日々の恐怖 4月9日 伊藤君の部屋(3)
俺が見た物は、壁に描かれた気持ちの悪い絵だった。
左下(床下から2~10センチあたり)に、推定5~6歳の子供が赤いクレヨンで描いた顔の絵。
顔の上には、おかあちゃんと書いてあった。
それは妙に歪んで、赤い雫が下に垂れている苦しそうな顔だった。
描いてある位置も下過ぎる。
子供と言えど、いくら寝そべって絵を描いても、もっと視線は高いはずだ。
普通は脛~膝より高い位置しか子供は落書きしない。
俺が異常を感じたのは、クロスの右下の赤クレヨンの文字だった。
おかあちゃんとたぶん同じ筆跡で、 やまなかまさ子 六十二さい。
俺は、
” 雑巾で拭けば、消える程度のものなのに・・・。
何故、これを消さずに残してあるんだろうか・・・・?”
と不審に思った。
さらに、直ぐに消せるのも拘わらず、クロスで隠してあるのも何か変だ。
兎に角それは、長く見ている気も起こらず、直ぐにでも隠してしまいたい気分だった。
伊藤君が両面テープを買ってきて、クロスを張り直してたら、当然伊藤君が聞いてきた。
「 何かあった・・・?」
何もなかったと言ったら、伊藤君は剥がして自分で確認するだろうなと思った。
だから、左下だけ捲って見せて、
「 前の住人の子供が落書きしてたんだよ、それだけのこと。」
伊藤君はそれでも気持ち悪いと、壁紙を捲ることもせず、近くのワンルームに直ぐに転居した。
その翌年、大学関係で斡旋されて、あのアパートに同じサークルの1年生が1人入った。
そいつの部屋は伊藤君の部屋ではなかったが、可哀そうに伊藤君の部屋に入った新入生が他にいたようだ。
その同じサークルの1年生から聞いたところによると、伊藤君の部屋に入った新入生は、1年の後期に入った頃からおかしくなり始めて、夜中の2時3時にアパート中のドアを殴って、
「 うおぉぉおおおぉぉお!助けて!助けて!殺されますぅお願いです助けてぇ!」
と叫び出して、大騒ぎになったようだ。
そして数日後、親が引き取りに来て、その後、退学。
数年前帰省して、レンタカーで大学時代の思い出をたどった。
あのアパートはもう無くて、そこに立派な民家が建っていた。
俺は小さな声で、
「 ここに住んでいる人は、無事かな・・・・・。」
と呟いた。
それは、
” あの絵にあったようなヤツが、そこの土地に住み着いているかも・・・・。”
と思ったからだ。
それにしても、つらつら思うに、あのとき伊藤君が壁紙を捲ることもせず、近くのワンルームに直ぐに転居したのは正解だったんだろうと今でも思う。
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