CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ)

神戸・岩国の最新情報を中心に紹介していきます。歴史や時事について調べた結果を紹介。

舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その11 赤レンガパーク

2021年12月18日 04時11分50秒 | 京都情報

本日は舞鶴への訪問記シリーズの第11回で11月18日に訪問した赤レンガパーク

について紹介します。

赤レンガパークは明治34年(1901)日本で4番目の鎮守府開庁に合わせて海軍の軍需品

や水雷倉庫として明治35年(1902)から明治36年(1903)に建てられた煉瓦倉庫を中心に

構成されている場所です。

平成20年(2008)8棟のレンガ倉庫が国の重要文化財に指定され、平成24年(2012)に

「舞鶴赤レンガパーク」としてオープンしました。

舞鶴の観光の中心的な施設です。

舞鶴赤レンガパークの公式サイトはこちら

鎮守府は戦艦「三笠」の他19隻の艦艇、海兵団、水雷団、海軍工廠、海軍病院などを

持ち、日本海側唯一の軍港として、日露戦争をはじめそれ以降次々に勃発する戦争の

重要な軍事基地になりました。同時に舞鶴は要塞地帯区域に指定され、住民の日常生活

にはさまざまな禁止・制限が課せられました。

今年は海軍舞鶴鎮守府開庁120周年に当たり色々なイベントが行われました

 詳細は下記のサイトを参照。

  海軍舞鶴鎮守府開庁120年 | 舞鶴市 公式ホームページ (city.maizuru.kyoto.jp) 

 

過去の訪問記

 第1回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 202-11-17~11-19 その1 舞鶴市の概要 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第2回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その2 舞鶴引揚記念館 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第3回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その3 海軍割烹術食堂 羅針盤でのランチ - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第4回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その4 復元引揚桟橋 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第5回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その5 松尾寺 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第6回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その6 金剛院 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第7回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その7 だるま堂のだるま様 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第8回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その8 生け簀料理 卑弥呼での夕食 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第9回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その9 ホテルベルマーレでの朝食 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第10回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その10 赤レンガパーク駐車場付近の見どころ - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 

上の写真は赤レンガパークの全域の地図です。重要文化財に指定された1号棟(赤れんが博物館)

から8号棟の8棟のレンガ倉庫が赤で塗られています。

上の写真は現地説明板の文章

上の写真は国の重要文化財に指定されている1号棟~8号棟の概要説明

上の写真は赤レンガ倉庫4号棟(左側)と3号棟(右側) 撮影:2021-11-18

上の写真は昭和前期?の赤レンガ倉庫2号棟(右)、3号棟(中)、5号棟(左)

上の写真は赤レンガ倉庫5号棟 撮影:2021-11-18

上の2枚の写真は大正~昭和初期の5号棟付近

 

赤レンガパークに訪問した当日は企画展「舞鶴都市(まち)物語」が3号棟で行われて

いました。(下の写真)

 

上の写真は真出赤レンガパーク付近で映画のロケ地とされた場所が示された掲示板です。

この中で私が見た映画は「日本のいちばん長い日(2015年8月8日公開)」で8号棟付近から

7号棟と6号棟が背景に写っているようです。

上の写真は8号棟

上の写真は6号棟(手前)と7号棟(左奥)

 

 

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舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その10 赤レンガパーク駐車場付近の見どころ

2021年12月12日 06時05分48秒 | 京都情報

本日は舞鶴への訪問記シリーズの第10回で11月18日に訪問した赤レンガパーク駐車場

付近の見どころについて紹介します。

11月18日は宿舎のホテルベルマーレを出発して赤レンガパーク駐車場に車を止め赤レンガ

倉庫群に向かった。今回はその駐車場付近で撮った写真を紹介していきます。

 

過去の訪問記

 第1回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 202-11-17~11-19 その1 舞鶴市の概要 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第2回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その2 舞鶴引揚記念館 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第3回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その3 海軍割烹術食堂 羅針盤でのランチ - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第4回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その4 復元引揚桟橋 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第5回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その5 松尾寺 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第6回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その6 金剛院 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第7回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その7 だるま堂のだるま様 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第8回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その8 生け簀料理 卑弥呼での夕食 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第9回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その9 ホテルベルマーレでの朝食 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 

上の写真は赤レンガパーク周辺の地図

駐車場からは海上自衛隊北吸桟橋に係留されている艦艇などの一部を観れます。

上の2枚の写真は「護衛艦しらね」の主錨の展示と説明書き

駐車場の入り口付近にありました。

Wikipediaでは次のように解説されています。

「しらね」は、昭和50年度計画5200トン型ヘリコプター搭載護衛艦2403号艦 として、石川島播磨重工業東京第1工場で1977年2月25日に起工され、1978年9月18日に進水、1980年3月17日に就役し、護衛艦隊に直轄艦として編入され横須賀に配備された。

これ以降、「しらね」は当時最大の護衛艦であったこと、旗艦設計のためVIPを接遇できる公室等の設備を備えることから、外国艦艇訪問時のホストシップ、政府関係者の視察受け入れや、各種広報協力等を行い、また観艦式においては国際観艦式も含め10回にわたり観閲艦を務め、国内外を問わず露出の多い艦だった。

上も写真は赤れんがパーク駐車場から観た海上自衛隊北吸桟橋に係留の艦船

 

上の写真はミサイル艇はやぶさ型のPG-828「うみたか

所属は海上自衛隊 舞鶴地方隊舞鶴警備隊 第2ミサイル艇隊

以下の文は海上自衛隊のサイトよりの引用です。

ミサイル艇は、日本海沿岸における哨戒、対艦攻撃を主任務とするものとして建造された。 能登半島沖での北朝鮮工作船に対する初の海上警備行動発令と護衛艦・哨戒機を以って しても逃走を阻止できなかったことの教訓から不審船対処能力を付加するよう運用構想を 変更の上、6隻を建造することになった。

 

走行中のミサイル艇「うみたか」のYoutube動画をGooで共有させていただきました。

[4K] ミサイル艇 PG-828 うみたか 出港&入港! 海上自衛隊横須賀基地

上の写真は曳船58号型 YT-02 2013年1月31日に竣工

関連のYoutube動画をGooで共有させていただきました。

海上自衛隊 舞鶴地方隊サマーフェスタ2018曳船港内巡り

 

