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北野・叶地蔵尊のキリシタン地蔵 on 2021-10-31

2021年11月05日 04時44分03秒 | 神戸情報

2020年9月4日の神戸新聞朝刊に神戸市北野・叶地蔵尊のキリシタン地蔵を紹介する

記事が掲載されました。

2021年10月31日に現地に出向き写真を撮ってきましたので紹介します。

まず、叶(かなえ)地蔵尊の場所(神戸市中央区中山手通1丁目20-15)のGoo地図を

添付しておきます。

上の写真は叶地蔵尊の遠景です。上述した住所表示は背後の建物になります。

北野の異人館街に通ずる不動坂沿いにあります。

上の2枚の写真が叶地蔵尊内のキリシタン地蔵。叶地蔵尊内には中央のキリシタン地蔵の

両脇に2体の地蔵尊が安置されており合計3体のお地蔵様が安置されています。

キリシタン地蔵は織部灯籠の竿の部分を利用したもので下部にお地蔵様が浮き彫りされています。

神戸新聞の記事によれば織部灯籠は「キリシタン灯籠」とも呼ばれることがある。

「竿(さお)」(石柱)の形が十字架を模しており、潜伏キリシタンの信仰に

関連しているという説による。

この地蔵尊の持ち主はスコットランド人のJ・F・ミッチェルで、幕末に長崎で

造船技師として活躍後に来神。異人館の「トムセン邸」を設計したとされる。

自宅の洋館は叶地蔵尊付近で、石造物はもともとそこにあったという。

ミッチェルは1890(明治23)年に神戸に移住し、1903年に没。子孫は

外国人向けの葬祭業などを営んでいたが、45年6月の神戸空襲で自宅が全焼、

神戸を離れたとみられる。戦後、業者が宅地開発中にこの石造物が見つかり、住民有志が

安置したのが、叶地蔵尊。「黒っぽいのは空襲の火災で焼けたからでは」と

一宮神社の山森宮司は推測する。「長崎から神戸に運ばれてきた可能性もある。

長い旅路をたどってきたのかもしれませんね」

詳細は下記サイト

 かつてスコットランド人が所有? 神戸・北野の“キリシタン地蔵” | M's KOBE - 神戸新聞NEXT (kobe-np.co.jp)

織部灯篭の解説
出典:http://www.web-uekiya.com/nouen/touro/oribe/t-oribe.htm
竿の円部に、アルファベットを組み合わせた記号を陰刻し、その下部に立像を浮彫にしている。
これを地蔵信仰に似せた隠切支丹の尊像と見て、マリア灯籠とか切支丹灯籠とも言われた。
実際に、十字架的な要素を強調し、竿に十文字に閂を入れたものもある。
一般的には、桃山時代の茶人、古田織部が創案したものとして、織部灯籠とよばれている。

 

神戸市垂水区の転法輪寺の綾部灯籠(切支丹灯籠)の写真を添付しておきます。(下の写真)

撮影:2020年7月16日

訪問記にリンク。

今が見頃! 神戸市垂水区 転法輪寺の蓮 on 2020-7-16 - CHIKU-CHANの神戸・岩国情報(散策とグルメ) (goo.ne.jp)

 

過去に住んでいた山口県岩国付近のキリシタン灯篭1

過去に住んでいた山口県岩国付近のキリシタン灯篭2
上記で紹介(吉川邸内のキリシタン灯篭)のものと転法輪寺のものとは非常に形式が
近いものだと思われます。


上の2枚の写真は叶地蔵尊の中景と近景


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