デルタ株の怖さは「ファクターX」をかいくぐる可能性があること。しかも、「空気感染」が世界のコンセンサスだ。
https://facta.co.jp/article/202107024.html 2021年7月号 LIFE FACTA
新型コロナウイルス(以下コロナ)のインド株(以下デルタ株)が物議を醸している。厚生労働省によれば、感染者の累計は5月31日までに12都府県で53人となり、前週の29人から大幅に増加した。デルタ株の怖さは「ファクターX」をかいくぐる可能性があることだ。「ファクターX」とは、第一波の流行で、ロックダウンのような厳しい措置をとらなかった日本の感染者や死者数が少なかったことから提唱された「仮説」だ。山中伸弥京都大学教授は、その理由として、日本人の遺伝的要因、高い衛生意識、BCG接種、何らかのウイルス感染との交叉反応などを挙げている。
実は、「ファクターX」が存在するのは日本だけではない。日本で第3波が発生した昨年12月~2月、アジアの1日当たりの新規感染者は欧米より遙かに少なかった。最も多いマレーシアでさえ、人口100万人当たり147人だ。ちなみに日本は51人で第2位。欧米は桁違いだ。主要先進7カ国(G7)で最も少ないカナダでさえ255人。最も多い英国は881人。コロナ感染は欧米とアジアでは全く別の病気といっていい。
ところが、
デルタ株の流行で事態は一変しそうだ。なぜなら、インドで欧米並みの大流行が起こっているからだ。日本の第4波に相当する3~5月における1日の感染者数の最高値は、人口10万人当たり284人を記録した。冬場のピークは29人だったから、9.9倍に増加している。
問題はデルタ株が、日本でも流行する可能性だ。このことを考える上で参考になるのは、インド以外のアジアでの流行だ。実は3~5月に感染者数が増加したアジアの国はインドだけではない。モンゴル(416人)、ネパール(308人)、マレーシア(237人)でも感染者が増加している。一方、フランスを除く主要欧米諸国では、昨年12月~今年2月のピークと比較して、感染者数が低下しているのと対照的だ。
先進国と比べ、アジア諸国の検査体制は脆弱だ。ネパールのカトマンズで感染した12人中11人はデルタ株によるものだったという報告もあるが、アジア諸国での感染増に、どの程度、デルタ株が寄与しているか、正確なことはわからない。
遅きに失した「デルタ株」対策
医療ガバナンス研究所のデータ分析担当の山下えりかが、コロナゲノムデータベース「GISAID」を用いて、6月2日現在、各国の過去1カ月の登録例に占めるデルタ株の割合を調べたところ、その結果はネパール100%、シンガポール82%、インド60%、オーストラリア53%、ベトナム50%、バングラデシュ31%、パキスタン13%、日本7%だった。もちろん、各国はシークエンスされたコロナ感染情報を全て「GISAID」に登録しているわけでないが、アジアで感染が拡大していることは間違いなさそうだ。5月25日、日本政府はインド、ネパール以外にもパキスタン、バングラデシュ、モルディブ、スリランカの検疫体制の強化を発表したが、遅きに失し、不十分だ。
デルタ株が拡大しているのはアジアだけではない。インドの旧宗主国である英国を介して、欧州でも拡大中だ。英国では5月20日頃から感染者数が再増加に転じ「新規感染者の半分以上、あるいは4分の3がデルタ株」と発表した。6月6日、ハンコック英保健相は、デルタ株は(英国に第2波をもたらした)「アルファ株」に比べ感染力が40%強いとの推計を明らかにした。
山下の調査によれば、デルタ株が占める割合はポルトガル12%、イスラエル10%、ノルウェー6%、ルーマニア・スペイン・アイルランド4%だ。英国でデルタ株が拡大した事実は重い。ワクチン接種やゲノム解析が進んだ英国でさえ、デルタ株はアルファ株を押しのけ、蔓延し始めたのだ。日本で大流行しないと考える理由はない。
