渡辺謙が主役を演じる、若年性アルツハイマー病の映画です。
原作は荻原浩の同名小説。
監督は、あの「トリック」「ケイゾク」の堤幸彦です。
主人公の佐伯雅行は、働き盛りで大プロジェクトを担当し、娘も結婚を控えて充実した日々を送っています。
ところがある時、記憶の減退などの症状が現れ、仕事に支障をきたすようになってしまいます。
そして「若年性アルツハイマー」の診断。
決して誰しも人ごととは言えない、明日の我が身に降りかかってもおかしくはないことなのです。
人間の人格は記憶の上にこそ成り立っているとも言えます。
その記憶が次第に失われていき、新しい明日の記憶は積み重ねられていくことがない。
しかも若い時期に発症する認知症は、社会の第一線で活躍している最中に起きるため、
仕事や人間関係・生き甲斐の喪失,一家の経済的な問題,長い将来への不安など、切実な問題があります。
僕は自分にも病気や事故などの不幸は、不平等に訪れるものだと思ってはいるのですが、
実際そんな現実に襲われたら……?
その恐怖は果たしてどんなものでしょう?
そのとき、家族やパートナーはどうしていけば……?
人が生きる意味とは……?
作品はそんな問いかけをしますが、樋口加南子が演じる妻は、いつまでも夫と一緒にいて、夫を支え続けていくのです。
そんな愛情の存在が横にあったら……独り身の僕としてはとても羨ましい限りです。
人は独りでは生きていけませんよね。
そして、人は「生きている」ことが大切なのだと、作品は訴えてくるようです。
幾つかのシーンでぐっと来て涙を覚えました。
心子も、自分が自分で分からなくなったり、記憶を失ったりという症状に苦しみました。
彼女の生と死も、僕に生きることの意味を問いかけています。
そして、愛情の大切さというものを教えてくれたのでした。
トリッキーな映画やドラマ作りをしてきた監督・堤幸彦が、
人間精神の重厚なテーマに真正面から向き合い、本格的な作品を作り上げました。
オーソドックスな構図やアングルで映像を語っていきますが、
ここぞという場面では、不安定なカメラワークで観る者の神経を揺さぶり、面目躍如というところです。
主人公が自分の居場所が分からなくなるシーンなどでは、
混乱する精神状態と襲いかかる恐怖を、見事な演出で表現していました。
堤幸彦の新たな境地の開拓でしょうか。