Q、いじめがひどくて悩んでいます。何とか抜け出せる方法は?
A,結論です。「念彼観音力、還著於本人(ねんぴかんおんりき げんじゃくおほんにん)」(観音様を念ずれば、この害はかえって加害者に返っていく)。これを常にいじめを受けている最中も唱えれば必ず相手に害が返っていき、救われます。また観音様の御真言は「おんあろりきゃそわか」です。この御真言もあわせてお唱えするといいでしょう。あわせて近くの観音様をお祀りしているお寺をお参りするとよりいいと思います。
私自身の経験ですが、或る人がいじめに悩んでいた時、この観音経の偈を常にお唱えしていると相手が事故に遭って死んでしまったということが2例ほどありました。それほどすごい偈です。従ってあまり安易にお唱えすべきではありません。それほど困ってないのに安易にお唱えすると自分に御釣りが還ってくることになります。
観音経には以下のようなところがあります。
・「仮使興害意 推落大火坑 念彼観音力 火坑変成池
(たとえ害の意を興して 大なる火坑に推し落さんに、彼の観音の力を念ぜば 火坑変じて池と成らん
「例えばもし、悪意のある者がいて、誰かを燃えさかる大きな火の穴に突き落としても、 観世音菩薩の救いを心から念ずれば、火の穴はたちまち池に変わるでしょう」。」
・「 或漂流巨海 龍魚諸鬼難 念彼観音力 波浪不能没
( 或は巨海に漂流して 龍魚諸鬼の難あらんに、彼の観音の力を念ぜば 波浪も没すること能わじ
「あるいは、大海原を漂流して、竜や怪魚や鬼などの様々な怪物が襲って来ても、 観世音菩薩の救いを心から念ずれば、荒波に呑まれて海中に沈むことはないでしょう。」)
・「或在須弥峰 為人所推堕 念彼観音力 如日虚空住 (或は須弥の峰に在って 人に推し堕されんに 彼の観音の力を念ぜば 日の如くにして虚空に住せん
「あるいは、須弥山という高峰の頂きから、誰かに突き落とされたとしても、 観世音菩薩の救いを心から念ずれば、空の太陽のように空中に浮かぶことができるでしょう。」)
・「 或被悪人逐 堕落金剛山 念彼観音力 不能損一毛 (或は悪人に逐われて 金剛山より堕落せんに、彼の観音の力を念ぜば 一毛をも損すること能わじ
「あるいは、悪人どもに追われて、金剛山という高峰の頂きから転落したとしても、 観世音菩薩の救いを心から念ずれば、一本の髪の毛さえ傷つかないでしょう。」)
・「或値怨賊繞 各執刀加害 念彼観音力 咸即起慈心
(或は怨賊の遶んで 各刀を執って害を加うるに値わんに、彼の観音の力を念ぜば 咸く即ち慈心を起さん
「 あるいは、怨みを抱いた敵の集団に囲まれ、皆が刀を手にして殺そうとしても、 観世音菩薩の救いを心から念ずれば、彼らは殺意をなくし、慈悲の心を起こすでしょう。」)」
・「 或遭王難苦 臨刑欲寿終 念彼観音力 刀尋段段壊
( 或は王難の苦に遭うて 刑せらるるに臨んで寿終らんと欲せんに、彼の観音の力を念ぜば 刀尋いで段段に壊れなん
「あるいは、権力者の圧政にあって、今まさに刑場で死刑に処せられようとしても、 観世音菩薩の救いを心から念ずれば、振り上げられた刀はバラバラに折れるでしょう。」)」
・「或囚禁伽鎖 手足被杻械 念彼観音力 釈然得解脱
(或は枷鎖に囚禁せられて 手足にちゅう械を被らんに、彼の観音の力を念ぜば 釈然として解脱することを得ん
「あるいは、囚人となってかせや鎖につながれ、手足の自由を奪われても、 観世音菩薩の救いを心から念ずれば、それらの拘束はたちまち壊れて自由になれるでしょう。」)」
・「呪詛諸毒薬 所欲害身者 念彼観音力 還著於本人
(呪詛諸の毒薬に 身を害せられんとする者は 彼の観音の力を念ぜば 還って本人に著きなん
「あるいは、誰かの呪いや毒草・毒薬によって、危害を加えられようとしても、 観世音菩薩の救いを心から念ずれば、被害はそれを企てた本人に戻って行くでしょう。」)」
・「 或遇悪羅刹 毒龍諸鬼等 念彼観音力 時悉不敢害
(或は悪羅刹 毒龍諸鬼等に遇わんに 彼の観音の力を念ぜば 時に悉く敢て害せじ
「あるいは、羅刹や毒竜や悪鬼などに囲まれても、 観世音菩薩の救いを心から念ずれば、これらのものは、危害を加えることはできません。」)」
・「悪獣圍繞 利牙爪可怖 念彼観音力 疾走無辺方
( 若しは悪獣圍遶して 利き牙爪の怖るべきに、彼の観音の力を念ぜば 疾く無辺の方に走りなん
「あるいは、恐ろしい猛獣に取り囲まれて、鋭い牙や爪で脅かされても、
観世音菩薩の救いを心から念ずれば、それらは何処かへ逃げ去ってゆくでしょう。」)」
・「 蛇及蝮蠍 気毒煙火燃 念彼観音力 尋声自回去
( 蛇及び蝮蠍 気毒煙火の燃ゆるがごとくならんに 彼の観音の力を念ぜば 声に尋いで自ら廻り去らん
「あるいは、マムシや毒蛇やサソリの吐く毒気が、火焔のように迫ってきても、 観世音菩薩の救いを心から念ずれば、その声を聞くやいなやそれらは退散するでしょう。」)」
・「雲雷鼓掣電 降雹じゅ大雨 念彼観音力 応時得消散
(雲雷鼓掣電し 雹を降らし大なる雨をそそがんに 彼の観音の力を念ぜば 時に応じて消散することを得ん
「あるいは、天がとどろき、稲妻が光り、雹が降り、大雨が降り注いでも、 観世音菩薩の救いを心から念ずれば、それらは跡形なく消え去るでしょう。」)」
・これらは観音様を信仰する人が他者から危害を加えられようとしたとき、『念彼観音力』ととなえればその害はかえってそれを加えようとしている者に返っていくというものです。
いじめでどうしようもなくなったときはこの「念彼観音力、還著於本人(この害はかえって加害者にかえっていきますように)」を唱えれば必ず救われます。しかしこの言葉は自分の経験からしてもよほど困った時に限るべきです。少し気に入らないからといった程度で唱えるべきではありません。