http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e4%b8%80%e6%b5%81%e3%81%a8%e4%ba%8c%e6%b5%81%e3%82%92%e5%88%86%e3%81%91%e3%82%8b%e8%83%bd%e5%8a%9b%e3%80%8c%e3%82%b0%e3%83%aa%e3%83%83%e3%83%88%e3%80%8d%e3%81%a3%e3%81%a6%ef%bc%9f/ar-AAiIu8z?ocid=spartandhp#page=2ダイヤモンド・オンライン
世界の心理学者が長年追求してきた「人生で成功するのに最も重要なファクターは何か?」がついに研究で解明された!ビジネスリーダー、エリート学者、オリンピック選手……成功者の共通点は「才能」でも「IQ」でもなく、もうひとつの能力「グリット」だった――。これまでの能力観・教育観を180度くつがえし、世界的ベストセラーとなっている『やり抜く力 人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』から、その驚くべき内容を紹介する。
「生まれつきの才能」は重要ではなかった!
子どものころから、「天才」という言葉を耳にタコができるほど聞いた。
まるで口癖のように、父はいつも突然こう言った。
「いいか、おまえは天才じゃないんだぞ!」
夕食の最中でも、家族でテレビを観ていても、CMになったとたんに、いきなりそんなことを言う。あるいは、ソファーにどかっと腰を下ろして、「ウォール・ストリート・ジャーナル」を広げながら、ぴしゃりとひと言。
そんなとき自分がどういう態度を取ったのか、よく覚えていない。たぶん、聞こえないふりでもしたのだろう。
父は「非凡な才能」や「生まれ持った能力」にやたらとこだわる人で、つねに他人の能力を品定めしていた。そして、自分の知性がどれだけ優れているか、わが子の頭脳がどれだけ優れているかについても、並々ならぬ関心を抱いていた。
そんな父の頭痛の種は、私だけではなかった。弟も、妹も、天才児とは思えなかったからだ。三人のうちひとりとして、父のお眼鏡にかなうようなアインシュタイン並みの頭脳に恵まれた子はいなかった。父はそのことにひどく失望していた。そして、凡庸なわが子はいずれも大成しないのではないか、と悩んでいた。
「情熱」と「粘り強さ」が人生の成功を決める
2年前、私は幸運にも「マッカーサー賞」を受賞した。別名、「天才賞」。マッカーサー賞には自分で応募したり、友人や同僚の推薦を依頼したりすることはできない。匿名の選考委員会が、各分野の第一人者らの意見をもとに、きわめて有意義で創造的な活動を行っている、将来有望な人物を選考する。
ある日、突然の電話で受賞を知った私は、驚きに打たれ、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。やがて、ふと頭に浮かんだのは父のことだった――おまえは天才じゃない、と頭から決めつけられたことも。
とはいえ、父はまちがっていたわけではなかった。私がマッカーサー賞を受賞したのは、ほかの心理学者にくらべてずば抜けて頭脳明晰だからではない。
そういう意味ではたしかに、父の考えは正しかった。しかしそもそも、「あの子は天才と言えるか?」などと気に病んでいたことじたいが、まちがっていたのだ。
マッカーサー賞の受賞の通知から公式発表までには、1ヵ月ほどあった。受賞のことは、夫以外には口外してはならないことになっていた。そのおかげで、何とも皮肉ななりゆきについて、考える時間がたっぷりあった。
「おまえは天才じゃない」と親に言われ続けて育った少女が、おとなになって「天才賞」を受賞するとは。しかも受賞の理由は、人生でなにを成し遂げられるかは、「生まれ持った才能」よりも、「情熱」と「粘り強さ」によって決まる可能性が高い、と突きとめたことなのだ。
少女は世界最難関の名門大学に次々と進学し、やがて博士号を取得したが、小学3年生のときには、優等生のための「特別進学クラス」の選抜試験に受からなかった。
両親は中国からの移民なのに、「努力しだいで道は開ける」と子どもに諭すことはなかった。そんな家庭だったから、中国系移民の子どもにはめずらしく、ピアノもヴァイオリンもまともに弾けなかった。
「グリット」はもっと伸ばせる
マッカーサー賞の受賞者が公式発表された日の朝、私は両親の家まで歩いて行った。父も母もすでにニュースを聞いており、同じく朗報を聞きつけた親戚のおばたちから次々に祝福の電話がかかってきた。
ようやく電話が鳴りやむと、父は私のほうを向いて言った。
「おまえを誇りに思うよ」
それを聞いて、言いたいことは山ほどあったが、ぐっとこらえて言った。