では、日本は何をすべきか。最優先すべきは、ワクチン接種の推進だ。幸いデルタ株に対してワクチンは一定の効果がありそうだ。5月10日、米エモリー大学の研究チームは、ファイザーとモデルナのそれぞれのワクチンを接種した人の血液を用いた研究で、通常株と比較してデルタ株は6.8倍抵抗性を示すが、臨床的には有効という結果をプレプリント(査読前)サーバ「bioRxiv」に発表した。
市町村に「ワクチン接種」を丸投げ
日本の問題はワクチン接種が遅れていることだ。
6月1日現在、1回でもワクチンを打ち終えた国民は英国が58%であるのに対し、日本は8%だ。G7の中で断トツに遅い。国内でのワクチン承認に手間取ったからだが、本稿では、この問題には触れない。
遅ればせながら、日本政府は3億6400万回分(1億8200万人分)のワクチンを確保した。ワクチンは既に余っており、6月4日には124万回分のアストラゼネカ製ワクチンを台湾に提供する方針を固めた。あとは打つだけだ。ところが、接種スピードが上がらない。日本で接種が加速した5月20日から6月1日までの間に新たに接種されたのは、国民の3.8%に過ぎない。この数字はG7で第5位だ。接種率が50%を超えた英(3.0%)、米(2.5%)より多いものの、先行するカナダ(9.8%)、仏(5.9%)、伊(5.9%)、独(5.0%)に劣後する。
なぜ、日本のワクチン接種が進まないのか。それは、厚労省が市町村に丸投げし、彼らが接種の主体となってきたからだ。現在、日本には1724の市町村が存在するが、市町村立の医療機関は612施設しかない。医療機関を経営している市町村の場合、職員の中に医療行政の専門家が育ち、地元の公立病院からワクチン接種の医師や看護師を派遣することも可能だ。また、普段から地元の大学医局と付き合いがあり、医師確保のノウハウもある。このような日常業務の積み重ねが、今回の集団接種ではものをいう。
一方、市町村立病院を経営していない自治体は「集団接種をやれ」と言われても、どうしていいかわからず、地元の医師会に丸投げするほかない。彼らが日常の診療の傍らでできることには限界がある。
前者の成功例が福島県相馬市だ。市長は内科医でもある立谷秀清氏で、市内に公立相馬総合病院が存在する。相馬市の接種は順調で、5月1日から高齢者の接種を開始し、6月1日からは64歳以下の接種も始めた。7月中旬には全接種を終える予定だ。相馬市は、多くの市町村が採用している予約制ではなく、市役所が行政区ごとに日時を指定し、高齢者などを対象に送迎バスも手配するなど、住民の都合に合わせた独自の対策を講じている。
相馬市の接種が速いのは、入念に準備してきたからだ。筆者は、東日本大震災で被災した相馬市を医療支援した縁があり、医療ガバナンス研究所からは複数の医師が集団接種に参加している。
筆者が、市長からこの件で最初の相談を受けたのは2月だ。それ以来、担当者と何度も打ち合わせを繰り返した。相馬市の場合、万事が先回りだ。
さらに、接種現場への「戦力投入」を惜しまない。接種会場には約30人の市役所職員が常駐し、受付や誘導などの様々な業務を担当する。阿部勝弘副市長が責任者に任命されており、現場で生じた問題は、その場で解決できる。医師・看護師は、公立相馬総合病院、相馬中央病院、医師会、医療ガバナンス研究所関係者が担当する。お互い知り合いだから話が早い。集団接種は、このような環境が整備されていなければ、円滑には進まない。
国民目線のかけらもない厚労省
相馬市は全国でも稀なケースだろう。人口約3.7万人の小都市で、医師が市長を務め、公立病院を経営している。医師・看護師などの専門職がおり、医療行政のノウハウもある。多くの自治体は、こうはいかない。医師や看護師の確保に難儀し、アルバイトを頼むしかない。事務スタッフも休業中の旅行会社や人材派遣会社に依頼することになる。
