第十九 断三妄執章
(我々の本当の姿は秘密荘厳の宝蔵であるが麤・細・極細、の三種の妄執に覆われていて自分自身が宇宙の真理であることを覚れない。
・麤妄執とは自他に実体ありと執着する妄執。これは十住心でいう1、異生羝羊心、2、愚童持斎心3、嬰童無畏心の状態。
・細妄執の者とは、自他に実体はないと悟って麤妄執を断ずるが宇宙を構成する要素があると思い込み惑うもの。十住心でいう4.唯蘊無我心(声聞) 5.抜業因種心(縁覚)の位。
・極細妄執の者には二種類ある。権大乗の菩薩は自他も無であるし宇宙の構成要素も無であるとするが、なおこの構成要素には有為・無為、常・無常等の差別があるとしている。一切万有は真如・仏性からの縁に従って顕現しているという真如縁起を覚ってないからである。十住心の中の6.他縁大乗心 7.覚心不生心の位である。
実大乗の菩薩はこの真如縁起の理を覚って有為無為等の執着を離れているがいまだ六大縁起(阿字本不生・縛字離言説・羅字無垢塵・訶字離因縁・佉字等虚空・吽字了義不可得)を覚っていないので細い迷いがある。十住心の中では8.一道無為心(天台)9.極無自性心(華厳)である。)
夫れ衆生の色身は秘密荘厳の寳藏なりと雖も実の如く覚地せざる所以は無始以来、麤・細・極細、の三種の妄執に覆わるるが故也。これ即ち顕密一切の行者の断ずべき惑品なり。第一に麤妄執とは人執品の惑なり。凡夫は泡沫の如き五蘊和合の人身を漫りに実体ありと執着して我他彼此の念を生じ日夜に貪瞋邪見の煩悩を起こし是に依りて生死の獄を出ること能わず。是れ未だ人無我の理を知ざるが故にこの惑品を生ず。十住心の中には世間三種の住心の所帯なり。
第二に細妄執とは、法執品の惑なり。二乗の聖者は人無我の理を知りて麤妄執を判ずと雖も而も五蘊の法体は実有なりと執着し深く生死の境を怖れて偏する所あり。是によりて中道の智慧を得ること能わず。これその未だ法無我の理を知らざるが故にこの惑品を生ず。十住品の中には四・五の所帯也。(十住心とは、1異生羝羊心、2愚童持斎心3嬰童無畏心4.唯蘊無我心 5.抜業因種心 6.他縁大乗心 7.覚心不生心 8.一道無為心9.極無自性心 10.秘密荘厳心)
第三に極細妄執とは無明品の惑なり。之に亦自ずから麤細の二分あり。権大乗の菩薩は三界唯心の観を修して二法の二我を離れ前にいふ所の麤細二種の妄執を断ずと雖も尚ほ諸法において有為・無為、常・無常等の差別を認めて遂に一如平等の智見を開くこと能わず。之を麤分の無明といふ。是未だ真如縁起の理を証せざるが故にこの惑品を生ず。十住心の中には六・七の所帯(6.他縁大乗心 7.覚心不生心)なり。
実大乗の菩薩は真如縁起の理を証して有為無為等の別執を離れ麤分の無明を断ずと雖も而もその極所に至りては尚ほ且つ取捨の細念ありて事法を摂して理性に帰し遂に諸法本有の曼荼羅を見ること能わず。之を細分の無明といふ。又は無始の間隔とも名つ゛け、又は而二の隔執とも名つ゛く。諸惑納生の根本妄執の総体なり。是れ其のいまだ六大縁起の理に達せざるが故にこの惑品を生ず。十住心の中には八・九の所帯(8.一道無為心9.極無自性心)なり。當に知るべし顕教の行者は未だ三妄の相を断じて未だ三妄の体を断ずること能わず。断惑既に未極なるがゆえに証理も亦未極なること知んぬべし。龍猛菩薩の釋摩訶衍論に顕教諸大乗の仏果を判じてすべて無明の辺域に摂し給えるは意ここにあり。
しかるに真言行者は六大縁起の理に達し三密の瑜伽を修するがゆえに即時に生佛の三密相応して大知見を得。而二の隔執自然に蕩け三妄執はその性を改めずして三部曼荼の功徳荘厳と開覚することを得。之を仏陀の三昧道に安住すと名つ゛け、又は直住月宮の人と称す。たとへば地上にありて雲霧を望むときは月の為には大なる障りなれども若し直に月宮よりこれを眺めたらん人には雲霧は却って月に照らされて微細清浄の光明を放つが如し。故に金剛頂経に曰はく「秋八月の霧の微細清浄の光あるが如し、常に此の等持に住するこれを微細定と名つ゛く」(金剛峯樓閣一切瑜伽瑜祇經卷上「常於自心中 觀一吽字聲 出入隨命息 不見身與心 但觀字因起 等同於大空 堅住金剛性 全成金剛體 速轉自身分 便同堅固身 如秋八月霧 微細清淨光 常住此等持 是名微細定」)疏主三蔵の釈に云はく「況や人の如きは種々の方便を以て鉱石を消融し然して後に金を成す。若し神通の者は能く土木の類をして即ち金体とならしむ」(大毘盧遮那成佛經疏卷第一入眞言門住心品第一「復次祕密主。住此除一切蓋障菩薩。信解力。故不久勤修。滿足一切佛法。以如是正見猶若金剛。即是最上堅信解力。依此進修如實巧度故。得諸佛力無所畏解脱三昧。及餘無量佛法。皆悉成就也。龍樹以爲如冶人。以種種方便消融礦石。然後成金。若神通者。能使土木之類即成金體。故云不久勤修便得滿足。一切佛法以是菩薩初發心時即名佛故。眞實功徳不可度量。」)と、これを断三妄執の義といふ。