明るくていつも元気なお母さん。今も変わらぬ元気と笑顔。
結婚して「おはよう」と言って主人を起こすと「うるさいな」と言われた。
17歳ホリプロタレントグランプリ。2年後「夏のお嬢さん」が大ヒット。
25歳の時、運命の出逢い。渡辺徹さんと結婚。結婚式をTVで中継。
オシドリ夫婦と言われている。渡辺徹さんはインドア派だった。
デビュー40周年。先輩は和田アキ子さんと片平なぎさんの2人だけになった。
1曲目「よろしく哀愁」
初めて買ったレコードだった。それから郷ひろみさんの追いかけ。部屋にポスターを貼ったり。
「会えない時間が愛を育てる」この歌詞が。
高校に入って、コンサートに行けるようになった。郷ひろみのコンサートのチケット買ったら1列目。ケーキを買って持って行った。しかし、I列だった。渡せなかった。しばらく食べられずしかし後で食べたが。
想いを込めた贈り物だった。ファンから貰ったプレゼントは皆そんな思いで買ってくれたんだと思う。
ホリプロキャラバンの1回目の優勝者になった。親には黙ってこっそりと。関東地区2人選ばれた。しかし本選はTV放映。母に言わないといけない。母が寝込んでしまった。可愛がってくれていた4歳上の姉も「もう郁恵ちゃんの顔も見たくない」と言われた。結局、父親が付き添ってくれた。父親は俳優にあこがれていた。エキストラの経験もあった。それまでは父親は怖い存在だった。初めて大勢の前で歌った。家に帰ったら母にも姉にも叱られた。
次の日から仕事が入って来た。父が母を説得してくれた。父が「子どもはどう進むかわからない。子どもの芽を摘むことはできない」と母に行ってくれていた。父はホリプロの事務所の近くの会社で働いていたので、時折菓子折りを持ってホリプロに「娘をよろしく」とあいさつに行ってくれていた。またファンレターを貰ってきて、父が「応援ありがとうございます」と返信を出してくれていた。これは知らなかった。
楽しいばかりの日でなかった。水着が嫌いだった。サイズがなかった。周りが細すぎた。水着は3角しかなく。漏れているのが嫌で嫌で。
レコーディングで自分の声があっちいったりこっちいったりする。いつも“笑顔”を求められて。
何度歌っても上手く行かなかった。泣きはしなかったがむきになっていたかも。むきになって歌ったのが良いと言われた。そうして榊原郁恵が作られていった。
新人医師との渡辺徹とキスシーンがあった。32年前のスキャンダル。夫は郁恵の大ファンだった。ドラマが半年くらい続く。夫に好意を抱いたきっかけは、夫はスタッフ皆に平等に接していた。細やかな気遣いに惹かれた。夫が海外に行くと可愛らしいオルゴールを買ってきてくれた。
結婚すると決めた瞬間は、夫が花束を2つ持ってきて家に来た時だった。それは両親への花束だった。それで母は喜んでしまった。結婚したら専業主婦になろうと思ったら、母がパートナーとして夫を理解するために、仕事を続けた方がよいと言ってくれた。仕事をしていると夫を理解できる。
夫はインドア派だった。付き合っていた時はアクティブだった。いろいろなところに連れて行ってくれた。結婚したらどれだけ友だちが増えるかと思った。日曜日になると将棋のTVを見ている。「どっかへ行こう」と言ったら、「せっかくの休みなのでゆっくりしたい」。料理が苦手で時間がかかる。子どもから「まだ、井森さんがいないとできないの?」と。息子は今注目の俳優で頑張っている。息子が夫の楽団を見に行った。親子が俳優として向き合っている。
2曲目は居心地をよくしてくれる曲「カノン」。夫の愛情を感じられる曲。3番まで入っている大きなオルゴールを買って来てくれた。「おまえが好きな曲だろう。前に好きだと言っていた」。夫は私がなにげなく言った言葉を覚えていてくれた。
次男坊は大学生。自分の好きなことを大切にして欲しい。何もしない17歳には「何かしてよ」と思ってしまう。自分が17歳からやって来たので。
感想;
人生は思いもかけないことから大きく変わって行くものなんですね。
どの道を選択するか。選択によって大きく変わって行くことになるのでしょう。
ロゴセラピーはで、
1)人は誰でも意志を持っている。
2)その意志はどんなときにも自由である。
3)いかなる状況であっても人生には必ず意味がある。
と考えます。
どれを選択するか、選択する時に意味を見つける。
人生への生き方の考え方によって行き着くところが大きく変わるように思います。
仏教に”唯識”との言葉があります。
「見えている世界は自分がどう見ているかの結果である。悪く思えば悪い状況に、良いと思えば良い状況になる」
ロゴセラピーでは「人生が自分に問いかけてくる」と考えます。
その状況で一番ふさわしい意味を見つける。その視点は”眼差しが自分ではなく、外に向いている”が大切だと。
