日々の恐怖 7月5日 借家(1)
彼は転勤族で、若い頃からあちこちを転々としていた。
とある田舎町に転勤になった際、せっかくだから田舎暮らしを満喫しようと、会社の用意したアパートを断って築七十年近い小さな借家を自分で探し、そこに住むことにしたという。
外観は古かったが中はリフォームされており、一人で住むには申し分なかった。
しかし、二、三ヶ月も経つ頃になると、奇妙なことが起こり始めた。
借家には小さな庭が付いており、庭と道路はブロック塀で仕切られていた。
そのブロック塀の上に、時折タッパーや弁当箱に入った食事が置かれていることがあるという。
中身は、筍や大根の煮物、炊き込みご飯、ご飯とおかずセットなど様々だったが、いかにも田舎のおばあちゃんが作った料理、といった感じだった。
それらは、朝出勤の際にブロック塀に置かれており、帰宅する頃にはなくなっているという。
最初は近所の人の忘れ物かと気に留めなかったが、月に一回だったそれが二回になり、やがて週に一回のペースになると、さすがに不審に思うようになった。
いくら何でもこれは忘れ物ではあるまい。
誰かが親切で自分にくれようとしているのかとも思ったが、それなら休日や夜に訪ねてくれれば良い話だ。
外に置き去りにされたものは、食べる気にはならない。
そもそも、食事がどこに消えているのかも不明だった。
カラスや猫が荒らしても困る。
彼は大家に相談することにした。
大家は近所に住む中年の男性で、愛想の良い人物だった。
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