2018.10.31
中国を訪問し、習近平国家主席らと会談した安倍首相。スワップ協定の再開や、第三国での民間経済協力(共同インフラ投資等)に関する覚書がなされるなど、経済での協力関係を進めたい両国首脳の思惑が一致した。安倍首相も“雪解け”ムードを演出し、26日に北京で行われた企業関係者のフォーラムでの挨拶では「中国は長く日本のお手本だった」と述べるなど、関係改善を必死にアピールしている。
その一方で、熱烈な安倍応援団のネトウヨたちには、微妙な空気が流れている。安倍首相のFacebookには、訪中についてねぎらいの言葉をかけつつも、「ただし、チャイナの首脳と率直に本音で語り合うなどというのは、甘い妄想でしかありません」「反日活動、反日教育、領土問題、を棚上げしての友好はありません!(> <)」などと不快感をあらわにした書き込みが目立つ。さらには「もう、安倍ちゃん歯ね! 屑(どこまで中国に魂売るや!日本で歴代最低な首相!)」など不支持を明確にしたコメントも少なくない。
だが、割れているのはネトウヨ層の安倍支持者だけではなさそうだ。今回の訪中をめぐっては政権内部にも亀裂が走っているとの見方も出ている。
たとえば、安倍首相は26日、習国家主席や李克強首相との会談後、更新したツイッターで〈国際スタンダードの上に、競争から協調へ。隣国同士として、互いに脅威とならない。そして、自由で公正な貿易体制を発展させていく。習近平主席、李克強総理と、これからの日中関係の道しるべとなる3つの原則を確認しました〉と述べた。同日のテレビでのインタビューでも同じ趣旨の発言をしている。また、“安倍官邸御用紙”である産経新聞も「競争から協調へ」「脅威ではなくパートナー」「自由で公正な貿易体制の発展」を「新3原則」と名付けて、安倍首相と習近平国家主席が確認したなどと報じている。
ところが、この「新3原則」なる安倍首相のアピールを巡って、奇妙な齟齬が出ているのだ。毎日新聞の報道によれば、26日の夜の記者説明で西村康稔官房副長官は「3原則のようなものを明確に示したのか」という記者からの質問に言葉を濁し、外務省幹部に耳打ちされて「首相から三つの原則という言い方はしていない」と答えたという。実際、中国側の説明には「3原則」との言葉はまったくなく、安倍首相が外務省とすり合わせをしないまま、会談の成果としてアピールした可能性があると指摘した。また、読売新聞も西村官房副長官の「3原則という言い方はしていない」との説明を紹介し、「原則は呼びかけたが、3原則という言葉は使わなかった」(外務省幹部)などの証言を伝えた。
菅義偉官房長官は29日の会見で、「原則の重要性は会談で中国側と完全に一致しており日中で食い違いが生じているという指摘は当たらない」とフォローしたが、外務省と首相の説明の不一致については言及しなかった。また、中国側も依然として「3原則」の確認について明言を避けている。
普通に考えれば、日本の外務省も否定したところをみると、安倍首相が勝手に「3原則」なる仰々しい言葉で印象付けようとしたのは“誇大広告”ということになるだろう。
だが、これは単に、安倍首相のいつもの先走りというか、暴走気味な性格だけによるものなのだろうか。
実は、例の「3原則」という言葉は、安倍首相の訪中の成果としてアピールするために、官邸が主導して記者に流したものともの説もあるのだが、それ以上に永田町周辺でささやかれているのは、官邸内の実力者どうしの“不和”が今回の説明の不一致を招いたのではないかとの見方だ。
「外務省が例の『3原則』を否定したのは、もちろん、自分たちはそんな言葉が会談で出てこなかったことを知っていたからに他ならないわけだけど、であれば、後から官邸と口裏を合わせて、菅官房長官の言い方のように誤魔化してしまえば済む話。西村副官房長官に耳打ちしてまで公式に否定させたのは、中国との距離を置きたい外務省と、経済目当てでどんどん接近したい経産省との綱引きが絡んでいると思うね」(政治評論家)
[中国への親書をめぐり今井首相秘書官と谷内NSC局長が大ゲンカ]
実際、外務省と経産省を巡っては、少し前も官邸内での衝突が表沙汰になったことがあった。昨年5月、自民党の二階俊博幹事長が訪中した際、習国家主席に手渡した親書を、事前に官邸の今井尚哉・首相主席秘書官が中身の書き換換えを指示したとされる一件のことだ。安倍政権では、首相の重要な親書は、谷内正太郎国家安全保障局長が最終チェックすることになっていたのだが、それを今井氏の鶴の一声で、谷内氏を飛び越えてしまったことから、官邸や霞が関の事情を知る関係者は騒然としていた。
周知のとおり、今井秘書官といえば、安倍政権においてアベノミクスや原発政策ほか主要政策を仕切るなど“影の総理”の異名を持つ。もともと経産省出身で、第二次安倍政権が“経産政権”と呼ばれる由縁のひとつとされる人物だ。一方の谷内局長といえば外務省出身で、日本版NSCを仕切るなど、安倍首相の外交・安保政策を支える親米タカ派の代表格だ。
昨年の今井秘書官による“親書書き換え”の際には、谷内局長が今井氏に「なぜ書き換えた」と詰め寄り、「こんなことじゃ、やってられない」と局長辞任まで申し出て安倍首相が必死になだめたといわれており、この官邸内の実両者どうしの溝は深いのだが、このときの背景も、やはり、経産省と外務省の中国をめぐる対立があった。
実は、この騒動は、今回の訪中で中国側と覚書をした民間のインフラ投資にも関わるものだ。インフラ投資は事実上、習近平体制が目玉としている巨大経済圏構想「一帯一路」とAIIB(アジアインフラ投資銀行)にも関係する。もともと中国との経済協力に関してはAIIBへの日本加盟の是非が議論されていたが、周知の通り、米国の顔色を見る日本政府は一貫して参加を拒否。ところが、日に日に影響力を増すAIIBに対して、日本の参加をめぐって官邸内でも意見が割れた。その積極派が今井秘書官で、慎重派が谷内局長だ。
この今井・経産省vs谷内・外務省の対立が、前述の“今井親書書き換え騒動”の背景であったともささやかれているわけだが、そうした経緯を考えてみると、今回の「3原則」をめぐっても、経産省と外務省の中国に対する姿勢の違いが影響を及ぼしているのではないかと思えてくるのだ。
いずれにしても、「3原則」に関しては、外務省の否定だけではなく、中国側の沈黙も気がかりだ。だが、少なくとも、ここにきて急激に「親中」へ舵を切る安倍官邸の内部の亀裂は、対中外交をめぐる政権の目論見が一筋縄ではいかないことを示している。単細胞の嫌中感情で安倍首相を責め立てるネトウヨたちとは違う文脈で、今回の安倍首相訪中の評価はしばらく保留にしておいたほうがよさそうだ。
(リテラ編集部)