今日のひとネタ

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ヒーローになる時、それは今

2019年08月03日 | 甲斐バンド・甲斐よしひろ

 久しぶりに田家秀樹さんの「ポップコーンをほおばって 甲斐バンドストーリー」を読んでいます。何しろ内容が濃いので読むたびに新しい発見や気になる点が出てくるのですが、今回は「HERO ヒーローになる時、それは今」について。

 ご存じセイコーの腕時計のCMソングですが、甲斐バンドを起用することにしたのは電通のスタッフだったとか。セイコー側でも従来の青春さわやか路線から転換して新しいイメージのCMにしたかったそうですが、それを具体化したのは電通でした。

 コンサート会場の楽屋に来た電通のスタッフが、いくつかのコピー案を甲斐さんに提示したところ、3番目にあった「ヒーローになる時、それは今」を指さして「これなら、やります」と言ったとか。そしてその場でキャンペーンキャラクターになることが決定しました。それが1978年10月3日。

 そして10月5日の別の会場でのコンサート終了後、宿泊していた旅館の部屋で甲斐さんとメンバーが曲作りとデモテープを作成。(とはいえ、テープレコーダーにギター一本で吹きこんだもの)

 その後10月20日~22日でスタジオ録音され、12月20日にシングルとして発売されました。コンサートツアーが行われている合間に訪ねてきた広告代理店の1行のコピーからあっという間に新曲を作り、それをレコードにして、それが大ヒットになったというのは驚くべきスピードです。しかも「ヒーローになる時、それは今」というのは甲斐さんの発案ではなく、元々広告代理店のコピー案の一つだったというのも面白くて。ちなみに、ボツになったコピー案には「腕にキラメキ。唇にスイング。」や「僕らの春はムービング。」「時は僕らに微笑む。」などというのもありました。(案はこの他にもあって全部で9コピー)

 この本によると、テレビのCFは1月の「全国高校ラグビー」で一度流されたあと、2月3日から集中スポットとして放映されたとのこと。今の感覚で考えると、コマーシャルで知名度を高めてから「あれを歌ってるのはこの人たち!」ということで、満を持して発売するようにも思うのですが、随分発売が早かったんですね。

 ただ、私の記憶によるとこのCFを初めて見たのは1978年の年末というか79年の年始というかの「ゆく年くる年」。その時点でこの曲のことを知ってたので、甲斐さんのラジオで既に聞いてたのでしょう。あれが「若いこだま」だったのか「サウンドストリート」だったのかと思い調べてみたら、「サウンドストリート」は1978年11月23日開始なので、そっちですね。たしかにAMではなくFMで聞いた記憶がありますので。

 1978年の年末と言うと私は高校受験を控えた受験生だったのですが、なんか「HERO」が流れるという事前情報があって(多分そのラジオでしょう)、「ゆく年くる年」を期待を持って見てました。が、番組見ててもなかなか出てこなくて「むぅ~」と思ってたら、何かのお知らせのBGMがビブラフォンかオルゴールの演奏での「HERO」のメロディで「おおっ!」と思いました。そして深夜になってから、あのスプレーで「HERO」と書くCFが放映されメンバーが映ったのは一瞬だったように思いますが「お~!」と感激した記憶あり。(あくまでも記憶に頼ってます。) その明けた年の春に高校に入学したこともあり、1979年は今も私にとって特別に思い出深い年です。

 さて、この本の話に戻りますが、「HERO」がオリコンチャートの1位になったのは1979年の2月26日のこと。発売から2ヶ月以上経ってますから、セイコーと電通が大々的にバックアップした割には時間がかかったと今になっては思いますが、テレビには出ず世の一般の大人たちにはほぼ知名度のないロックバンドの曲がチャート1位になるのは並大抵なことではなかったというのも、今としてはわかります。

 ヒットしたとはいえ、甲斐バンドとしてはテレビ番組への出演を拒んでいましたが、TBSの「ザ・ベストテン」が出演交渉した結果、3月11日に生出演することとなりました。「どういう形なら出演可能か」というのは両社相当協議したようですが、結果的には「サウンドストリート」の1周年記念スタジオライブを東芝の第一スタジオでやり、そこにTBSのカメラが入って「ザ・ベストテン」で生中継するという形になりました。

 この辺はすごくややこしいのですが、放送法があって他社の利益のためにNHKの設備は貸せないという項目があったのだとか。なので、NHKのスタジオにTBSのカメラを入れることはできず、その解決策として東芝のスタジオになったのですね。当時の関係者の苦労がうかがい知れます。

 この時の様子はこの本にも書かれてますが、記載には大きな間違いがあったりします。というのも、このときは午後8時35分だったとされていること。そして、歌うときに甲斐さんが会場の女の子に「いま何時?」と聞き、彼女の「35分」というのを聞き間違えて「53分」と言ってしまったいうもの。これはまったく違います。

 そもそも「ザ・ベストテン」は午後9時からの放送なので8時35分だったというのは違いますね。また、私はこの時の放送を見てましたが、実際は「9時35分」と言われたのを甲斐さんが「ではこの10時35分の魂を…」と言ってしまって、それで客が騒いだら「なに?」となり、その時点では時計が進んでたので今度は「9時36分!」と言われて、「さっき35分だったのに36分ってなに?」と不服そうに…というのが私の記憶。どっちにしても、すましてるようでいて甲斐さんも緊張してたのは確かなのでしょう。

 この時の映像はテレビ局側から「再放送したい」という要求が再三あったものの、甲斐バンド側は「あれはあの時のことだから」と断り続けているとか。昨年西城秀樹さんの追悼として、この回がTBSチャンネルで再放送された際に甲斐バンドの歌唱シーンはカットされてたのもそういう事情なのでしょう。(ただし、この際にカットされてたことに私は納得してませんが。)

 そんなこんなですが、この本は読むたびに胸がキュンとするような場面がいくつもあります。当時の関係者の話からシンコーミュージックの企画書まで調べた上での詳細な内容ですので、読み応えということではあり過ぎるくらい。ただ、今はこれは絶版でありamazonでもプレミアがついてます。いつでも好きな時に好きなだけ読める私は幸せ者ですね。ホッホッホ。(←ヤな奴)