上の写真は掃海艇「すがしま」 MSC-681

以下は海上自衛隊のサイトからの引用です。

うわじま」型の性能向上型として計画され、掃海・掃討能力を向上している。
機雷の高性能化に対処するため、NATO諸国で実績のある情報処理装置や可変度型の 機雷探知機、機雷処分具を備え、掃討時の低速における運動性能・定点保持性の向上 も図られている。

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舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その8 生け簀料理 卑弥呼での夕食

2021年12月10日 04時44分10秒 | 京都情報

本日は舞鶴への訪問記シリーズの第8回で11月17日に頂いたいけす料理・卑弥呼

での夕食について紹介します。

 

過去の訪問記

 第1回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 202-11-17~11-19 その1 舞鶴市の概要 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第2回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その2 舞鶴引揚記念館 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第3回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その3 海軍割烹術食堂 羅針盤でのランチ - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第4回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その4 復元引揚桟橋 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第5回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その5 松尾寺 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第6回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その6 金剛院 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第7回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その7 だるま堂のだるま様 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 

いけす料理 卑弥呼 舞鶴の基本情報

住所:舞鶴市浜166  TEL:0773-64-4488、050-5457-1909

料理ジャンル:和食  定休日:無休(大晦日と元旦は休み) 臨時定休日あり

営業時間:ランチ11:00~15:00 ディナー17:00~23:00

公式サイト:いけす料理|卑弥呼 舞鶴 (himiko-maizuru.com)

所在地のGoo地図を添付しておきます。

 

当日、私はお造り和膳 1,980円(税込)奥様は寿司天ぷら和膳1,980円(税込)を注文

上の写真は私が注文したお造り和膳 1,980円(税込)

上の写真はお造り和膳のお造りのアップ

上の写真は奥様が注文した寿司天ぷら和膳1,980円(税込)

上の写真は寿司天ぷら和膳の天婦羅のアップ

 

 

最初にビール570円を注文 自動的にお通し330円がついてきます

2人合計で5,190円(税込)ですみました。刺身も天ぷらも満足な味でした。

 

ランチョンマットには次の言葉が書かれています。

物づくりする手前どもの心

 ・お客様のご愛顧に精一杯真心で報いたい。

 ・自然・本物の為なら、どんな手間も惜しまない。

 ・単に物を売るだけでない、食の文化を提供したい。

 ・良い物は必ず残る。この心にこだわり続けたい。

上の写真は定食物のメニュー表。

今度、もし食べるとしたら釜飯を食べてみたいと思いました。

上の写真はお店の外観。

上の写真は帰り道、当日の宿舎(ホテルベルマーレ)の前のイルミネーション

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舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その7 だるま堂のだるま様

2021年12月09日 03時39分16秒 | 京都情報

本日は舞鶴への訪問記シリーズの第7回で11月17日に訪問のだるま堂のだるま様

について紹介します。

 

過去の訪問記

 第1回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 202-11-17~11-19 その1 舞鶴市の概要 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第2回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その2 舞鶴引揚記念館 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第3回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その3 海軍割烹術食堂 羅針盤でのランチ - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第4回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その4 復元引揚桟橋 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第5回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その5 松尾寺 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第6回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その6 金剛院 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 

だるま堂(舞鶴実業界事務所)の基本情報

住所:舞鶴市字浜624 TEL:0773-62-0217

公式サイト:舞鶴実業会事業協同組合 (maizurujitsugyokai.com)

Goo地図を添付しておきます。

 

だるま堂は毎年秋に催されるだるま祭を主催しておられる舞鶴実業会の事務所となっています。

戦後、舞鶴東実業協会として発足した時の地元商店の繁栄策として、七転八起のだるま大師の

故事に習って昭和23年に諸団体と共にだるま祭が始められました

舞鶴東実業協会は舞鶴実業会と名前を変更し現在、舞鶴実業会事業協同組合という名称になってます。

だるま様の数だけだるま祭が行われたそうです。

 

上の写真は当日の宿舎のホテルベルマーレが作製した地図にだるま堂の位置を示したものです。

三条通と敷島通の交点の北側にあります。

東舞鶴の市街地は京都市と同じように碁盤の目になっており判り易い。

京都流の表現では三条敷島上がるにだるま堂があります。

東舞鶴の東西の通りには旧海軍の軍艦の名前がついています。

東舞鶴駅側から順番に三笠通、初瀬通、朝日通、敷島通、八島通、大門通、富士通、潮路通

と名付けられています。

上の写真は三条通に掲示されていた初瀬通りの看板

上の写真は三条通に掲示されていた朝日通りの看板

だるま祭はインターネットの情報では「はまっこだるま祭」が正式名称で八島通商店街を

メイン会場として開催されています。2021年は10月31日(日)に開催されました。

はまっこだるま祭としてFacebookのサイトを開設されています。(下記サイト)

 はまっこだるま祭 - ホーム | Facebook

 

だるま祭の様子を撮ったYoutube動画がみつかりましたのでGooで共有させていただきました。

第67回舞鶴だるま祭

この動画は2015年に行われた舞鶴だるま祭の様子です。

 

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舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その6 金剛院

2021年12月08日 04時45分55秒 | 京都情報

本日は舞鶴への訪問記シリーズの第6回で11月17日に訪問の金剛院について

紹介します。金剛院は紅葉の名所、そして快慶作と伝わる深沙大将立像・執金剛神立像

などが有名です。

過去の訪問記

 第1回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 202-11-17~11-19 その1 舞鶴市の概要 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第2回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その2 舞鶴引揚記念館 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第3回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その3 海軍割烹術食堂 羅針盤でのランチ - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第4回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その4 復元引揚桟橋 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第5回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その5 松尾寺 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 

金剛院の基本情報

住所:舞鶴市鹿原595 TEL: 0773-62-1180  正式名:鹿原山 慈恩寺 金剛院

山号:鹿原山 宗派:真言宗東寺派  御本尊:波切不動明王

拝観時間:9:00~16:00 入山料:300円 宝物館の拝観は500円(要予約)

