投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2008年10月26日(日)20時33分52秒
貨幣について俄か勉強をしているのですが、どうも歴史学者の言われることがピンとこないですね。
例えば中島圭一氏は「室町時代の経済」(『日本の時代史11 一揆の時代』、2003)で、次のように書かれています。(p164以下)
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割符の信用を失わせる原因は、何よりもまず違割符(ちがいさいふ)の多発にあると思われるが、十四世紀前半から見られる違割符が、なぜ十五世紀後半になって初めて深甚な影響を引き起こしたのかが問題であろう。そこで十五世紀後半という時期に着目するなら、割符が運ぶ価値の実体となる銭貨のシステムも、本節ですでに見た通り、ほぼ同じ時期に変動の兆しが現れており、単なる偶然ではないのではあるまいか。銭貨の場合は、すべて一枚一文という通用原則の粗雑さに人々が気付き、銭種の違いを通用価値の差に結び付けようとする考え方が発生したことから、システムの変動が始まった。このような新たな思考が銭貨以外にも向けられたとすれば、割符という文書を十分に吟味することもなく信用してしまう流通システムの粗雑さに人々が気付き、換金性を厳しくチェックしようとする行動に出ても不思議はない。当時の人々なりの合理性をもって、経済システムの信頼性を再検証しようとする動きが、銭貨とともに、割符の信用システム全体を解体に導いたのだと考える。
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銭貨の場合、ある時点で、「すべて一枚一文という通用原則の粗雑さに人々が気付き」、割符についても、ある時点で「割符という文書を十分に吟味することもなく信用してしまう流通システムの粗雑さに人々が気付」いたと言われると、室町時代の人たちはずいぶん頭が悪かったようにも思えますが、どうなんですかね。
金融に関わる人々が、そんなに「粗雑」な頭の持ち主だったのか。
少し検索してみたら、黒田明伸氏『貨幣システムの世界史<非対称性>を読む』の書評で、梶谷懐氏という方が安冨歩氏の以下のような見解を紹介されていました。
http://www.eb.kobegakuin.ac.jp/~kajitani/kuroda.pdf
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具体的な現代中国経済の検証に入る前に注目しておきたいのが,市場経済における「貨幣(取引)」と「信用(取引)」との違いという視点である。現代中国経済においてはこういった「貨幣取引」と「信用取引」の違いが,明確な形で現われていると考えられるからである。
これら二つの取引の違いについて理論的に明確な形で示したものとしては安冨(2000)がある。以下,彼の議論を参照しながら上記の問題について考えていこう。
安冨によれば,「貨幣取引」と「信用取引」は,一般には漠然と混同される傾向があるが,本来それらは全く異なった起源と機能を持ったものである。すなわち,「貨幣取引」が「他人が受け取るものを受け取る」という匿名の多数者の行為を模倣する戦略によって「欲望の二重の一致」の問題を回避しようとするのに対し,「信用取引」は,「しっぺ返し(相手を信頼して取引を行なうが,相手が裏切った場合はこちらも同じ戦略をとる)」戦略という,あくまでも固有名を持った個々の他者を「信頼」し,その行為を模倣する戦略によって同じ目的を達成しようとするものである。
また安冨は,コンピューターシミュレーションの結果などを用いて,「貨幣取引」が市場への参加者数(=N)が増加しても取引の安定性が左右されないという性質を持つのに対して,「信用取引」の場合,Nが増加することによって信頼することのできる相手と出会う確率が低くなるため,取引はより不安定になることを示している。
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「貨幣取引」と「信用取引」の違いという視点は新鮮ですので、安冨歩氏の『貨幣の複雑性:生成と崩壊の理論』(創文社、2000)という本を読んでみるつもりです。
それにしても、勝軍地蔵の追っかけをやっていたときに「安富道行」って何者だろうと思っていたので、「安冨歩」というお名前に何か古い知り合いに会ったような親近感を勝手に覚えてしまいます。
