Fuu

ある日には山 ある日には畑 自然体で気分良く暮らしています。

小田原  ついてない旅

2015-10-12 22:08:23 | 旅行記
娘の相棒は とことんついていない人だって前に話しましたが それは時々あらわれます。
箱根を諦めたので
「じゃぁ 小田原城へ行こう」と

ところがです。
小田原城 改装中で見られない・・・・何と・・・・・

家を朝6寺頃に出てきたので 小田原についても なんだか眠ったような町に見えます。
駅裏の狭い道をくねくね


北条氏のお墓に行きます。
北条氏4代氏政と その弟氏照のお墓です。1590年豊臣秀吉の小田原攻めの時に 小田原城落城のあと自刃します。
街中の小さな小さな空き地にひっそりとありました。
それでも放置されたり 関東大震災の斎に埋没してしまった物を 地元の有志が再現したのだそうです。
あれだけ大きな力を持っていた北条氏の最後を思うと胸が痛くなります。


過去に何度か行っていますが いtも公園側からでした。
森を歩いた様な記憶があるのですが 今回は海側から入ります。
一寸城が小さく見えます。


二の丸の東堀だそうです。
てっきり外堀だと思っていたのですが
春日局の息子 稲葉正勝が城を改築したときに 本丸二の丸を守る為に築いた物だそうです。 
真っ青な空を映して お堀がとても綺麗です。

二の丸跡を右に見てさらに進むと常磐木門が

とても重厚な感じです。
本丸御殿への正門だそうです。 昔からの物が残っていると良いのですが1971年に市政30周年を記念して作られたものだそうです。
残念だけれど仕方ないですね?

左手に銅門があります。
これは時間が早すぎて見られなかった。

模型がありました。
江戸時代の工法 技術を採用しているので こんな風に模型を作って準備したのだと
土の収縮具合や 乾き具合を見るために行われたそうですが 案外めんどくさい事をしていたのですね?
それにしても 銅が使ってないようなのに銅門ってなぜ?


で 娘の相棒が一番楽しみにしていた小田原城天守です。
あ~~ぁ 白いベールをかぶっています。
前に見たとき 海や 秀吉が作ったと言われる一夜城跡が見えたりして面白かったのに

なぜか 猿の檻が有り 中を見られないので猿で遊んでいってくれって事だね? と言うチビに苦笑しながら 戻るのでした。


これも堀の跡だと思うのですが 稲のような物が植わっていました。
何でしょうね?


歴史見聞館で小田原城の歴史を見るも これも時間が早いと言う事で 入れてもらえず 待って入ったけれど さほど感激しなくて・・・
おきまりの写真を撮って次へGOです。
コメント (2)
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