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「第10回アメリカ横断ウルトラクイズ」(1986年)で出題された問題。
「江戸幕府が、北の守りのために、ヨーロッパの築城法を採り入れて築いた最後の城は何?」
この問題、関西出身で当時22歳の男性挑戦者(機内ペーパークイズ第4位)が、難なく「五稜郭」と答えていたのだが、写真の本には、この問題の正解として、こう書かれてあった。
五稜郭(柳野城)
何?「柳野城」?五稜郭にそんな別名があったの?
というわけで、ちょっと調べてみました。
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古過ぎる写真で申し訳ありません。(箱館奉行所が復元工事中。つまり2010年の夏よりも前ということです。だってこれしかなかったんだもん・・・。)
「柳野城」というのは、現在の五稜郭公園がある周辺は元々湿地帯で、猫柳が多く生育していたことからついた別名だそうです。
(資料によって、訓読みで「やなぎのじょう」と書かれてあるのがあるものもありますが、歴史本には、音読みで「りゅうやじょう」と書かれてあることも。どっちが正解なのかな・・・。)
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五稜郭公園の側には、「柳町」と呼ばれる町もあります。勿論、同じ由来の名前です。