http://blog.goo.ne.jp/daikanjin/c/04e149d1b50c666301065c3ef87d4c67
貨幣について俄か勉強をしているのですが、どうも歴史学者の言われることがピンとこないですね。
例えば中島圭一氏は「室町時代の経済」(『日本の時代史11 一揆の時代』、2003)で、次のように書かれています。(p164以下)
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割符の信用を失わせる原因は、何よりもまず違割符(ちがいさいふ)の多発にあると思われるが、十四世紀前半から見られる違割符が、なぜ十五世紀後半になって初めて深甚な影響を引き起こしたのかが問題であろう。そこで十五世紀後半という時期に着目するなら、割符が運ぶ価値の実体となる銭貨のシステムも、本節ですでに見た通り、ほぼ同じ時期に変動の兆しが現れており、単なる偶然ではないのではあるまいか。銭貨の場合は、すべて一枚一文という通用原則の粗雑さに人々が気付き、銭種の違いを通用価値の差に結び付けようとする考え方が発生したことから、システムの変動が始まった。このような新たな思考が銭貨以外にも向けられたとすれば、割符という文書を十分に吟味することもなく信用してしまう流通システムの粗雑さに人々が気付き、換金性を厳しくチェックしようとする行動に出ても不思議はない。当時の人々なりの合理性をもって、経済システムの信頼性を再検証しようとする動きが、銭貨とともに、割符の信用システム全体を解体に導いたのだと考える。
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銭貨の場合、ある時点で、「すべて一枚一文という通用原則の粗雑さに人々が気付き」、割符についても、ある時点で「割符という文書を十分に吟味することもなく信用してしまう流通システムの粗雑さに人々が気付」いたと言われると、室町時代の人たちはずいぶん頭が悪かったようにも思えますが、どうなんですかね。
金融に関わる人々が、そんなに「粗雑」な頭の持ち主だったのか。
少し検索してみたら、黒田明伸氏『貨幣システムの世界史<非対称性>を読む』の書評で、梶谷懐氏という方が安冨歩氏の以下のような見解を紹介されていました。
http://www.eb.kobegakuin.ac.jp/~kajitani/kuroda.pdf
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具体的な現代中国経済の検証に入る前に注目しておきたいのが,市場経済における「貨幣(取引)」と「信用(取引)」との違いという視点である。現代中国経済においてはこういった「貨幣取引」と「信用取引」の違いが,明確な形で現われていると考えられるからである。
これら二つの取引の違いについて理論的に明確な形で示したものとしては安冨(2000)がある。以下,彼の議論を参照しながら上記の問題について考えていこう。
安冨によれば,「貨幣取引」と「信用取引」は,一般には漠然と混同される傾向があるが,本来それらは全く異なった起源と機能を持ったものである。すなわち,「貨幣取引」が「他人が受け取るものを受け取る」という匿名の多数者の行為を模倣する戦略によって「欲望の二重の一致」の問題を回避しようとするのに対し,「信用取引」は,「しっぺ返し(相手を信頼して取引を行なうが,相手が裏切った場合はこちらも同じ戦略をとる)」戦略という,あくまでも固有名を持った個々の他者を「信頼」し,その行為を模倣する戦略によって同じ目的を達成しようとするものである。
また安冨は,コンピューターシミュレーションの結果などを用いて,「貨幣取引」が市場への参加者数(=N)が増加しても取引の安定性が左右されないという性質を持つのに対して,「信用取引」の場合,Nが増加することによって信頼することのできる相手と出会う確率が低くなるため,取引はより不安定になることを示している。
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「貨幣取引」と「信用取引」の違いという視点は新鮮ですので、安冨歩氏の『貨幣の複雑性:生成と崩壊の理論』(創文社、2000)という本を読んでみるつもりです。
それにしても、勝軍地蔵の追っかけをやっていたときに「安富道行」って何者だろうと思っていたので、「安冨歩」というお名前に何か古い知り合いに会ったような親近感を勝手に覚えてしまいます。
http://blog.goo.ne.jp/daikanjin/c/04e149d1b50c666301065c3ef87d4c67