福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

「除夜の鐘が騒音」という考えの愚かさについて

2016-12-30 | 法話

除夜の鐘が騒音という声があるというニュースが報じられていました。なんという罰当たりな考えでしょうか。鐘の功徳を改めて書いておきます。

・お大師さま(弘法大師)は、「鐘の知識を勧め唱うる文」(性霊集)の中で「一打鐘聲、當願衆生、脱三界苦、得見菩提」と、「鐘をひとつ打つごとに、生きとし生けるものが欲界・色界・無色界のすべての苦しみから解脱し、安らかな悟りの境地を得ることを願え」と示されていいます。
・また僧侶は鐘を撞く時「洪鐘晨響群生を覚す、声は十方無量土に遍く、含識群生普く聞知し、有情長夜の苦を抜除す」と唱えます。これも「鐘の声を聞く人々の苦を抜きたい」、という願いです。
・増一阿含経に鐘の故事の記述があります。「もし鐘を打つときは、一切悪道の諸苦ならびに皆停止す、と(願え)。昔、安息王、人を殺すこと9億人也。その後馬鳴菩薩の説法を聞く縁により、大地獄を免れ大海中に生じて千頭の魚となる。しかるに鉄輪降り注ぎその首を切る,斬れば復生ず、須臾の間に頭また大海に満ちてその苦患無量なり。時に羅漢あり、これがために鐘を打つ。之を聴くときは苦患すこしやむ。ここにおいて王、羅漢に長く鳴らしたまえと願う。これによって長く打ちたまえば7日間を過ぎて苦患尽く息めり。この寺、彼の王に因んで次第の相承して長く鐘を打つ。今日にいたるも猶本のごとし・・」

・壬生寺縁起には「凡諸の經論の中に。鐘の功徳を説事往々に見えたり。中にも當願衆生一聽鐘聲脱三界苦得證菩提と説れば。一たび鐘聲を聞も永く菩提の因となん成侍れば。なをざりの功徳にはあらざる也・・」とあり当時の人々が鐘の声を聴く功徳を願っていたことが分かります。

・高弁上人にも「のりのこゑに ききぞわかれぬ ながき夜のねぶりをさます あか月のかね」という釈教歌(「玉葉2726」)があります。
・《俱舍論》や《佛祖統紀》には「人命將終,聞鐘聲,能生善心,增正念」とあります。

・ 鐘の音を聞くときは
「願わくはこの声法界を超え、鉄囲幽冥悉くみな聞き、三塗苦を離れ刀輪を罷れ、
一切衆生正覚を成ぜんことを」と唱えます。
「 この鐘の音を聞くものの苦を抜き覚りに導かんことを」、ということです。
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