なんじゃもんじゃ物語 2-4 漁師ポチの小屋にて
なんじゃもんじゃ物語 69
海の音が、小さく、とても優しく聞こえます。
漁師ポチのボロ小屋は、壁や天井の破れ目から、朝日が差し込んでいました。
“ 天国にも海があるのかしら?
海の水、とっても塩辛かった……・・。
何だか、明るいわね。
天国のお昼なのかな?
あらっ、誰か私を見てるわ。“
「 君、しっかりしてっ!
しっかり!」
ぼんやりしていた顔が次第にはっきりしてきました。
「 あっ、この前の痴漢!」
「 僕、痴漢じゃないよ!」
「 天国にも痴漢がいるのね。
触ったら、大声上げるわよ!」
「 違うってば!」
「 いやっ!」
「 お前、あっちへ行くべ。
ハンサムなわしが話しをするべ。」
「 いやらしそうなヒゲモジャの顔。
分かった、あなた痴漢の親分でしょ。」
「 わしゃ、漁師ポチだべ、痴漢じゃないべ。
それに、ここは、天国じゃないべ、もんじゃ王国だべ。」
「 本当?」
「 本当だべ。」
「 そうだべ、海岸に倒れてただべさ。」
「 ふーん、そうだったの。
波で海岸に押し返されたのかしら?
それにしても、隙間だらけの汚い小屋ね。」
「 風が吹いて、涼しくって快適な小屋と言って欲しいだベ。」
「 漁師ポチって言ったわね。
うーん、じっくり見ると、割とアホみたいで親切そうな人に見えるわ。
そっちの、痴漢も愛敬のある顔してるわ、バカみたい。」
「 痴漢じゃ、ないってば!」
エレーヌ姫は、二人を見て、愛らしくニッコリ笑いました。
漁師ポチも顔をグシャとつぶして笑い返しました。
なんじゃ王子は、ボンヤリ彼女を見ていました。
なんじゃもんじゃ物語 70
エレーヌ姫は、空腹感を感じました。
「 何か、食べる物ちょうだい。」
「 これ、食べるべ、まる一日眠っていたから無理も無いだべなあ。」
「 そ、それは、僕の昼飯!」
「 お前は、昼飯抜きだべ。
食べてばっかりいないで、何か海で獲って来るべ。」
「 ひどいなあ、まあいいや、君が食べるんだから。」
なんじゃ王子は、顔を真っ赤にして小屋を飛び出しました。
砂に足を取られ、ヨタヨタしながら、長く続いている砂浜の向こうにある岩場を目指して歩きました。
なんじゃ王子に驚いて、白っぽい鳥が一羽青い空に舞い上がりました。
ヤドカリが、目をパチクリさせました。
カニは横に歩いたって、なんじゃ王子より早く歩けるとガサガサなんじゃ王子を抜かして行きました。
「 このカニ、早く歩くなあ、よし、抜かしてやるぞ。」
なんじゃ王子は、少し早く歩きました。
カニも、ガサゴソと急いで歩きました。
なんじゃ王子は、必死になって走りました。
カニも砂を蹴散らして走りました。
でも、その差は開いていくばかりです。
コロン、なんじゃ王子は、砂の上にひっくり返ってしまいました。
なんじゃ王子が、前を見るとカニは勝ち誇ってハサミを振り上げていました。
後ろで声がしました。
「 フフ、だめねえ、モゴ、モグモグ。」
上品な口に似つかわしくない魚の干物をくわえたエレーヌ姫がなんじゃ王子を見ていました。
「 なんだ、君か。」
エレーヌ姫は、なんじゃ王子に言いました。
「 カニより足の遅い人なんて、珍しいわ、ほんとに。」
なんじゃもんじゃ物語 71
なんじゃ王子とエレーヌ姫は、海岸に生えているヤシの木の木陰に座りました。
エレーヌ姫は、ぶら下げていた袋からマンゴーの実を取り出してモグモグ食べ始めました。
「 あなたも、これ食べる?
まだ、袋にあるわ。」
「 いいよ。」
「 そう。
あなたの昼ご飯でしょう。」
「 いいよ、食べて。
君、もう、動けるの?」
「 ええ、マンゴーの実を小屋で一つ食べたら、元気が出てきたみたい。
わたし、小屋で長い間、寝ていたんじゃないかしら?