開山:天長6年(829)52代平城天皇の第3皇子、高岳親王(法名は眞如)によって創建

公式サイト:ようこそ金剛院へ (fc2.com)

 

三重塔(重要文化財)

柿葺(こけらぶき)の三間三重塔で総高24m。正式には 金剛院塔婆という。

英保2年(1082)高岳親王(法名は真如)の菩提のため白河天皇が建立。

久安2年(1146)美福門院によって平忠盛(平清盛の父)が奉行し本堂の建立とともに修飾。

上の写真は三重塔内に鎮座されている高岳親王の像

上の写真はリーフレットの表紙よりカエデの紅葉が素晴らしい三重塔

本堂(京都府指定有形文化財)

階段がきつく実際には登らなかった

上の写真は冊子「舞鶴の文化財」Page11に掲載のものです。

天保3年(1832)に起工し天保11年(1840)3月に棟上げ行われた。

大工小工は栃尾村など地元出身者が担い、正面・向背の龍の彫り物は江戸時代後半に

丹後一円で活躍した中井正貞の作である。

上の写真は階段下から撮った本堂 以下公式サイトより引用

御本尊の波切不動明王英保2年(1082)、白河天皇のご病気平癒祈願の為に若狭の国
から勧請されたもので、天皇のご病気が不動明王の力で平癒したことに白河天皇は満悦
され、当時荒廃していた金剛院を復興し三重の塔を建立して真如法親王を追善供養され、 

勅願寺として「慈恩寺」の寺号を下賜されました。普段は秘蔵され、
毎年2月3日の節分会の法要の間だけご開帳されます。

 

山門

京都 花の寺第三番の看板があります。

花の寺の写真が美しいサイトにリンクさせていただきました。

 第3番 金剛院 | 近畿二府四県の花寺めぐり|関西花の寺二十五カ所 (hana25.jp)


雲山閣

階段下から撮った雲山閣。清水寺の舞台を思わせるような建物である。

本堂と渡り廊下で繋がっている。拝殿。


宝物殿

国の重要文化財に指定されている宝物が多く、価値があると思うが観覧せずに帰ってきました。

事務所

常盤簪

上の写真は事務所の前の常盤簪(ときわかんざし) ピラカンサ

赤色の実が多く実っており、素晴らしく美しかった。

手水舎

石仏

境内の紅葉



庭園「鶴亀の庭」

実際にはみることが出来なかったが有名な庭ということで取り上げました

小池庭ともいう。細川幽斎の作庭。

 詳しいサイトにリンクさせていただきました。

  金剛院庭園 ― 細川幽斎作庭…京都府舞鶴市の庭園。 | 庭園情報メディア[おにわさん] (oniwa.garden)
千年ガヤ(舞鶴市指定天然記念物)
山門
高岳親王の墓

 

境内配置図

 

金剛院の国指定重要文化財

以下は冊子「舞鶴の文化財」の写真を利用させていただきました。


木造 深沙大将立像(快慶作)

上の写真は深沙大将の縁起 金剛寺のリーフレットより

木造執金剛神立像(快慶作)


木造増長天・多聞天立像

 


木造金剛力士像 2躯


木造阿弥陀如来坐像


絹本着色薬師十二神将像

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舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その5 松尾寺

2021年12月07日 04時50分40秒 | 京都情報

本日は舞鶴への訪問記シリーズの第5回で11月17日に訪問の松尾寺について

紹介します。松尾寺は西国三十三観音巡礼第二十九番札所として有名です。

過去の訪問記

 第1回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 202-11-17~11-19 その1 舞鶴市の概要 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第2回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その2 舞鶴引揚記念館 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第3回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その3 海軍割烹術食堂 羅針盤でのランチ - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第4回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その4 復元引揚桟橋 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 

松尾寺の基本情報

住所:舞鶴市松尾532 TEL:0773-62-2900

宗派:真言宗醍醐派  山号:青葉山 御本尊:馬頭観世音菩薩(馬頭観音)

拝観時間:8:00~17:00

御詠歌:そのかみはいくよへぬらん便りをば 千歳もここに松の尾の寺

開山:8世紀初頭 唐の僧、威光上人  中興:惟尊(ゆいそん)

公式サイト:京都府舞鶴市 西国第二十九番札所 青葉山 松尾寺 公式ホームページ (matsunoodera.com

 

本堂

上の写真は本堂の遠景 建物は京都府指定文化財(建造物)

鳥羽天皇の行幸があり、寺領四千石を給い、寺坊は65を数えて繁榮した。

鳥羽上皇は我が子(崇徳天皇)の出自(実は父・白河法皇の子ではないかという疑惑)に

悩むある日、煩悩を打ち砕く松尾寺の馬頭観音の存在を知り、上皇后の美福門院を

伴い参詣したと言われる。

正徳6年(1716)に類焼したのち牧野英成により享保15年(1730年)に修築されている。

建築にあたって、当時有力な大工集団「富田一族」に地元の大工が加わった。

当初、柿葺(こけらぶき)であったが昭和6年(1931)銅板葺に改められた。

上の写真は本堂の内部

上の写真は内陣で唐の僧威光が、松の木の下で感得した馬頭観音を胎内に収める

観音像(秘仏)が安置されている。

出典:NHK 趣味悠々 はじめての西国三十三所巡り 2008年10~11月 Page147

上の写真はお前立の馬頭観世音菩薩 

西国三十三霊場中、馬頭観音を本尊とするのは松尾寺だけ

出典:NHK 趣味悠々 はじめての西国三十三所巡り 2008年10~11月 Page147

上の写真は内陣の天井近くに祀ってある十三仏

出典:NHK 趣味悠々 はじめての西国三十三所巡り 2008年10~11月 Page147

上の写真は唐破風の彫刻

上の写真は本堂の壁の彫刻

経蔵

上の写真は経蔵 享和2年(1802)の建築 京都府指定文化財(建造物)

一切経が納められているそうです。

仁王門

上の写真は仁王門 建立時期は正徳年間(1711~1716)の建立、修復工事中であった。

京都府指定文化財(建造物)

上の写真は仁王門の扁額

大師堂

本堂から渡廊下で大師堂に繋がっています(上の写真)

