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比叡山延暦寺と坂本 訪問記 on 2017-10-10~1017-10-12 その12 延暦寺西塔地区

2024年03月09日 13時55分49秒 | 滋賀県情報
2017年10月10日から10月12日まで比叡山延暦寺と坂本を訪問しました。

本日はその第12回として2017年10月11日に訪問した延暦寺西塔地区を写真紹介します。
抜けがあったか消去してしまったかで新規に書き直しました。

当日(2017-10-11)は宿泊する延暦寺会館の送迎バスでJR大津京駅を9時40分頃出発
約30分で延暦寺会館に到着。こちらを起点にまず比叡山延暦寺諸堂順拝券700円と
比叡山内1日フリー乗車券800円を購入し延暦寺横川地区に出かけた後に
延暦寺西塔(さいとう)地区を散策した。


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釈迦堂(重要文化財) 
上の写真は延暦寺西塔の中心の釈迦堂で、正式には転法輪堂という。
現在の建物は織田信長の比叡山焼き討ち後、豊臣秀吉が三井寺(園城寺)の弥勒堂を
移して手を加えたもので山上では最も古い建物(室町時代前期の建物)である。
釈迦堂の建築時期は貞和3年(1347)
建築仕様は桁行七間、梁間七間、一重、入母屋造、とち葺形銅板葺
明治33年(1900)4月7日に国の重要文化財に指定

上の2枚の写真は釈迦堂の現地説明板です。

常行堂 

上の写真は駐車場から釈迦堂に向かって歩いていると左手にある常行堂です。
お堂の中では常行三昧の修業が行われる道場となっており、厳しい修行が行われています。
文禄4年(1595)の建築で昭和30年(1955)6月22日に国の重文に指定

法華堂

上の写真は駐車場から釈迦堂に向かって歩いていると右手にある法華堂です。
常行堂とは渡り廊下で繋がっています。
法華堂と常行堂を併せて俗に「弁慶のにない堂」と呼ばれています。
文禄4年(1595)の建築で昭和30年(1955)6月22日に国の重文に指定

上の2枚の写真は常行堂と法華堂(弁慶のにない堂)の現地説明板



恵亮堂


上の2枚の写真は恵亮堂(えりょうどう)と現地説明板
中興の祖、恵亮和尚を本尊として祀ってある。この和尚は修力霊験に優れていたと言われる。
京都妙法院の創建など後世に残している。

鐘楼(重要文化財)
上の写真は鐘楼
江戸時代中期 貞享年間(1684-1687)の建築で平成28年(2016)7月25日に重文に指定

石仏

廬舎那仏(大仏)?の石造がありました。
西塔地区に比叡山最古の弥勒石仏があるようですがそこにたどり着かず写真は無い
そこで写真が掲載されたサイトにリンクさせていただきました。

浄土院(東塔)
東塔に属しているが西塔地区の一部として紹介しておきます。




浄土院は開祖最澄を祀る一郭で華やかな意匠の御廟や大型の拝殿など開祖の廟所らしい
荘厳な境域を創出する。822年に入寂した最澄はこの地に埋葬された。
御廟を守る僧は待真と称され12年間籠山の誓いをたてて行に励み伝教大師に仕えています。

上の2枚の写真は浄土院の現地説明板

西塔の伽藍配置



天然記念物「鳥類繁殖地」 

上の写真は天然記念物比叡山鳥類繁殖地と書かれた石碑(昭和7年に建立)
比叡山には多種多様な鳥類が棲息します。 昭和5年に、寺域一帯約830万㎡が「鳥類繁殖地」
として天然記念物に指定されました。 指定当時はキビタキ、サンコウチョウ、
アカショウビンなども棲息していたといいます。

草野天平さんの詩碑と五重照隅塔

上の写真は草野天平さんの詩碑(左)と五重照隅塔 釈迦堂への参道にあります
「草野天平」さん作の「弁慶の飛び六法 勧進帳を観て」という作品の詩碑。

「草野天平」さんは詩人・草野心平さん(1903-1988)の7つ違いの弟さんです。
彼もまた詩人でした。
上の写真は草野天平さんの詩碑のアップ

真盛上人修学の地碑



上の2枚の写真は真盛上人修学之地の石碑と現地説明板

円戒国師寿塔



上の2枚の写真は円戒国師寿塔と現地説明板

止観道場


最後に延暦寺西塔の見どころが書かれた現地の説明板を添付して筆を置きます




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