海に入って直ぐにひげもじゃの顔が見えたような気がするわ。
「 漁師ポチだよ。
あの人、いい人だよ、親切だし。
海水も飲んで無かったし、そのまま小屋で寝てしまったようだけど。
疲れてたんだろ、たぶん。」
なんじゃ王子は、海に入った事情を聞くことは止めておきました。
エレーヌ姫は、魚の干物を袋から出して食べ始めました。
青い空に、白い鳥が飛んでいました。
目の前に広がる青い海は、太陽に照らされてキラキラ輝いていました。
なんじゃ王子は、うつむいて足元に半分砂に埋まった真珠色の貝殻を、右足で突付き出しながら口を開きました。
「 君、何て名前?」
「 私、私、………、エレーヌ。」
エレーヌ姫は、考えながら答えました。
今、もんじゃ王国の王女だと言っても信じてはくれないだろうし、本当の事を言って、ここにいることが、もしも、チカーメ大臣に分かったら、城から放り出した事を後悔して、誰かを私を殺しに向かわせるかも知れない。
なんじゃもんじゃ物語 72
エレーヌ姫は、なんじゃ王子に名前を聞きました。
「 あなたは?」
なんじゃ王子は、また、王子だなんて言ったら笑われるだけだろうし、と考えました。
「 何?」
「 ・・・・・・・王子様。」
頭脳明晰な頃ならいざ知らず、今のなんじゃ王子には、パッと言われて即座に答えるだけの能力が少々欠乏していて、苦し紛れに出た言葉は結局もとのままの王子様だったのです。
「 ふふ、まあいいわ、それじゃ、王子様、何処へ行くの?」
「 岩場。」
なんじゃ王子は、立ち上がって歩き始めました。
エレーヌ姫も並んで歩き始めました。
「 あなた、良さそうな人ね、漁師ポチもね。
何だか分からないけど、そんな気がする。
何故、初めてあなたに会った時、痴漢なんて言っちゃったのかしら。
急にゴミと一緒に出て来たからかしら。
でも、何故あんな所に入っていたの?」
なんじゃ王子は、横を歩いているエレーヌ姫を見ました。
つやつやとした髪が風で乱れて、なんじゃ王子を見ているエレーヌ姫の顔にさらさらとふりかかっていました。
なんじゃ王子は、何も答えず、自分を見ているエレーヌ姫から目を逸らせ、足元に寄せて来る波に濡れて砂の少し付いた靴に目をやりました。
なんじゃもんじゃ物語 73
なんじゃ王子は、エレーヌ姫に言いました。
「 エレーヌって呼んでいい?」
「 ええ。」
「 エレーヌ、エレーヌって何処か違う、僕や髭もじゃ漁師ポチと。」
「 そりゃ違うわ、私はこれでも女の子よ。」
「 えっ、女の子。
女の子って、女だろ。」
「 男の女の子なんていないわよ。
それとも、私が男の子に見えるなんて言うの?」
エレーヌ姫は、口を尖らして不服そうに言いました。
「 女の子って、とっても恐ろしいんだろ。
なんじゃ大辞典に書いてあったよ、ほんとだよ。」
「 私も、恐く見える?」
エレーヌ姫は、いたずらっぽく横目でチラッとなんじゃ王子を見ました。
「 う、ううん、でも……・。」
「 でも、何よ。」
「 も、もう岩場だよ、岩の上にあがるよ。」
「 ええ、いいわ。」
エレーヌ姫は、すばやく岩の上に登りました。
なんじゃ王子も同じ様に登ろうとしましたが、うまく行きません。
何回かやって顔が真っ赤になって、息もフウハア言い出しました。
「 ふふふ、引っ張ったげる。」
岩の上からエレーヌ姫の手が差し出されました。
なんじゃ王子は、片手を伸ばし、しっかりとつかまりました。
柔らかい感触が手を通して感じられました。
なんじゃ王子は、もう片方の手で岩の出っ張りをつかみ、ようやく岩の上にあがりました。
「 よいしょっと。」
「 何が、よいしょっとよ、普通、男の子が女の子を助けるものよ、分かってる?」
「 うん、勉強するよ。」
潮が引いたため、岩の割れ目に無様に取り残されたクラゲが笑いました。
アメフラシも岩の隙間からトボケた顔を出して笑いました。
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