上の写真は弘法大師像(手前)と背後の大師堂

庫裡

上の写真が庫裡。納経朱印はこちらで受付。

鐘楼とイチョウの木

寺伝では元永2年(1119)鳥羽天皇が美福門院と七堂伽藍再建の落慶式に参加された

時に手植えされたとされる。樹齢800年を超える巨樹である。

手水鉢

勅使門

皇室の菊の御紋が刻まれていました(上の写真)

勅使門の奥には方丈と思われる立派な建物がありました。(下の写真)

六所神社

厳島神社などと同じ両部鳥居の奥に鎮座しています。

銅葺屋根のお堂

回廊には六地蔵の石像が安置されています。

 

境内の歌碑

境内の石仏

 

トイレの中の張り紙

 和尚のおはなし (matsunoodera.com)

日露戦争記念碑

西国徒歩巡礼記念碑

 

鳥羽天皇の皇后「美福門院」も帰依

上の写真は西国二十九番霊場 松尾寺と書かれている石碑

横面に鳥羽天皇と皇后「美福門院」に関係する?字も刻まれています。

松尾寺の歴史

丹後と若狭の国境の青葉山にある。8世紀初頭の慶雲年間(704~708)、唐の僧威光が母国の霊峰「馬耳山」によく似た青葉山を訪れ、松の木の下で馬頭観音を感得。712年(和銅5年)、元明天皇の勅命で馬頭観音を安置する堂を造ったのが寺の起こりである。養老年間(717~724)、元正天皇の勅命で泰澄(白山を開山)が奥之院(妙理大権現)を開いた。

正暦年間(990~995)には春日為光が本尊馬頭観音を刻んだといわれています。

鳥羽法皇と美福門院が帰依し、鳥羽天皇の時代に時の住職惟尊に寺領と15の堂宇を授与。元永2年(1119)、惟尊が伽藍を中興整備。

行尊の三十三所巡礼手中記に16番松尾寺とあり、 1150年(久安6年)の長谷僧正の参詣次第に28番とある。のち29番となる。

織田信長の兵火で焼失。 1581年(天正9年)細川幽斎が本堂を再建。 1602年(慶長7年)京極高知が修復。1630年(寛永7年)焼失。正徳6年(1716)焼失。1730年(享保15年)修復。

円通寺の本初密門(1707-1788)に学んだ等空(1745-1816)が松尾寺を有部律の僧坊とした。

江戸時代は高野山円通寺、安芸・福王寺と共に「有部律の三僧坊」の一つとして知られた。

 

松尾寺の文化財

松尾寺の境内に入る入り口に上の写真のような指定文化財の一覧表の掲示がありました。

舞鶴の文化財という冊子より文化財の写真を添付しておきます。(宝物館に所蔵)

国宝

上の写真は丹後地方唯一の国宝絵画 絹本著色普賢延命像

昭和27年(1952)11月22日に国宝指定

12世紀作、美福門院の持念仏と伝えられる。大きさは縦139.4cm、幅67cm

普賢延命像には二臂と二十臂の二つの系統がある。前者は群象に支えられた金輪の上に

立つ一身三頭の白象に趺坐し、金剛薩〓と同形の五鈷杵(右)と五鈷鈴を執り、

後者は踏割蓮華に立つ四大白象に跌坐し、持物に金剛界十六大菩薩と四摂菩薩の

三摩耶形を執り、白象の頭頂に四天王が立つのを特色とする。


国指定の重要文化財

木造阿弥陀如来坐像 - 快慶作、鎌倉時代。(下の写真)


絹本著色孔雀明王像 - 鎌倉時代。(下の写真)


絹本著色法華曼荼羅図 - 鎌倉時代。(下の写真)


絹本著色如意輪観音像 - 徳治二年(1307年)一山一寧賛。(下の写真)


絹本著色終南山曼荼羅図 - 鎌倉時代。(下の写真)

 


重要無形民俗文化財
松尾寺の仏舞(松尾寺仏舞保存会)

上の写真は冊子「舞鶴の文化財」の表紙を飾っている松尾寺の仏舞

上の写真は松尾寺本堂で行われる仏舞の様子

舞儀音楽大会式として5月7日と5月8日に実施され、仏舞は5月8日に実施されます。

大日、釈迦、阿弥陀の各如来2人ずつの仏面をつけた舞手が典雅でゆるやかな舞を

繰り出す。

仏舞のYoutube動画をGooで共有させていただきました。

松尾寺の仏舞(京都府・舞鶴市)

