Fit in fits

たまに富士山を撮影しています。「富士山と乗り物のコラボ」を撮ることが多いです。他のネタはほんの少し。

例の裁判の判決

2008-04-22 23:27:43 | ニュースから
 私は、これが少年の犯罪ではなく大人の犯行だったとしてもやはり死刑だろうなと思われるほど残虐性が高かったのと、一審からの裁判と被告の元少年の発言や友人に出した手紙の内容などの過程を見ても反省が見られなかった点で死刑になったと思う。で、この裁判をずっと傍聴してきた作家の佐木隆三さんの意見が私ともっとも近い意見だと思う。(内容は検索してね)
 2人殺したから死刑かどうかではなくその犯行の残虐な中身を考えてからでないと、少年犯罪の死刑について論じるのはあまりに判例主義であって、この点も被害者の本村さんが会見で言ったことが「当たり前」だと思う。法律では1人殺せば少年だろうと死刑は適用できるのだから。

 ただし、やはり少年から大人になり、一審から二審、そして差戻し審を通じて本当に反省があったのなら、少年犯罪なので死刑は厳しく、無期懲役でもアリだと思うが、弁護団のあまりに荒唐無稽な弁護論法(いわゆる「母胎回帰ストーリー」)と、被告の元少年の差戻し審での「私をナメないでいただきたい」の発言が結局、「虚偽の主張」として裁判所から判断され心象がさらに悪くなったのが死刑を決定づけた気がとてもする。犯行の事実を明かしたうえで、真摯に反省の態度を表せば死刑は回避できたとも私は思う。

 被告を死刑に追いやったのは結局はあの弁護団ではないかと。

 上告はおそらく棄却になるはずで(そうでなければ最高裁は差戻しをしないと思うので)、差戻し審の判決で確定でほぼ間違いないだろう。いくら死刑廃止論者だとはいえもうちょっと被害者のことも思いやらないとこうなっちゃうっていう超大ミスでしょ。


 それにしてもドラえもんに頼ろうとするなよ。ドラえもんに失礼だぞ。
コメント
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