都内で集団接種に従事する医師は「事務スタッフは区からの派遣なので、彼らに指図する場合は区に伝えて欲しい。区の職員から指示を出すから」と言われた。事務スタッフは旅行会社などと区の派遣契約に基づくため、医師が直接指示を出すと偽装請負の恐れを生じるらしい。「そもそも区の職員が現場にいないから、どうしたらいいかわからないことがある」とこぼす有り様だ。これでミスが起こらない方がおかしい。岩手県北上市は5月17日に余らせた31回分のワクチンを捨てた。兵庫県尼崎市は6月1日にワクチンの原液を希釈せずに、そのまま接種してしまった。全国で同様のミスが続出している。
なぜ、厚労省は、こんな丸投げを放置するのか。それは、市町村に現場を任せることが、彼らにとって都合がいいからだ。知人の厚労省関係者は「全ての国民はいずれかの市町村に所属し、重複しない。都道府県にワクチンを配付すれば、あとは何もしなくていい。市町村での接種と並行して、職域接種を進めるには所管省庁を動かし、最終的に厚労省が企業側と契約しなければならなくなる。事務負担が膨大となる」とホンネを漏らす。そこには国民目線のかけらもない。
海外は違う。米国では、ワクチン接種開始後は、薬局、スーパーマーケット、野球場、ディズニーランドなど様々な場所で集団接種が実施されている。5月9日から週末限定とはいえ、マイアミビーチで中南米からの渡航者を対象とした無料集団接種を開始した。多少、役所が混乱しようが、如何にして接種を加速させるか、全力で走っている。6月下旬になって漸く職域接種を始める日本は遅れに遅れている。すべて厚労省の不作為だ。厚労省が管轄する独立行政法人のナショナルセンター、国立病院機構、地域医療機能推進機構が集団接種を始めていないことを見れば明らか。自ら率先して汗をかくつもりはないのだ。
ワクチン接種が進まなければ、感染予防対策を強化するしかない。コロナの特徴は、感染しても無症状の人が多く、彼らが周囲にうつすことだ。デルタ株であろうがなかろうが、感染者を見つけ出し、隔離しなければならない。それには検査だ。ところが、日本の検査能力の低さは先進国で例を見ない。6月1日現在の人口1千人当たりの検査数は0.63件で、G7で最も多い英国(11.8件)の19分の1だ。マレーシア(3.4件)、インド(1.5件)にも及ばない。
「飲食店悪玉説」に固執する尾身茂会長
厚労省や専門家も検査が必要なことは認識している。コロナ感染症対策分科会の尾身茂会長は昨年1月30日に「症状がなくてもウイルスがいるということだから、他の人に感染する可能性はあり得る」と発言し、
東京五輪では全選手に対して、毎日PCR検査を行うことが義務付けられている。検査抑制を墨守する国内対策とはダブルスタンダードだが、厚労省は積極的な検査拡大に方向転換する気はない。実際、厚労省が6月1日に出した事務連絡「職場における積極的な検査等の実施について」には、「軽症状者に対する抗原簡易キット等を活用した検査を実施するよう促し、陽性者発見時には、幅広い接触者に対して(中略)、PCR検査等を行政検査として実施する」と書かれており、無症状者へのスクリーニングは触れられていない。相変わらず濃厚接触者探しを推奨しているのだ。
飲食店経営者や従業員は「被害者」
この方針は、今や科学的に間違いだ。コロナ研究が進み、感染の多くが空気感染によることが明らかになったからだ。空気感染の主体はエアロゾルだ。最大で3時間程度、感染性を維持しながら空中を浮遊し、長距離を移動する。検疫のための宿泊施設で、お互いに面識がない人の間で感染が拡大したり、バスや航空機の中で遠く席が離れた人が感染するのは空気感染が原因だ。
英『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』は4月14日に「コロナ空気感染の再定義」、英『ランセット』は5月1日に「コロナが空気感染することを示す10の理由」という「論考」を掲載し、いまや世界の医学界のコンセンサスとなった。
