#国は安楽死を認めてください
これはtwitter(現X)で
定期的にトレンドに挙がり続けるワードだ。
国は「バカバカしくて議論する気にもならない」
という態度を貫くつもりかもしれないが、
私は真剣に議論しなければならないと思っている。
オランダやカナダよりも適用範囲を緩くして、
誰でもいつでも安楽死を使えるようにしてもよい
とさえ考える。
なぜなら、「いつでも死ねる」「いざとなれば死ねばいい」
と思うことで、生きる気力が湧いてくるからだ。
一億総うつ病時代の日本では、検討の余地がある。
失敗も恐れなくなり、皆がダイナミックな人生を送れるだろう。
自殺は想像以上に面倒くさいものだし、
失敗すれば半身不随などになって、さらに苦しむ恐れすらある。
また、先日も横浜で
投身自殺に巻き込まれた女性が亡くなる事故があった。
ときどき起こるこういった悲劇もなくすこともできよう。
「残された人が悲しむ」という指摘があるが、
死=悲劇、という宗教観を払拭することも真剣に議論したい。
『死=苦痛のない世界へ旅立つこと』
と肯定的(或いは中立的)に捉えるのはどうでしょうか、
スピリチュアルや宗教関係の皆さん……。
誰もがいつかは死ぬ。
それなのに、死を否定的にばかり捉え続けるのもしんどい。
※ちなみに、もし誰でも使える安楽死を認めたら、
人口が減って国が機能しなくなると言う政治家も。
そもそもそんな国で恥ずかしいと思わないのだろうか……。
また、「死の自由」と同時に
「生の押し付け」についても考えるところがある。
少子高齢化した国では「産め産め」いうけれど、
家畜じゃあるまいし、安易な出産賛美には断固反対したい。
腐敗した家庭に産まれた子どもの悲劇を
真剣に考えているのだろうか。
劣悪な家庭に生まれることで、
理不尽な苦労したり、様々な虐待を受けることで
悪人に育つリスクも高まる。
もちろん後天的な悪人もいるけれど、
「劣悪な家庭に生まれる子どもをゼロにする」だけで
世の中から悪人の絶対数がかなり減り、
世界がよくなっていくのではなかろうか。
※「苦労したからこそ偉人になる」という例もあるが、
それは結果論に過ぎない。
「震災を乗り越えて強くなれた」という例があっても
災害を肯定することはできないように……。
これはtwitter(現X)で
定期的にトレンドに挙がり続けるワードだ。
国は「バカバカしくて議論する気にもならない」
という態度を貫くつもりかもしれないが、
私は真剣に議論しなければならないと思っている。
オランダやカナダよりも適用範囲を緩くして、
誰でもいつでも安楽死を使えるようにしてもよい
とさえ考える。
なぜなら、「いつでも死ねる」「いざとなれば死ねばいい」
と思うことで、生きる気力が湧いてくるからだ。
一億総うつ病時代の日本では、検討の余地がある。
失敗も恐れなくなり、皆がダイナミックな人生を送れるだろう。
自殺は想像以上に面倒くさいものだし、
失敗すれば半身不随などになって、さらに苦しむ恐れすらある。
また、先日も横浜で
投身自殺に巻き込まれた女性が亡くなる事故があった。
ときどき起こるこういった悲劇もなくすこともできよう。
「残された人が悲しむ」という指摘があるが、
死=悲劇、という宗教観を払拭することも真剣に議論したい。
『死=苦痛のない世界へ旅立つこと』
と肯定的(或いは中立的)に捉えるのはどうでしょうか、
スピリチュアルや宗教関係の皆さん……。
誰もがいつかは死ぬ。
それなのに、死を否定的にばかり捉え続けるのもしんどい。
※ちなみに、もし誰でも使える安楽死を認めたら、
人口が減って国が機能しなくなると言う政治家も。
そもそもそんな国で恥ずかしいと思わないのだろうか……。
また、「死の自由」と同時に
「生の押し付け」についても考えるところがある。
少子高齢化した国では「産め産め」いうけれど、
家畜じゃあるまいし、安易な出産賛美には断固反対したい。
腐敗した家庭に産まれた子どもの悲劇を
真剣に考えているのだろうか。
劣悪な家庭に生まれることで、
理不尽な苦労したり、様々な虐待を受けることで
悪人に育つリスクも高まる。
もちろん後天的な悪人もいるけれど、
「劣悪な家庭に生まれる子どもをゼロにする」だけで
世の中から悪人の絶対数がかなり減り、
世界がよくなっていくのではなかろうか。
※「苦労したからこそ偉人になる」という例もあるが、
それは結果論に過ぎない。
「震災を乗り越えて強くなれた」という例があっても
災害を肯定することはできないように……。