「ありがとう、お父さん」
過去のことを蒸し返したところで、どうにもならない。それに、父が私を誇りに思うというのは、本心だとわかっていた。
けれども、もし時を遡れるものならば、子どものころに戻りたいと思わずにはいられなかった。いまならわかっていることを、あのころの父に言ってやりたかった。
「お父さん。お父さんはいつも私に、おまえは天才じゃないんだ、って言うよね。べつに、それに反論するつもりはないよ。私より頭のいい人なんて、いくらでもいるだろうから」
真顔でうなずく父の顔が目に浮かぶようだ。
「でも、これだけは言わせて。私だっておとなになったら、お父さんに負けないくらい、自分の仕事に打ちこんでみせる。ただ就職すればいいなんて思ってないよ。私は天職に就きたいの。 だから、自分を高める努力を怠らない。打ちのめされても、絶対に立ち直ってみせる。たしかに、私はクラスでいちばん頭がいいとは言えないかもしれない。でもきっと誰よりも、粘り強くやり抜いてみせる」
それでもまだ父が聞いていたら、最後にこうつけ加えよう。
「お父さん、長い目で見れば才能よりも重要なのは、グリット(やり抜く力)なのよ」
いまの私には、自分の主張を裏付ける科学的根拠がある。さらに、「グリット」は固定したものではなく、変化することもわかっている。科学の知見によって、「グリット」を育むための方法もわかってきているのだ。
本書は、私が「グリット」について学んできたことの集大成である。
原稿を書き上げたあと、私は父のもとを訪ねた。
何日もかけて、最初から最後まで一行も飛ばさずに、すべての章を父に読んで聞かせた。父は10年ほど前からパーキンソン病を患っており、内容をどこまで理解しているのか、正直、わかりかねる部分もあった。でも父は、熱心に耳を傾けているように見えた。
そしてとうとう読み終えたとき、父は私を見た。永遠と思えるような時間が流れたあと、父はそっとうなずいた。そして、ほほえんだ。
(本原稿は書籍『やり抜く力 人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』のまえがきです)
感想;
成功する能力は何か?はよく議論されています。
IQよりEQがベストセラーになったことがあります。
会社で仕事をしていて仕事を上手くする方法は、一人で仕事は完結しないので、いかに仲間とコミュニケーションを良くしながら仕事をして行くかとということでした。
”やり抜く力”
諦めずに行動することなのでしょう。
上手く行かないことがあってもいろいろと工夫してチャレンジすることが成功の近道。
周りのせいにせずにできることをやっていくことなのだと思います。
その時その場で一番意味があることを見つけて行動する。
世界の心理学者が長年追求してきた「人生で成功するのに最も重要なファクターは何か?」がついに研究で解明された!ビジネスリーダー、エリート学者、オリンピック選手……成功者の共通点は「才能」でも「IQ」でもなく、もうひとつの能力「グリット」だった――。これまでの能力観・教育観を180度くつがえし、世界的ベストセラーとなっている『やり抜く力 人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』から、その驚くべき内容を紹介する。
「生まれつきの才能」は重要ではなかった!
子どものころから、「天才」という言葉を耳にタコができるほど聞いた。
まるで口癖のように、父はいつも突然こう言った。
「いいか、おまえは天才じゃないんだぞ!」
夕食の最中でも、家族でテレビを観ていても、CMになったとたんに、いきなりそんなことを言う。あるいは、ソファーにどかっと腰を下ろして、「ウォール・ストリート・ジャーナル」を広げながら、ぴしゃりとひと言。
そんなとき自分がどういう態度を取ったのか、よく覚えていない。たぶん、聞こえないふりでもしたのだろう。
父は「非凡な才能」や「生まれ持った能力」にやたらとこだわる人で、つねに他人の能力を品定めしていた。そして、自分の知性がどれだけ優れているか、わが子の頭脳がどれだけ優れているかについても、並々ならぬ関心を抱いていた。
そんな父の頭痛の種は、私だけではなかった。弟も、妹も、天才児とは思えなかったからだ。三人のうちひとりとして、父のお眼鏡にかなうようなアインシュタイン並みの頭脳に恵まれた子はいなかった。父はそのことにひどく失望していた。そして、凡庸なわが子はいずれも大成しないのではないか、と悩んでいた。
「情熱」と「粘り強さ」が人生の成功を決める
2年前、私は幸運にも「マッカーサー賞」を受賞した。別名、「天才賞」。マッカーサー賞には自分で応募したり、友人や同僚の推薦を依頼したりすることはできない。匿名の選考委員会が、各分野の第一人者らの意見をもとに、きわめて有意義で創造的な活動を行っている、将来有望な人物を選考する。