結婚して「おはよう」と言って主人を起こすと「うるさいな」と言われた。
17歳ホリプロタレントグランプリ。2年後「夏のお嬢さん」が大ヒット。
25歳の時、運命の出逢い。渡辺徹さんと結婚。結婚式をTVで中継。
オシドリ夫婦と言われている。渡辺徹さんはインドア派だった。
デビュー40周年。先輩は和田アキ子さんと片平なぎさんの2人だけになった。
1曲目「よろしく哀愁」
初めて買ったレコードだった。それから郷ひろみさんの追いかけ。部屋にポスターを貼ったり。
「会えない時間が愛を育てる」この歌詞が。
高校に入って、コンサートに行けるようになった。郷ひろみのコンサートのチケット買ったら1列目。ケーキを買って持って行った。しかし、I列だった。渡せなかった。しばらく食べられずしかし後で食べたが。
想いを込めた贈り物だった。ファンから貰ったプレゼントは皆そんな思いで買ってくれたんだと思う。
ホリプロキャラバンの1回目の優勝者になった。親には黙ってこっそりと。関東地区2人選ばれた。しかし本選はTV放映。母に言わないといけない。母が寝込んでしまった。可愛がってくれていた4歳上の姉も「もう郁恵ちゃんの顔も見たくない」と言われた。結局、父親が付き添ってくれた。父親は俳優にあこがれていた。エキストラの経験もあった。それまでは父親は怖い存在だった。初めて大勢の前で歌った。家に帰ったら母にも姉にも叱られた。
次の日から仕事が入って来た。父が母を説得してくれた。父が「子どもはどう進むかわからない。子どもの芽を摘むことはできない」と母に行ってくれていた。父はホリプロの事務所の近くの会社で働いていたので、時折菓子折りを持ってホリプロに「娘をよろしく」とあいさつに行ってくれていた。またファンレターを貰ってきて、父が「応援ありがとうございます」と返信を出してくれていた。これは知らなかった。
楽しいばかりの日でなかった。水着が嫌いだった。サイズがなかった。周りが細すぎた。水着は3角しかなく。漏れているのが嫌で嫌で。
レコーディングで自分の声があっちいったりこっちいったりする。いつも“笑顔”を求められて。
何度歌っても上手く行かなかった。泣きはしなかったがむきになっていたかも。むきになって歌ったのが良いと言われた。そうして榊原郁恵が作られていった。
新人医師との渡辺徹とキスシーンがあった。32年前のスキャンダル。夫は郁恵の大ファンだった。ドラマが半年くらい続く。夫に好意を抱いたきっかけは、夫はスタッフ皆に平等に接していた。細やかな気遣いに惹かれた。夫が海外に行くと可愛らしいオルゴールを買ってきてくれた。
結婚すると決めた瞬間は、夫が花束を2つ持ってきて家に来た時だった。それは両親への花束だった。それで母は喜んでしまった。結婚したら専業主婦になろうと思ったら、母がパートナーとして夫を理解するために、仕事を続けた方がよいと言ってくれた。仕事をしていると夫を理解できる。
夫はインドア派だった。付き合っていた時はアクティブだった。いろいろなところに連れて行ってくれた。結婚したらどれだけ友だちが増えるかと思った。日曜日になると将棋のTVを見ている。「どっかへ行こう」と言ったら、「せっかくの休みなのでゆっくりしたい」。料理が苦手で時間がかかる。子どもから「まだ、井森さんがいないとできないの?」と。息子は今注目の俳優で頑張っている。息子が夫の楽団を見に行った。親子が俳優として向き合っている。
2曲目は居心地をよくしてくれる曲「カノン」。夫の愛情を感じられる曲。3番まで入っている大きなオルゴールを買って来てくれた。「おまえが好きな曲だろう。前に好きだと言っていた」。夫は私がなにげなく言った言葉を覚えていてくれた。
次男坊は大学生。自分の好きなことを大切にして欲しい。何もしない17歳には「何かしてよ」と思ってしまう。自分が17歳からやって来たので。
感想;
人生は思いもかけないことから大きく変わって行くものなんですね。
どの道を選択するか。選択によって大きく変わって行くことになるのでしょう。
ロゴセラピーはで、
1)人は誰でも意志を持っている。
2)その意志はどんなときにも自由である。
3)いかなる状況であっても人生には必ず意味がある。
と考えます。
どれを選択するか、選択する時に意味を見つける。
人生への生き方の考え方によって行き着くところが大きく変わるように思います。
仏教に”唯識”との言葉があります。
「見えている世界は自分がどう見ているかの結果である。悪く思えば悪い状況に、良いと思えば良い状況になる」
ロゴセラピーでは「人生が自分に問いかけてくる」と考えます。
その状況で一番ふさわしい意味を見つける。その視点は”眼差しが自分ではなく、外に向いている”が大切だと。