コロナが空気感染するなら、有効な対策は換気で、濃厚接触者探しの意義は低い。現在、政府や専門家は辻褄合わせに懸命だ。尾身会長は、エアロゾルの中で、比較的粒子が大きいものをマイクロ飛沫と呼び「(エアロゾルと比べて)短距離で起こる感染」であるため、「実は三密のところで起きて、(中略)、いわゆる飛沫が飛ぶということで起こることは間違いない(衆院厚労委員会昨年12月9日)」と説明している。
こんな主張をする専門家は日本以外に見当たらない。
さらに尾身氏は「家族内での感染が増えていることは大きな問題だが、歓楽街や飲食を介しての感染拡大が原因であって、家族内や院内の感染はその結果として起こっている(昨年12月23日コロナ対策分科会)」と「飲食店悪玉説」に固執する。これも科学者としてはあり得ない暴論だ。確かに第1波でクラスター発生の中核は飲食店だった。ところが、このような施設では換気やソーシャルディスタンスが改善し、感染者は激減した。昨年12月、ニューヨーク州での新規感染者の感染経路の4分の3は私的な集まりが原因で、飲食店での感染は1.4%と報告されているし、4月27日のコロナ感染症対策アドバイザリーボードに提出された資料では、4月のクラスター発生463件中、飲食関係は82例に過ぎなかった。2月26日、オランダの研究者は、『BMC公衆衛生』誌に、「イベント禁止と学校閉鎖は有効だが、飲食店の閉鎖の効果は限定的」という論文を発表している。飲食店経営者や従業員は、非科学的な対応に終始する政府の被害者と言っていい。
被害者は、これだけではない。介護施設入所者や患者たちもそうだ。第3波のピークであった今年1月、961件のクラスターのうち、604件(63%)が医療・介護施設で発生していたし、第4波で感染拡大が深刻な関西では、神戸市内の老健施設で133人が感染し、25人が死亡するクラスター、宝塚市内の介護施設で53人が感染し、7人が死亡するクラスターが発生している。最近も、神奈川県のコロナ軽症者が入る宿泊施設で、デルタ株による7人のクラスターが発生している。多くの施設で換気が不十分だったのだろう。北海道大学の研究チームはクラスターが発生した8つの病院を調査し、このうち4病院で換気が不十分だったと報告している。一般的なオフィスビルは、建築物衛生法に基づき、必要な換気量が規定されているが、病院や介護施設には、このような基準はない。早急な対応が必要だが、濃厚接触者探しに軸足を置いたクラスター対策の不備を認めない限り、方向転換は難しい。
これが日本のコロナ対策の実態だ。ワクチン接種は遅れに遅れ、感染対策も不適切だ。デルタ株の蔓延も避けられそうにない。デルタ株が欧米並みの感染者を日本にもたらせば、医療崩壊では済まされない。想像したくない日本のカタストロフが迫っている。
著者プロフィール
上昌広(かみまさひろ)特定非営利活動法人「医療ガバナンス研究所」理事長
1968年生まれ。東大医学部卒。2016年まで東大医科学研究所特任教授を務める。2005年より東大医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステムを主宰。約5万人が購読するメルマガ「MRIC(医療ガバナンス学会)」の編集長を兼ねる。
感想;
知識が乏しい、お抱え専門家の言うことを採用している厚労省、そしてそれを良しとしている菅首相。
厚労省も菅首相も、やる気がないのか、それとも正しく理解する能力が足らないのか。
まるでインパール作戦を企画した軍のトップのようです。
苦しむのは国民なのです。
ワクチン接種では、自治体による差が大きいです。
それは自治体のトップの能力をあたかも表しているようです。
国は平気で資料を改ざんしています。
安倍前首相が「妻が私がかかわったというなら、国会議員を辞めます」と発言しました。
そのため、すぐに資料に安倍首相の妻 昭恵夫人の名前を削除する改ざんが始まりました。
今医薬品製造所での、製造記録の改ざん、偽造が問題になっています。
そして処分されています。
国が改ざん、偽造していて、自分たちの問題は構わないと思っているのでしょうか。
それをおかしいと思う国家公務員はいないのでしょうか?
もっと内部告発が出て欲しいものです。