ある日、突然の電話で受賞を知った私は、驚きに打たれ、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。やがて、ふと頭に浮かんだのは父のことだった――おまえは天才じゃない、と頭から決めつけられたことも。
とはいえ、父はまちがっていたわけではなかった。私がマッカーサー賞を受賞したのは、ほかの心理学者にくらべてずば抜けて頭脳明晰だからではない。
そういう意味ではたしかに、父の考えは正しかった。しかしそもそも、「あの子は天才と言えるか?」などと気に病んでいたことじたいが、まちがっていたのだ。
マッカーサー賞の受賞の通知から公式発表までには、1ヵ月ほどあった。受賞のことは、夫以外には口外してはならないことになっていた。そのおかげで、何とも皮肉ななりゆきについて、考える時間がたっぷりあった。
「おまえは天才じゃない」と親に言われ続けて育った少女が、おとなになって「天才賞」を受賞するとは。しかも受賞の理由は、人生でなにを成し遂げられるかは、「生まれ持った才能」よりも、「情熱」と「粘り強さ」によって決まる可能性が高い、と突きとめたことなのだ。
少女は世界最難関の名門大学に次々と進学し、やがて博士号を取得したが、小学3年生のときには、優等生のための「特別進学クラス」の選抜試験に受からなかった。
両親は中国からの移民なのに、「努力しだいで道は開ける」と子どもに諭すことはなかった。そんな家庭だったから、中国系移民の子どもにはめずらしく、ピアノもヴァイオリンもまともに弾けなかった。
「グリット」はもっと伸ばせる
マッカーサー賞の受賞者が公式発表された日の朝、私は両親の家まで歩いて行った。父も母もすでにニュースを聞いており、同じく朗報を聞きつけた親戚のおばたちから次々に祝福の電話がかかってきた。
ようやく電話が鳴りやむと、父は私のほうを向いて言った。
「おまえを誇りに思うよ」
それを聞いて、言いたいことは山ほどあったが、ぐっとこらえて言った。
「ありがとう、お父さん」
過去のことを蒸し返したところで、どうにもならない。それに、父が私を誇りに思うというのは、本心だとわかっていた。
けれども、もし時を遡れるものならば、子どものころに戻りたいと思わずにはいられなかった。いまならわかっていることを、あのころの父に言ってやりたかった。
「お父さん。お父さんはいつも私に、おまえは天才じゃないんだ、って言うよね。べつに、それに反論するつもりはないよ。私より頭のいい人なんて、いくらでもいるだろうから」
真顔でうなずく父の顔が目に浮かぶようだ。
「でも、これだけは言わせて。私だっておとなになったら、お父さんに負けないくらい、自分の仕事に打ちこんでみせる。ただ就職すればいいなんて思ってないよ。私は天職に就きたいの。 だから、自分を高める努力を怠らない。打ちのめされても、絶対に立ち直ってみせる。たしかに、私はクラスでいちばん頭がいいとは言えないかもしれない。でもきっと誰よりも、粘り強くやり抜いてみせる」
それでもまだ父が聞いていたら、最後にこうつけ加えよう。
「お父さん、長い目で見れば才能よりも重要なのは、グリット(やり抜く力)なのよ」
いまの私には、自分の主張を裏付ける科学的根拠がある。さらに、「グリット」は固定したものではなく、変化することもわかっている。科学の知見によって、「グリット」を育むための方法もわかってきているのだ。
本書は、私が「グリット」について学んできたことの集大成である。
原稿を書き上げたあと、私は父のもとを訪ねた。
何日もかけて、最初から最後まで一行も飛ばさずに、すべての章を父に読んで聞かせた。父は10年ほど前からパーキンソン病を患っており、内容をどこまで理解しているのか、正直、わかりかねる部分もあった。でも父は、熱心に耳を傾けているように見えた。
そしてとうとう読み終えたとき、父は私を見た。永遠と思えるような時間が流れたあと、父はそっとうなずいた。そして、ほほえんだ。
(本原稿は書籍『やり抜く力 人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』のまえがきです)
感想;
成功する能力は何か?はよく議論されています。
IQよりEQがベストセラーになったことがあります。
会社で仕事をしていて仕事を上手くする方法は、一人で仕事は完結しないので、いかに仲間とコミュニケーションを良くしながら仕事をして行くかとということでした。
”やり抜く力”
諦めずに行動することなのでしょう。
上手く行かないことがあってもいろいろと工夫してチャレンジすることが成功の近道。
周りのせいにせずにできることをやっていくことなのだと思います。
その時その場で一番意味があることを見つけて行動する。