【京都府舞鶴市】 松尾寺「仏舞」 2016.5.8

以下は文化庁のデータベースの解説文からの引用です。

松尾寺の仏舞は、仏の面をかぶった六人の舞手が、篳篥や龍笛など雅楽器の演奏にのせて舞うもので、今は行われなくなった舞楽の一演目をうかがわせるものである。
 京都府と福井県の境に、俗に若狭富士【わかさふじ】と呼ばれる青葉山【あおばやま】がある。その山の京都府側の中腹に松尾寺がある。同寺は八世紀初めの創建で、平安時代末期には観音霊場として信仰され、後に西国三十三所【さいごくさんじゅうさんしょ】観音霊場の第二十九番札所【ふだしょ】とされ、今も多くの参詣人を集めている。仏舞は、松尾寺の本堂の中で、毎年五月八日に披露されている。
 同寺本堂の内部は、正面約一五・三メートル、奥行き約一三・四メートルで、後方の約八・二メートルが、中央に須弥壇が置かれた内陣で、その手前側が参詣人が立ち入る場所になっている。内陣部分は手前側より五〇センチメートルほど高い。手前側の、右手前奥の壁際一隅に内陣と同様に一段高くなった場所がある。正面約二・五メートル、奥行き約二・八メートルで、内陣とは離れていて、その間は通路になっている。高くなった場所は、通常は寺の関係者が詰めていて、参詣人の求めに応じて朱印を押したり寺号などを記入したりしている。仏舞の公開当日になると、その一段高い場所を仏舞の舞台にするため、机などを片付けて、うすべりを敷く。通路部分には、内陣との間に板を渡し、その上に緋毛氈【ひもうせん】を敷いて楽人が座る場所にする。正面の須弥壇の向かって左側を白幕で仕切って、その奥を舞人が仏面を着け身支度をする場所にする。仏面は、舞人の顔の全面を覆うもので、頭には、光背を付けた宝冠をかぶる。六人の舞人のうち、二人は腰に鞨鼓を付け、両手にそれぞればちを持ち、二人は右手に振鼓【ふりつづみ】、左手にばちを持つ。舞人は、薄く青みがかった白い上衣に袴を着け、両手に手袋をして、左肩から袈裟をかける。
 仏面を着けた六人の舞人や楽人などが、須弥壇の前を行列して舞台に向かい、舞人は三人ずつの二列に並ぶ。緋毛氈を敷いた所には、一人ずつの楽太鼓、鞨鼓、篳篥の演奏者と三人の龍笛の演奏者の計六人の楽人が席に着く。楽太鼓の一打で仏舞が始まる。舞は、三人二列に並んだ舞人が、互いに内向きになっての舞、外向きになっての舞、六人が回りながら互いに居場所を入れ替わる舞がある。入れ替わる舞のときには、両手に何も持っていない舞人は、両手の指で阿弥陀如来や釈迦如来などの印【いん】を結ぶ。これらが繰り返されて、最後に入場のときと同じように列を作って退場して仏舞が終わる。
 この仏舞は、地元では六〇〇年ほど前に始まったと伝える。仏面の箱に書かれた享保十年(一七二五)の銘文や享保二十年(一七三五)、また宝暦十一年(一七六一)から天保十二年(一八四一)にかけて書かれた記録によって、一八世紀には、四月八日の仏誕会【ぶったんえ】に仏舞が行われていたことが確かめられる。現在、松尾寺では、毎年五月八日に仏誕会いわゆる花祭を行い、そのときに仏舞が演じられているが、四月から五月になったのは明治以降といわれている。
 六人の仏は、同様に一八世紀の寺の記録によると、二体ずつの釈迦如来、大日如来、阿弥陀如来で、両手にばちを持つ仏が釈迦、振鼓とばちを持つ仏が大日、何も持たない仏が阿弥陀であるとされる。また音楽は、越天楽や五常楽とされるが、それらは現在の雅楽の同名曲とは異なっている。
 現在、この仏舞は、松尾地区を中心に周辺地域の人びとも参加して伝承・公開されているが、昭和四十年代ころまで、それぞれの仏や楽器ごとに伝承する家筋が決まっていて、まず、その家の長男に、また跡取りがいない場合は兄から弟に限って厳密に伝えられてきた。
 なお仏舞は、古代にインドから伝わった舞楽の「菩薩」と呼ばれた曲目に基づくものと考えられる。現在、「菩薩」は曲の一部が残るが、舞が、どのようなものであったか明らかではない。

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舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その3 海軍割烹術食堂 羅針盤でのランチ

2021年12月03日 04時24分15秒 | 京都情報

本日は舞鶴への訪問記シリーズの第3回で11月17日に訪問の舞鶴引揚記念館内の

カフェ 海軍割烹術食堂 羅針盤でのランチについて紹介します。

過去の訪問記

 第1回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 202-11-17~11-19 その1 舞鶴市の概要 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第2回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その2 舞鶴引揚記念館 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 

海軍割烹術食堂 羅針盤の基本情報

 住所:舞鶴市平1584 舞鶴引揚記念館内 TEL:0773-60-2216

 営業時間:11:00~15:00  休み:第三木曜日

 公式サイト:海軍割烹術食堂 羅針盤 - 洋食店 (business.site)

    公式FB:こんにちは☀️ 海軍割烹術食堂 羅針盤です . 本日、ご紹介するのは... - アルル アスクロ 浪漫譚 店舗情報 | Facebook

 

上の写真は私が選んだ海軍割烹術膳 1,100円(税込)

上の3枚の写真は海軍割烹膳の小鉢、主膳、お澄まし

こちらはどれも丁寧に調理されており美味しく頂きました。

Goodです。お奨めの選択です。

上の写真は奥様が選んだ元祖海軍カレイライス 1,500円(税込)

こちらは奥様の評が厳しく No Good。

写真が無いですが食後にコーヒー280円(税込)も頂きました

上の写真は海軍割烹術膳の説明看板

上の2枚の写真は元祖海軍カレイライスの説明看板

上の写真はお店の看板

参考サイト

 舞鶴引揚記念館で旧海軍料理を復刻 「海軍割烹術食堂」:朝日新聞デジタル (asahi.com)

 海軍洋食文化 舞鶴から : ニュース : 京都 : 地域 : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)

 

 

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舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その2 舞鶴引揚記念館

2021年12月02日 03時44分24秒 | 京都情報

本日は舞鶴への訪問記シリーズの第2回で11月17日に訪問の舞鶴引揚記念館について紹介します。

過去の訪問記

 第1回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 202-11-17~11-19 その1 舞鶴市の概要 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 

舞鶴引揚記念館の基本情報

住所:舞鶴市字平1584番地  TEL:0773-68-0836

開館時間:9:00~17:00 休館日:第3木曜日 年末年始(12/29~1/1)

入館料:大人400円(300円)、学生150円(100円)(  )内は団体(20名以上)料金

赤レンガ博物館との共通券:一般個人600円、学生200円

公式サイト:舞鶴引揚記念館 (m-hikiage-museum.jp)

所在地のGoo地図を添付しておきます。

 

展示内容の概要など(Youtube動画)

舞鶴引揚記念館~Maizuru Repatriation Memorial Museum~

京都府舞鶴市 引揚記念館 #京都 #KYOTO

【舞鶴市】舞鶴引揚記念館

舞鶴市、世界記憶遺産認定を目指す

 

