米国のマンハッタン破産裁判所に破産保護申請を出した 恒大集団が ギリギリの生き残り策を講じる恒大集団の思惑には、中国政府が圧力をかけてくる保交楼政策(未完の不動産プロジェクトを完成させ、顧客に物件を引き渡すことを保障する政策)のための時間稼ぎとみられている。
しかし、この挑戦は幾重ものハードルに遮られ、中国経済を深刻な状態に追い込もうとしている。
米国のサウスカロライナ大学エイキン商学院の謝田教授は「恒大に起死回生のチャンスはない」とボイスオブアメリカに厳しい見方を語っていた。そもそも中国不動産市場は供給過剰で、すでに人口減少期に入っており、若者の失業率は急上昇しており、不動産需要は徹底的に下がっている。
不動産の売り上げが素早く回復するのは根本的に不可能。しかも中国不動産価格の暴落傾向がしばらく続くと誰もが思っているのに、大衆が今、不動産を購入しようと考えるものか。
中国経済全体も、新型コロナパンデミックの後、回復の兆しがなく、投資、経済、輸出のすべてが気息奄々で、デフレ傾向が見えている。利下げしようが住宅ローンの条件を緩和しようが、行政命令で不動産下落を阻止しようが、不動産市場への刺激策は限界がある。
さらに、恒大だけでなく、広東を拠点とする大手民営不動産の碧桂園など中国の大不動産企業が続々とデフォルトリスクに直面し、資金ショートによって頓挫するプロジェクトは増え続けている。いわゆる爛尾と呼ばれる「野ざらし物件」がますます増えていく。
もし、中国政府が頑なに譲らない保交楼政策(未完の不動産プロジェクトを完成させ、顧客に物件を引き渡すことを保障する政策)の失敗が明白になれば、前金で購入したにも関わらず完成不動産を引き渡されなかった購入者は、銀行へのローン返済を拒否し、銀行、投資信託、地方債、さらには外国為替の領域で連鎖倒産が起きかねない。
みんなが恐れている中国版リーマンショック事件が現実味を帯びてくるのだ。
こうした中で、習近平は恒大に対して、破産することを許さず、かといって、小国のGDP分くらいの負債総額(2.4兆元=47兆円)を抱える恒大への救済策ももたず、ただ許家印ら創業者、幹部らに絶対に保交楼任務を完遂せよと強い圧力をかけるのみ。許家印と恒大は、いわゆば瀕死の人間がトドメを刺してももらえず、治療も受けられず、痛みの中で放置されている状況だ。
ちなみに、この仕打ちは、習近平の許家印に対する個人的怨みもあると言われている。
恒大はながらく、習近平の政敵である江沢民や曽慶紅ら太子党ファミリーの「ホワイトグローブ」つまり、裏でマネーロンダリングを代行してきた。
習近平が「三本のレッドライン」(1.総資産に対する負債比率が70%以下、2.自己資本に対する負債比率が100%以下、3.短期負債を上回る現金の保有)を打ち出して、恒大をターゲットに絞ったのは、江沢民、曽慶紅閥の資金源を断つつもりではなかったか、という見方もある。
今、デフォルト危機に直面する碧桂園もマレーシアフォレストシティプロジェクトを通じて、太子党の権貴族の資産をマレーシアに移譲するルートとなっていたと言われている。
恒大は一縷の望みをかけて、米ニューヨークで破産保護申請を出し、まずオフショア債務再編に取り掛かった。これがうまくいくかどうかは、恒大にどれほどの「灰色資金」があるかにかかっている、と言われている。
一般に中国の不動産にはいわゆる簿外の灰色収入がある。たとえば集団傘下の子会社が運営するファンド、基金会、フランチャイズビジネスなどだ。実はこうした灰色収入源の背後には政治勢力も関与しており、習近平の「恒大いじめ」の動機に全く政争が関係ないとは言えない。
習近平が許家印に非道なまでに保交楼完遂圧力をかけているのは、こうした「灰色資金」を吐き出させようとしているからだという見方もある。
ここで注目されるのは、14日に恒大が出した公告だ。債務の株式化によって債務再編を行い、その株を傘下の新エネ自動車会社の新株に転じて、ドバイに本拠を置く新エネ自動車会社NWTNに5億ドルで引き受けてもらう交渉を進めている、という。
つなぎ資金として6億人民元も振り込まれる、とした。NWTNの恒大汽車の持株は27.5%となり、この協議が成功すれば、恒大汽車の業績は恒大集団と分離し、また許家印も恒大汽車の筆頭株主でなくなる。
これが許家印の最後の希望といえる。
ここで思い出すのは、中国のビデオストリーミング企業の楽視の創業者、賈躍亭のことだ。
楽視も習近平の規制強化政策を受けて、破綻に追い込まれたのだが、破綻前に新エネ自動車事業に取り組み、賈躍亭がつくったこのEVベンチャーファラディ・フューチャー(FF)は紆余曲折あったものの、米国でナスダック上場、工場稼働にこぎつけた。
賈躍亭自身は、米国にいち早く逃げ、2019年に米国で破産申請し、今は再起奮闘中だ。
ちなみに、FFが資金繰り悪化で破綻寸前に陥ったときに救世主となって投資したのは恒大の許家印。許家印が、米国で破産保護法申請を出したのも、EV企業で起死回生を図ろうと考えたのも、賈躍亭のやり方を参考にしたのかもしれない。
NWTNが恒大汽車になぜ戦略投資を決断したかについては不明だが、サウジアラビア・リヤドのサッカーチーム、アルヒラルがエムバペに年俸1000億円出したいというのが中東石油王たちのスケールならば、近年注目のEV市場を見込んだ5億ドルや6億元の投資などお安いものかもしれない。
ちなみにNWTNは天津出身の中国人、呉楠が創業したアイコニックが前身。この天津のEV企業はひそやかにアラブ首長国連邦に引っ越し、2021年にアブダビのアル・アタ・インベストメントとPIPEサブスクリプション契約締結を発表。2022年にNWTNとしてナスダック上場し、アラブ首長国連邦唯一の米市場上場のEV企業となった。
許家印の債務再編が、成功するか否かは、 米国の破産法に基づく決定にかかっている。