる「希望」がある。それはいまだ地上におかれている私たちにとっての再会の希望でもあります。

又、ここでパウロは「主が来られる日まで生き残るわたしたちが、眠りについた人たちより先になることは、決してありません」「キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引きあげられます」「私たちはいつまでも主と共にいることになります」と述べています。
ここには、主を信じて眠りについた者、死んだ者が生きている者たちよりも先に復活に与るという大きな希望が語られ、さらに主の再臨の時に生きている者も又、復活に与った者と一緒に引きあげられて、「いつまでも主と共にいる」という希望が語られています。

まあこの空中で出会うとか、雲に包まれて引きあげられるというような記述を読みますと、おとぎ話や絵空事のように思われる方もおられるかも知れませんが。まあ物理的にどのような現象として現われるかはわかりませんけれども。聖書の神がお造りになったこの世界は不思議に満ちています。私たちも日常の中で大小の奇跡を経験いたします。まあ「神さまは生きて私をこういうかたちで導いてくださっておられるんだなあ」「ああ神さまは生きておられる」と、そう感じられる瞬間、瞬間があり、よって私の人生は偶然などではなく、神さまの御手の中で持ち運ばれているのだ、という不思議に気づかせてくれます。お話しましたように、3日間のうちに2名もの方が天に召されるというその出来事に直面する中、ほんとうに「主は生きておられる」「すべてを導いてくださっておられる」ということを知らされたことでありますが。私にとりましてそれは、「神のラッパが鳴り響く」ときが、ほんのさきにまで訪れているしるしのような気がしてならないのであります。
今日はイースター、十字架の苦難と死をとおり、復活された主イエス・キリストを祝う日です。それは又、この主イエスを信じる人が、主と共に復活することができるという希望を心から感謝をもっておぼえる日でもあります。

すでに主を信じあゆんでおられる皆さま、今日のこの御言葉をしっかりにぎって希望をもって日々を大切にあゆんでまいりましょう。又、まだ主の福音、主の救いについて信じるに至っておられない方は、ぜひこれからも引き続き主の福音、主の救いを求めて教会の礼拝や祈祷会、聖書の学び会に続けておいでください。きっと、神さまの導きを感じ、主が生きておられることを知る日が訪れることでしょう。

最後にヨハネによる福音書6章39節~40節の御言葉を読んで終わります。
新約聖書(新共同訳p.175)
主イエスのお言葉です。「わたしたちをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えて下さった人を一人も失わないで、終りの日に復活させる事である。わたしの父の御心とは、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終りの日に復活させる事だからである。」
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