建物外観と周辺のモニュメント

上の写真は舞鶴引揚記念館の建物外観

上の写真は舞鶴引揚記念館の周囲の引揚記念公園の案内板

上の写真は引揚記念公園内のカリヨンモニュメント

エントランスホールの展示

上の写真はエントランスホール 記念撮影の場所、時鐘、ビデオなどがあります

ユネスコ世界記憶遺産登録証明書などの展示

舞鶴への生還 1945-1956シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録

第2次世界大戦後旧ソ連に抑留された約60万人の人達の抑留生活と苦難に満ちた引き揚げ

の歴史を伝える資料です。

平成27年(2015)10月10日に舞鶴引揚記念館が所蔵する資料570点が人類が共有すべき

世界的に重要な世界の記憶と認められユネスコ世界記憶遺産に登録されました。

上の写真はユネスコ世界記憶遺産登録証明書 出典:舞鶴引揚記念館の展示

上の写真はユネスコ世界記憶遺産の内容の一部 出典:舞鶴引揚記念館の展示

上の写真は世界の主な記憶遺産と登録国の説明パネル

タイムトンネル

タイムトンネルの奥にメインの常設展示室があります

苦境の記憶世界恐慌からシベリア抑留まで

上の写真は出征兵士の展示

上の写真は赤紙の展示

赤紙の正式名称は「臨時招集命令書」といい、役場の兵事係の職員が届けることになっていた。

召集令状がくると3日~1週間以内に指定された部隊に入隊しなければならなかった。

上の写真は戦陣訓の展示

戦場に向かう兵士としての心得が書かれたもの。捕虜となることは恥であり、命の

尽きるまで戦い抜くことが美徳であるとの内容が書かれています。

満州の日本人と日本の敗戦と引き揚げの展示遠景(満州の日本人)

昭和7年(1932)の満州国建国以降、国策により155~200万人の日本人が満州へ渡った。

上の写真はソ連の侵攻に関する展示

ソ連は昭和20年(1945)8月8日に対日宣戦布告をした後、8月9日にはソ連軍が満州に

進攻してきた。8月16日以降は天皇陛下が大本営に即時停戦命令を下命されていたため

関東軍は静謐。8月18日 日本(関東軍司令官)・ソ連(極東軍司令官)停戦交渉開始

8月23日 ソ蓮の最高指導者スターリンは日本人のソ連移送・強制労働を決定

関東軍の将兵は57万5千人(70万人弱ともいわれる)がシベリアの他、ソ連領内に連行

され強制労働をさせられた。

上の写真はシベリア抑留(強制労働)に関する展示

強制労働の実態を描いたもので極寒の中、1日1食か2食で駅舎、飛行場

劇場、民間住宅などの建設工事などに従事した。背景としてソ連は第2次世界大戦で

軍人約1,450万人、民間人約700万人が亡くなっていたため、労働力不足の状態であった。

過酷な労働のため約6万人が死亡したと言われています。

上の写真はラーゲリ(収容所)内の様子 右端は見張りのソ連兵

上の2枚の写真はラーゲリ(収容施設)の模型と説明板

上の2枚の写真はラーゲリ(収容室)での抑留生活の体験室

上の写真は白樺日誌の展示

当初、日本政府はこの事実(抑留及び強制労働)を知らなかった。昭和20年(1945)11月に   

なってやっと政府が強制連行の情報を始めて得ることとなります。

政府がアメリカを通じソ連との交渉を開始したのは昭和21年(1946)5月   

昭和21年(1946)12月 「日本人抑留者の帰国に関する米ソ協定」が成立し

昭和21年(1946)12月8日 ソ連からの引揚第一船(大久丸、恵山丸)舞鶴に入港

引き揚げ船の第1船は昭和20年(1945)10月7日の雲仙丸

 

次からの記述と写真は10月2日に放送のBSTBS 関口宏のもう一度!近現代史よりの引用

(引用1と記述)

ソ連の日本領南樺太へ侵攻と千島列島への侵攻

昭和20年(1945)8月11日 ソ蓮、日本領の南樺太へ侵攻 出典:引用1

上の写真は南樺太を進軍するソ連軍 多くの民間日本人に悲劇が・・・・出典:引用1

上の2枚の写真は上述の番組で使用された説明パネル 出典:引用1

日本人の悲劇の例として8月20日、ソ連軍が西海岸の真岡に上陸を開始、混乱の中

業務のため疎開せずに残った真岡郵便局の電話交換手の女性9名が自決

8月22日、樺太から疎開・引揚船がソ連軍の潜水艦に攻撃され2隻が沈没、1隻が大破

1,708人以上が犠牲になったとされる

昭和20年(1945)8月18日 ソ蓮、日本領の千島列島へ侵攻、日本兵を武装解除

させながら南下 出典:引用1

昭和20年(1945)8月21日、日本軍は降伏し停戦が成立  出典:引用1

上の写真は上述の番組で使用された説明パネル 出典:引用1

8月28日以降、ソ連軍、さらに「北方領土」に侵攻

8月28日:択捉島に上陸、9月1日:国後島・色丹島に上陸 さらに降伏文書調印の

9月2日以降の9月3日:歯舞群島に上陸へと続いた

各島で日本兵の武装解除を行い9月5日までに無血占領

ソ連の共産党史には9月2日までに北方4島への侵攻は終了と記載されており、北方領土が

ロシアに帰属するとの主張の根拠としている。

現在も日本はロシアとの平和条約が締結されておらず、北方領土の線引きが終わっていない。

 

シベリア抑留関連年表

昭和20年(1945)4月5日 ソ蓮、日本に対し日ソ中立条約の廃棄を通告(通告から一年後に条約失効)

昭和20年(1945)8月8日 ソ蓮、対日宣戦布告(4月5日の通告から一年未満)

