日々の恐怖 11月16日 国有鉄道宿舎(3)
とりあえず何とかなってるからいいか、と思っていたのも束の間、ある日、
夜8時過ぎに電話がかかって来た。
障子の向こうから、とうに亡くなったはずの自身の祖母から語りかけがあった、
という電話だった。
今現在、襖が開かないので外に出られない。
どうしよう、というものだった。
内容が内容だけに、合鍵を持って今から宿舎に行くことになり、中学生の私も
同行することになった。
ただでは行けないので、知り合いのお寺でお札と御守りを貰って行くことにし
て、さっそくお寺に電話すると、
「 すぐ来なさい。」
とのこと。
お寺でお経をあげてもらい、お札と御守りを持って父のいる宿舎へと向かった。
片道1時間半ほどで着き、玄関を開けた。
確かに父のいる寝室だけ電気が点いていたが、すぐに宿舎中の明かりを点け、寝
室の襖を開けた。
何の抵抗もなく襖は開いたが、父曰く内側からは開かなかったとのこと。
お寺の住職の言いつけ通り寝室にお札を貼り、御守りを父に渡し、父は機関区
に、母と私は来た道を帰り、夜半過ぎには帰宅した。
その後、宿舎で寝泊まりしても何も起こらなくなったという。
後日、父が玄関わきの、北隣の墓地との境の掃除をしていたら、土の中に白い
かけらがあったという。
その昔、生で埋めてた名残で、年を経て流れて来たのかな、と言っていたもの
の、やはりあまり居心地のいい宿舎では無かったらしい。
国有鉄道が無くなって久しいが、生前、父は、
「 あの街の宿舎は嫌だったが、職場は最高に良かった。
人に恵まれたし、街も良かった。」
と良く言っていた。
また、
「 奇妙なことも多かった。
昔と今の境だったのかもな。」
とも。
コロナの前、自分の娘と一緒に列車の旅をしてその街に行ってみたが、当時の
面影もないくらい発展していたし、宿舎も取り壊されて土地だけになっていた。
時の経つのは早く、もう一度この目であの宿舎を見たいと思っていたが、叶わな
かったのが残念でならない。
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