朝のジャンクション馬橋にて。
中線で開通待ちをする単機の1050号機が止まっている。
そこにこれから武蔵野線へ向かう1084号機率いる貨物がやってくる。
そして今度は、武蔵野線からやって来た1081号機の貨物。
ジャンクションに集うPFたちの邂逅を暫し楽しむ。
2010年11月 馬橋付近にて
駅員に断って一度だけ水上駅でマルヨした。
終電も終わり日付が変わった頃、照明をおとした構内に佇む補機EF1612号機。
静まり返った駅構内に近づく下り列車。
そのライトで仄かに暗闇に浮かび上がる古豪の躯体。
1978年8月 水上駅
9月最初の週末、久々の撮影に出かけようと思っていたのに天気予報に翻弄されて結局何処へも出ず。
悶々とした週末を過ごしてしまった。
稲の借り入れも始まったこの時季はやはりスカッとした秋晴れを期待してつい天気の高望みをしてしまいがち。
そんな秋の思い出の一枚。
KRをカメラに装てんして秋色の撮影を楽しんだ思い出。
実りの秋と言えばやはり田圃を入れた風景。
一目散に高校から帰ったその足でカメラを持って当時の一番のお気に入りポイントへ自転車を飛ばす。
澄んだ空気の中、四王寺山バックにごった煮編成の佐賀行DCを撮る。
キハ35+35に17と20の4両の首都圏色と急行色の26と一般色の10。
緑の中の赤系統のディーゼルカー編成はKRお得意の色。
1978年秋 鹿児島本線
結局電関人が撮影できたデデゴイチの最若番は出力アップされた最初のロットである21号機。
一縷の望みで出かけた81年春の磐西線は時すでに遅しであった。
結局男鹿線や吹田の若番を追うこともせずに一本鉢巻の低出力型には現役で逢うことはなかった。
この角度だと判りづらいが、ネコを操る駅員が待つホーム中央付近に荷物車が止まる編成で前後を客車が挟んでいたと記憶する。
名残雪舞う春まだ浅い磐西路で出会った若番機の思い出。
1981年春 徳沢駅
ゆのか、ゆけむり、ゆのくにと温泉地に向かう優等列車はストレートなネーミングが一番であるが、
次に来るのはその地名そのもので、草津や水上、伊香保、きぬがわなんてのがそれらしい。
車で行くなんてのはまったくもって無粋の極み。
発駅でしっかりお酒類とつまみを仕入れて乗り込み、途中の名物駅弁を食べて次第に盛り上がっていく。
関東平野は広すぎて中々温泉地に向かうムードに盛り上がらない車窓だが、
中ではだんだん山に向かっていく上越、吾妻線方面は良い。
伝統的な週末温泉エクスプレスなのは185系水上。
国鉄型モーターサウンドを楽しみながら車内で飲み食いして温泉地に向かう。
窓が開くなんてのも昔の急行風情があって良いもんだ。
JRは本当にキャンペーンの張り方が下手だと思う。
温泉地とのタイアップを根本的に考え直すことでこの辺の温泉エクスプレスの需要喚起はいくらでもできそう。
ま、不動産屋に成り下がってしまった会社には無理かもしれないが・・・。
2010年夏撮影 特急水上