昭和20年(1945)8月11日 ソ蓮、日本領の南樺太へ侵攻

昭和20年(1945)8月16日 天皇陛下が大本営に即時停戦命令を下命

昭和20年(1945)8月18日 日本(関東軍司令官)・ソ連(極東軍司令官)停戦交渉開始

昭和20年(1945)8月18日 ソ蓮、日本領の千島列島へ侵攻

昭和20年(1945)8月23日 ソ蓮、日本人のソ連移送・強制労働を決定

昭和20年(1945)8月26日 日ソ間の戦闘がほぼ終結

昭和20年(1945)9月2日  ミズーリ号上で降伏文書の署名

昭和20年(1945)11月   政府が強制連行の情報を始めて得る

昭和21年(1946)5月   政府がアメリカを通じソ連との交渉を開始

昭和21年(1946)12月  「日本人抑留者の帰国に関する米ソ協定」が成立

昭和21年(1946)12月8日 ソ連からの引揚第一船(大久丸、恵山丸)舞鶴に入港

昭和23年(1948)12月5日  ソ連からの引揚が一時中断

昭和25年(1950)4月   国会で「在外抑留同胞引揚に関する決議」採択

昭和25(1950)4月    日本政府は国連へ提訴、国連は捕虜特別委員会を設置

昭和28(1953)11月19日 日ソ赤十字「日本人捕虜他、ソ連領土よりの送還関する共同コミュニケ」発表

昭和28(1953)11月30日 日、ソ連からの引揚再開、帰国第一船「興安丸」が舞鶴入港

昭和30(1955)6月1日  日ソ交渉開始、シベリア抑留者全員の即時帰国を要求

昭和31(1956)10月19日 日ソ共同宣言・通商議定書調印、抑留者全員の釈放決定

昭和31年(1956)12月26日 シベリア抑留者の最終梯団を乗せた「興安丸」が舞鶴入港

 

シベリア抑留の関連サイト 

戦没者慰霊事業:日本人死亡者慰霊碑(ロシア)|厚生労働省 (mhlw.go.jp)

シベリア抑留 平和学習|教育旅行のご提案 (m-hikiage-museum.jp)

98歳 シベリア抑留の体験を語り続ける|島根の戦跡 薄れる戦争の記憶 NHK

 

戦後75年 いまなお続く「シベリア抑留」(2020年8月24日)テレビ東京

「忘れられた戦争~シベリア抑留の記憶」JNNドキュメンタリー ザ・フォーカス

ドキュメント『行き先も、分からずに~20歳の初年兵、シベリア抑留の記憶~』〈福生市制作:記憶のアーカイブプロジェクトⅠ〉

 

帰還そして再会

上の写真は海外から日本への引揚者を整理したものである。

海外からの引き揚げ者は600万人以上とされています。

 中国:1,535414人 旧満州:1,271,473人 東南アジア:711,507人 ソ連:472,942人

 北朝鮮:322,585人 韓国:597,302人 台湾:479,544人 千島・樺太:293,491人

 ベトナム:32,303人 フイリピン:133,123人 太平洋諸島:130,968人 ハワイ:3,659人

 南東アジア:138,843人 インドネシア:15,593人 香港:19,347人 本土隣接諸島:62,389人

 ニュージーランド797人

読み難いので地域と人数を列記しておきます。

上の写真は帰還に使用された艦船の模型や舞鶴(地方)引揚援護局などの展示室遠景

上の写真は舞鶴(地方)引揚援護局、歓迎塔、DDTの説明パネル

上の写真は帰還を待つ人々の展示(岸壁の母)

上の写真は岸壁の母「端野いせ」さんの展示

上の写真は引揚の港舞鶴&舞鶴のおもてなしの展示

上の写真は引揚港舞鶴の関連施設の模型展示

上の写真は舞鶴の援護関係施設

 

平和への祈り

上の写真は舞鶴市と姉妹都市・友好都市であるナホトカ市(ロシア)、大連(中国)

などから贈呈された記念品などを展示

企画絵画展示室

上の写真は現在開催中の企画展の遠景

舞鶴引揚記念館『新収蔵品展~紡ぐ記憶~』≪令和2年度第4回企画展≫

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舞鶴への2泊3日の旅行記 on 202-11-17~11-19 その1 舞鶴市の概要

2021年11月27日 06時43分15秒 | 京都情報

2021年11月17日より2泊3日で京都府舞鶴市を訪問しました。

シリーズで書いて行きますがその初回として旅行で得た情報を中心に舞鶴市の概要

について記載していきます。

舞鶴市の市域地図

上の写真は旅行中に入手した地図の舞鶴市の境界を赤線で示しました。

また、舞鶴市を大浦地区、東地区(東舞鶴)、中地区(中舞鶴)、西地区(西舞鶴)

加佐地区の5地区に分類したものです。

 

舞鶴市市域の変遷

明治22年(1889)、市町村制施行によって加佐郡内は舞鶴町と24ケ村の行政組織が誕生。

明治34年(1901)10月1日に鎮守府が開庁すると新舞鶴町、中舞鶴町が誕生しました。

舞鶴市が市制施行されたのは昭和13年(938)8月1日、周辺地域を吸収合併し

舞鶴市と東舞鶴市が誕生しました。

昭和18年(1943)5月27日、軍部の強い要請で東舞鶴市と舞鶴市が合併して舞鶴市が

できました。市役所は現在の中総合会館に置かれ、東西に支所が置かれました。

この時の人口は86,051人。マイツルを図案化した市章が公募により選ばれました。

(下に添付)尚、現在の加佐地区はこの時には合併から外れました。

戦後、加佐地区は加佐町をつくり昭和32年(1957)5月27日の市制記念日に舞鶴市と

合併し、現在の舞鶴市域が確定しました。

舞鶴市の基本情報

面積 :342.13㎢  総人口: 79,067人 (推計人口、2021年10月1日)

人口密度 :231人/㎢

 

舞鶴市の名前の由来

Wikipedia(舞鶴市)からの引用です。

もともとこの地域は「田辺」と呼ばれていたが、明治時代に山城(現・京田辺市)や

紀伊(現・和歌山県田辺市)にある同名の地名との重複を避けるため、田辺城の雅称である

「舞鶴城」より「舞鶴」の名称が取られた。田辺城が「舞鶴城」の別名を得たのは、

城型が南北に長く、東の白鳥峠から眺めるとあたかも鶴が舞っている姿のように見える

からであるとされている。

 

舞鶴の気候

舞鶴市は、日本海側気候の中でも山陰区に属しているため、春は乾燥した南寄りの風が

吹き下ろすフェーン現象が起こりやすく、夏はおおむね高温多湿で晴天の日が続きます。

冬は北西の季節風が吹き、雨や雪の日が多くなります。

年間降水量は約1,900mm

 

