「境界に生きた心子」

境界性パーソナリティ障害の彼女と過ごした千変万化の日々を綴った、ノンフィクションのラブストーリー[星和書店・刊]

「境界に生きた心子」をセミナーで発表

2006年05月02日 15時54分34秒 | 「境界に生きた心子」
 
 参加している「ユング心理学研究会」のセミナーで、先日僕が「境界に生きた心子」をテーマに発表をしました。

 内容は拙著のこと、このブログにある記事をうまくまとめたものです。

 セミナーは出席者15人ほどでしたが、大学講師,臨床心理士,学生,主婦など、色々な人が参加している会です。

 皆さんに関心を持っていいただき、充実した時間を持てました。

(会場で拙著が2冊売れました。 (^^)
 あと1冊は物々交換です。 (^^;))

 当日の出席者からいただいた発言を、いくつか紹介させていただきたいと思います。
 

 まず、青山学院大学講師・裏千家専任講師のKさん(http://tea-therapy.com/auther/index.html)のご意見です。

『人間は現実には得られない癒しのストーリーを別の場所で作ることによって、人生の意味を補償するものだ。

 心子はこの世では自分を癒すストーリーを作れなかったが、「境界に生きた心子」を書くことによってそれが補償される。

 「境界に生きた心子」をどう描くかということが、心子の生に還元される。

 心子が幸福だったか不幸だったかは、「境界に生きた心子」がどう描かれるかに関わっている。

 「境界に生きた心子」がどう評価されるかということと、心子がどう生きたのかということは関わってくる。

 心子の人生がどう展開したかということは、筆者が「境界に生きた心子」を書くことと連続している。

 心子の人生が終わってから書いているというのではなく、心子の治癒のプロセスは今も続いている。』

 とても興味深いご意見で、拙著を書くということはこういう意味もあるのかと思わされました。
 
コメント
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