日本遺産の町

2016年に鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴~日本近代化の躍動を体感できるまち~

として日本遺産に選ばれました。

上の写真は鎮守府 

鎮守府は戦艦「三笠」の他19隻の艦艇、海兵団、水雷団、海軍工廠、海軍病院などを

持ち、日本海側唯一の軍港として、日露戦争をはじめそれ以降次々に勃発する戦争の

重要な軍事基地になりました。同時に舞鶴は要塞地帯区域に指定され、住民の日常生活

にはさまざまな禁止・制限が課せられました。

今年は海軍舞鶴鎮守府開庁120周年に当たり色々なイベントが行われました

 詳細は下記のサイトを参照。

  海軍舞鶴鎮守府開庁120年 | 舞鶴市 公式ホームページ (city.maizuru.kyoto.jp)               
     

ユネスコ世界記憶遺産のまち

舞鶴への生還 1945-1956シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げの記録

第2次世界大戦後旧ソ連に抑留された約60万人の人達の抑留生活と苦難に満ちた引き揚げ

の歴史を伝える資料です。

平成27年(2015)10月10日に舞鶴引揚記念館が所蔵する資料570点が人類が共有すべき

世界的に重要な世界の記憶と認められユネスコ世界記憶遺産に登録されました。

上の写真はユネスコ世界記憶遺産登録証明書 出典:舞鶴引揚記念館の展示

上の写真はユネスコ世界記憶遺産の内容の一部 出典:舞鶴引揚記念館の展示

 

Youtube 動画による紹介

【舞鶴市】舞鶴の四季~景色やグルメなどを紹介~

 

VLog 舞鶴ぐるっと旅 海の京都 京都観光ガイド 舞鶴

 

舞鶴 旅行記のインデックス(Index)

 第1回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 202-11-17~11-19 その1 舞鶴市の概要 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第2回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その2 舞鶴引揚記念館 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第3回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その3 海軍割烹術食堂 羅針盤でのランチ - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第4回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その4 復元引揚桟橋 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第5回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その5 松尾寺 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第6回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その6 金剛院 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第7回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その7 だるま堂のだるま様 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第8回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その8 生け簀料理 卑弥呼での夕食 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第9回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その9 ホテルベルマーレでの朝食 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第10回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その10 赤レンガパーク駐車場付近の見どころ - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第11回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その11 赤レンガパーク - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第12回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その12 海軍ゆかりの港めぐり遊覧船 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第13回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その13 赤れんが博物館 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第14回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その14 五老スカイタワー - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第15回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その15 道の駅 舞鶴とれとれセンター - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第16回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その16 JR西舞鶴駅周辺の光景 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第17回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その17 舞鶴グランドホテルの夕食と朝食 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第18回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その18 圓隆寺 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第19回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その19 朝代神社 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第20回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その20 田辺城址(舞鶴公園) - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第21回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その21 有本国蔵翁の銅像 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第22回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その22 竹屋芸屋台 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第23回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その23 明倫館(現明倫小学校) - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第24回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その24 鸕鷀神社(うのもりじんじゃ) - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第25回 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その25 舞鶴かまぼこの展示 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 第26回(最終回) 舞鶴への2泊3日の旅行記 on 2021-11-17~11-19 その26(最終回) 舞鶴市郷土資料館(舞鶴ふるさと発見館) - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 

事前の情報

 舞鶴旅行 予備訪問 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 

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舞鶴旅行 予備訪問

2021年11月10日 05時10分41秒 | 京都情報

2021年11月17日(水)より2泊3日で引揚の町「舞鶴市」に旅行に行く予定です。

旅行に先立ち主な訪問予定地の予備知識を得るために主にYoutube動画にリンク共有

させていただきました。

1.全般

【舞鶴市】舞鶴の四季~景色やグルメなどを紹介~

 VLog 舞鶴ぐるっと旅 海の京都 京都観光ガイド 舞鶴

2.舞鶴引揚記念館

公式サイト:舞鶴引揚記念館 (m-hikiage-museum.jp)

 

 

動画1: 引揚を支えた人々の物語③大木英一さん

動画2: 引き揚げのまち舞鶴~戦後60年を迎えて~.mpg

動画3: 舞鶴引揚記念館~Maizuru Repatriation Memorial Museum~

動画4: 舞鶴引揚記念館のご紹介

3.松尾寺

 西国33所めぐり 第29番札所 青葉山 松尾寺 真言宗醍醐派 創建:和銅元年(708)

 若狭富士と呼ばれる青葉山の中腹にある古寺です。御本尊は馬頭観世音菩薩

 阿弥陀如来坐像(慶派の仏師の作)も見どころ

 公式サイト: 京都府舞鶴市 西国第二十九番札所 青葉山 松尾寺 公式ホームページ (matsunoodera.com)

上の写真は仁王門から本堂へ続く一直線の参道 

出典:NHK 趣味悠々 はじめての西国三十三所巡り(2008年10-11月)テキスト

 

4.海軍ゆかりの港めぐり遊覧船

動画1: 観光船に乗って、舞鶴港を一周しよう! 「海軍ゆかりの港めぐり遊覧船」

 

動画2: 海の京都【舞鶴】遊覧船から見た護衛艦は、大迫力で超オススメ!!

 

動画3: 護衛艦だらけ!舞鶴基地クルーズ・海軍ゆかりの港めぐり遊覧船

 

5.道の駅 舞鶴港とれとれセンター

出典:Googleストリートビュー

6.情緒ある赤れんが倉庫群

上の写真はレンガ倉庫群 国道27号線沿い 出典:Googleストリートビュー

上の写真は赤レンガ博物館 出典:Googleストリートビュー

7.五老スカイタワー

上の写真は五老タワーの外観 眺望が期待できそう 出典:Googleストリートビュー

8.舞鶴公園(田辺城跡、田辺城資料館)

上の写真は舞鶴公園(田辺城跡) 出典:Googleストリートビュー

9.金剛院

天長6年(829)、高岳親王が開いたと伝えられる古刹

境内の三重塔は重要文化財

Wikipedia:金剛院 (舞鶴市) - Wikipedia

10.海軍記念館

海上自衛隊舞鶴地方総監部内にある、旧海軍機関学校大講堂を利用した展示

公式サイト: 見学施設【海軍記念館】 (mod.go.jp)

土日祝日のみの一般公開なので今回は訪問しない予定

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